第6話 ピザトースト
どうぞお好きなものをご注文ください。ただし、本当にお好きなものを。もし違うものを注文した場合、この異世界から永遠に帰れません。そういうルールです。
◇◇◇
今日は残業がない!
しかも金曜日の夜だ。先週は田中志郎と婚活をし疲れたものだが、今日はさっさと帰って好きなものでも食べよう。
家の近くのスーパーへ寄ったはいいが、なぜか食べたいものが思いつかない。まるであの異世界にいる様な感覚を思い出す。足がすくむような思い。
「ま、こっちの世界では好きなものを買えなくても間違いじゃないし」
そう自分にいいきかせ、ベーカリーコーナーをのぞく。今日はピザが特売らしい。宅配ピザと違い、パンみたいな生地だが、目の前で買われていた。店員もおススメしていたし、チーズの匂いもする。急に舌がピザモードになってしまった。ついついカゴに入れてしまう。
「あれ?」
しかし家に帰ると、ピザモードが急に消えた。ピザよりも卵かけご飯モード。ちょうどテレビではアナウンサーが平飼い卵を紹介し、うまそうに卵かけご飯を食べていた。
「あれ? 一体どういうこと? 私の思考って全部自分で決めてはいないの?」
目の前のピザは冷え切り、全く魅力的に見えない。どういうことか。
一方、社長は自分の思考が現実を創るとも言っていた。社長が拗らせているスピ界隈では一般的な教えらしい。だから社長はいつもポジティブ思考なんだとか。今日の昼はポジティブ思考で大豆ミートのハムカツを強制されたが、案の定不味かったことを思い出す。
「全部思考で選んでるの? それとも環境に思わされてることもあるの?」
わからない。頭を抱えた時、ぷっつりと意識が切れた。
どうせまた異世界だろう。もうこのパターンは慣れてる。目をあけると森の中。やっぱりそうだ。異世界だ。足元の紫色のキノコが生えている。
「あの料理店へ行けばいいんでしょ」
余裕だ。ここまで来たら焦る必要はないはずと思ったが、森の様子がなんかおかしい。
看板やポスターが出ていた。しかも頻繁に目撃するので目について仕方ない。
「何これ?」
文字は読めないが、なぜかピザトーストのイラストが描かれている。湯気まで描いていて美味しそう。トロトロなチーズが食欲をゴリゴリ刺激。トマトソースの赤とピーマンの緑の対比も、食べたくてたまらなくなってきた。
あのスーパーで買ったピザは魅力的に見えなくなったくに、森の看板やポスターのピザ、おいしそう。あぁ、食べたい。
よだれをこぼしそうになるのを堪えながら、ようやくあの料理店へ到着。前と同じようにメルヘンチックな外観だが、のぼりが出ていた。
「え、こののぼりにもピザトースト?」
まさかこの異世界全土でピザ祭りでも開催中なのだろうか。いや、まさか。
「だとしたら、答えは簡単じゃん。ピザトーストを注文したら帰れる?」
余裕だ。入店し、メニューブックを開くと、いつもの文言に安心感すら覚えるぐらい。
どうぞお好きなものをご注文ください。ただし、本当にお好きなものを。もし違うものを注文した場合、この異世界から永遠に帰れません。そういうルールです。
「余裕、余裕。今日はピザトーストが答えだろうね?」
しかし、突然メニューブックの文字が変わった。
「は? 何これ、魔法?」
・ピザを食べない人は人生の半分以上を損している
・我が料理店のピザトーストは顧客満足度100パーセント
・よってピザトーストを不味いと思う人間は人間ではない
・我が国全員ピザトーストのファンだ。
・ピザトーストを食べない人間は遅れている。ダサい。
・どう考えてもピザトースト一択
・ピザトースト! ピザトースト! ピザトースト!
「何これ?」
急に脅しと同調圧力をゴリゴリとかけられていた。これはもうピザトーストが答えだ。それ以外がないだろう。
・ピザトースト! ピザトースト! ピザトースト!
・ピザトースト! ピザトースト! ピザトースト!
・ピザトースト! ピザトースト! ピザトースト!
・ピザトースト! ピザトースト! ピザトースト!
しかもこの言葉、メニューブックを埋め尽くし、もはや真っ黒。ゾクリ。今までメルヘンチックな異世界だったのに、急にホラー映画に様変わりだ。
「とは言え、こういう『答え』が決まっているのは楽……」
でも何か釈然とはしない。脅しや同調圧力で得た答え、本当に自分の自由意思?
だからって自由意思って危うい。環境によって思考が決まることもありうる。例えば広告を見ていたら、それを欲しくなってしまうの、本当にその人の思考だろうか?
「わからない。わからない……」
本当に今、ピザトーストが食べたいのか。好きなもの、案外曖昧。もう自分でもよくわからない。そんな時、答えが決まっているのはやっぱり楽。今思うと学校のテスト、相当楽だった気がする。必ず答えが出る問題ばかりだったじゃない?
そう思った瞬間だった。目の前にピザトーストが出現した。チーズがトロトロに溶け、カリカリのトーストの上で主張している。トマトソースの赤色もそんなチーズに負けないぐらい派手。ピーマンの緑も映えて仕方ない。
「や、やっぱりピザトースト一択だった!」
もはや自由意思なのか、環境下での思考か謎だったが、一口齧ると、おいしい。もうここまでの過程は全部忘れてしまうほど。なんでもいいから美味しい!
「おいしい!」
そう叫んだ瞬間、元の世界に戻ってきた。スマホを確認すると令和の日本で間違いない。静かな土曜日の朝だった。
「ピザトースト、全部食べ終えていないんだが……」
中途半端なところで帰って来てしまったから、余計に食べたい。この思いは間違いなく自分で選び取っているもの。
目の前には昨日のピザ。すっかり冷めてる。もう食べられたものではないだろう。
「ピザトースト、食べに行くか……」
結局その答えになってしまう。本当に自由意思なのか、そうでないのか、また怪しくなってきたが、今はピザトーストモード。これは間違いないはず。そう思いこむことにしよう。




