第7話 プリン
どうぞお好きなものをご注文ください。ただし、本当にお好きなものを。もし違うものを注文した場合、この異世界から永遠に帰れません。そういうルールです。
◇◇◇
金曜日の夕方、わたしはなぜか社長室に呼び出されていた。どうせ社長お手製の食品を振る舞われるだろうと身構えるが、一応我が社の新製品の試作だった。
「これは牛乳や卵を一切使っていないプリンだ。豆乳や黒糖、他自然派食品のみで作った。もちろん無添加だ。実は俺のアイデアなのだ。肉はビーガン向けのがあるが、プリンってあんまりないだろう?」
社長、好きなものを語っている時は饒舌だ。
「特別に君に試作品を食べて欲しいと思ってね。心して食えよ」
「え、ええ」
逆らえるわけがない。紙製のスプーンでこのプリンを食べてみる。卵も牛乳も使っていないというが、見た目はトロトロ系で違和感はない。
「お、おいしいです」
これは素直に言えた。社長の料理は大概不味いが、これは豆乳の味もするし、トロトロ系で悪くない。豆乳プリンとの違いを説明しろと言われたら困るが。
「ちなみに志郎くんとはどうだ?」
一瞬、社長を見直そうかと思った時、嫌な話題を出して来た。田中志郎の顔が頭に浮かぶ。社長の紹介で出会った婚活相手だ。特にブロックもせず適当に会話をしていたが、昨日、昭和レトロ風のカフェに誘われ、結婚を前提に付き合いたいとまでいわれてしまった。
全く嬉しくない。志郎はわたしに専業主婦になれと命令してきたから。しかも志郎は婚活のプロと自称し、婚活女性が望む「答え」をなんでも出せると豪語。その結果が専業主婦になれという。志郎によると、海外でも専業主婦ブームらしく、今の時代は原点回帰と勝手に話を進めた。一緒に食べた固めのプリンも不味くなるほど。わたしの意見は無視されて話が進んでいく。
「なるほど。志郎くんは偏ってる。今の時代はやっぱり男女平等だって。二馬力で夫婦ばりばり働くのが一番リスクがないし、正解」
一方、社長はこんなことも言ってきた。
急に足元がぐらつく感覚がした。専業主婦か二馬力か。どっちか選べと言われているみたいで。
案の定、家に帰ったらぐったりと疲れた。着替えもメイクもせずベッドへダイブ。意識が切れた。この展開、異世界に行くんだろうなと思ったら、案の定そう。
「また?」
もう帰れない不安などはない。前と同じように森の中にいたが、今の森は静かなももだ。派手なキノコは生えていたが、前回のように看板やポスターも一冊なく、朝の光が心地いいぐらい。
「どうせ料理店で好きなもの選べって言われるんでしょ。余裕だわ」
前回、メニューブックに変化があったことなどすっかり忘れ、例の料理店へ到着。相変わらず玄関には猫やリスの置物が並び、庭のお花も派手だ。奇妙なメルヘンさも慣れてきた。
料理店の様子も相変わらず。テーブル一台とメニューブックだけがある。人は誰もが見えない。
どうぞお好きなものをご注文ください。ただし、本当にお好きなものを。もし違うものを注文した場合、この異世界から永遠に帰れません。そういうルールです。
「うん、やっぱり予想通りだわ」
楽勝とまでは思わないが、昨日食べた社長のプリンを思い出す。やっぱりビーガンプリンではなく、牛乳と卵の味を楽しみたい。
「普通のプリンが食べたい」
たぶん、いつも通り目の前に出てくるはずと思ったが、予想は裏切られた。メニューブックに新しい文字が浮かぶ。
普通ってなんですか?
「え? どういうこと?」
具体的に注文しないといけないのか?
「卵と牛乳を使ったプリン。ビーガンプリンは絶対にやめて」
これで出て来ると思ったが、メニューブックはさらに文字を刻む。
A 柔らかいプリン
B 固いプリン
どちらか選んでください。二者一択です。間違えた場合、この異世界から帰れないかもしれません。ちなみにAでもBでもない場合もあります。必ずしもAが答えでもBが答えでもありません。
「な、何これ!!!」
叫んでしまった。まさかこんな質問があるとは。しかもAでもBでもない可能性もある?
前回は答えが表示されているようなものだった。脅しと同調圧力に負けたとは言え、楽だった部分もある。それなのに今回は難問。答えがない。AでもBでもないケースもあるなんて……。
「わからない……」
頭を抱えてしまう。この料理店の意図は謎だが、わたしの自由意思と選択を試しにきているのは間違いない。
あと六十秒!!!
「は!?」
その上、メニューブックの文字を見て驚いた。今回は時間制限までしているじゃないか。あと六十秒で決めろとカウントダウンも始めてる。どこからカチカチと時計の音も響いてきた!
「ど、どうしよう!」
頭は大混乱。時間制限、カウントダウンまであるなんて。気づくともうあと三十秒しかないじゃの!
わからない。固いプリンと柔らかいプリンどっちが好きかなんて考えたこともない。そんなに特別好きなスイーツでもないし。しかもどっちも不正解もあるとか!
あと十秒。九、八、七……。
もうこうなったら欲望に忠実に!
「プリンアラモード! クリームとフルーツたっぷりのプリンを!」
我ながら強欲すぎると思ったが、目の前にプリンアラモードが一瞬で現れた。クリームは山のように盛られ、林檎、キウイ、チェリー、イチゴもどっさり。もはやプリンはおまけだ。固くても柔らかくてもどっちでもアリだ。実際、本当に半端な固さだった。
「おいしい!」
プリンというか生クリームの沼にハマって抜けない感じ。そうだ、もう仕事とか婚活とかどうでも良くなった。趣味でもなんでもいいので、好きなことをしてみる?
そう考えたら時だった。元の世界に戻ってきた。スマホを確認すると、ちゃんと令和の日本だ。静かな土曜日の朝。
まだ生クリームの感覚が舌から消えない。味わったはずなのに、中地半端なところで帰された。もの足りない。
「プリンアラモード、食べに行くか」
そうしよう。土曜日の朝ぐらいは欲望に忠実でもいいか。プリンアラモードを食べたら、何かいいアイデアも思いつくかもしれない。




