第8話 ジャムサンド
どうぞお好きなものをご注文ください。ただし、本当にお好きなものを。もし違うものを注文した場合、この異世界から永遠に帰れません。そういうルールです。
◇◇◇
最近プリンにハマってる。固いものから柔らかいもの多種多様だし、瓶のデザインも可愛い。あの異世界が原因ってわけじゃないと思いたいが。
「よし! 可愛いプリンの画像撮れたわー。瓶のデザイン、オカメインコのイラストとか可愛すぎるんですが!」
金曜日の夜はプリン活動していた。略してプリ活。会社帰りにプリンを買い、家で食べてネットに感想をアップするだけだが、けっこう楽しい。今日も時間を忘れてプリンの良さを長文書き連ね、noteにアップしていた。
このサイトでは有料記事も販売できる。特に推しプリンについて語った記事は有料記事にしていた。これもプリ活の一環だ。
「お、通知きてる。スキが五つもついてる! 嬉しい!」
とはいえ、何か面白くない。これだけでも充分良い結果だが、PVは三桁いかない。有料記事も全く売れない。おまけに人気ライターは四桁以上もスキを獲得し、noteだけでも数百万稼いでいるという現実。
「なんでわたしの記事、見られないんだろう……」
note内でも記事が見られる工夫やタイトルの付け方などのテクニック記事は山ほどあり、ついつい見てしまう。
「そっか。わたしの記事はタイトルが悪くて最初の三行にインパクトがなくて、文体も重いからダメなんか……」
見れば見るほど自己嫌悪になってしまう。ようやく新しい趣味というか好きなことを見つけられたのに、ストレスだ。
最初はやりたくてやっていた事なのに、稼げないこと&評価されないことに胃が痛くなってきた。もはや好きなことがストレス。プリンの空き瓶を見るだけでも、うぅっと胃酸が出そう。
「なんで好きなことが嫌いになっているんだろ……?」
あの異世界料理店を思い出す。好きな料理を注文したら帰れるルールだったが、そんなに好きなものって良いものなんだろうか?
「そう言えば最近、あの異世界に行けていないけど、なんで?」
そても謎だ。最近の金曜日の夜にプリ活をしているのと関係あるのか?
「どういうこと?」
といっても返事はない。その代わりのように兄からお金の無心の電話までかかってくる。
「いや、お兄ちゃんさ、最近文芸誌に載ったとか言っていなかった?」
兄はいろいろ訳があり、自称作家として活動していたはずだが、お金がないと泣きついてきた。困った。わたしは兄のこういう所嫌いだが、性格自体は優しく、ナイーブな文学青年(文学中年かもしれない)。
「わかった。なんとかする」
結果、お金を兄に貸すことになった。これでローンが返済できるそうだが、わたしの貯金額は一気に蒸発。食事もパンの耳にジャムをつけて、来月の給料日まで耐える日々。
こうしてまた金曜日の夜がきた。家にあるプリンの空き瓶を見るだけでイライラしてきた。好きなもの、肝心な時に全く助けてくれない。いっそ、全部フリマアプリに売ろうと思った時だ。意識が切れた。
この展開、知ってる。おそらくまた異世界だ。目を開けると、案の定、異世界の森にいるではないか。
「久しぶりだな。でもなんでまた異世界?」
好きな活動をしている時は行けなかった。逆に過度のストレスがある時に行けるみたい。どういうことだろう。
かといってその謎は解明できる気がしない。とにかく歩き回り、あの料理店を探す。朝陽が眩しく、紫外線も強い中、どうにかあの料理店を発見した。
外観は以前来た時と変わりはない。メルヘンチックな玄関の置物も相変わらずだ。庭の花も目がチカチカするほど派手な色。
「どうせまた変なメニューブックがあるんでしょ?」
確か前回来た時は予想外の仕掛けがあったが、どうせいつも通り。余裕、余裕と呟きながら席につき。
どうぞお好きなものをご注文ください。ただし、本当にお好きなものを。もし違うものを注文した場合、この異世界から永遠に帰れません。そういうルールです。
メニューブックの文言も相変わらずだ。前回のような仕掛けはないだろうと思った時だ。
「は? 何これ?」
なぜかプリン専門家のインタビューが登場し、おすすめのプリンを語っていた。とても詳しい。プリンの歴史かはもちろん、市販のプリンの成分分析までしている。それが企業の目にも留まり、今度この専門家のプリンが発売されるという。
「へ、へえ……」
熱量に押されてしまったが、さらに奇妙なことにプリン専門家の顔、わたし?
「は? わたし?」
名前も同じで、混乱してきた。そんな専門家になった覚えなどない。
一方、自分とソックリな人物がプリン専門家になっていると思うと、わたしまだまだだって思う。いくらプリンが好きだと言っても、そこまでの熱量はなかった。
実際、今は全然プリンを食べたくない。むしろ食パン食べたい。ジャムとバターをつけてサンドイッチにしたい。もうパンの耳は飽きてしまったし、いろいろと問題があるとはいえ、兄をこのまま放置できない。帰らないと。好きでもないことも一杯あるはずなのに、今はもうすぐに帰りたい。
「食パンのジャムサンドってできる?」
そう言った瞬間、目の前のジャムサンドが出現した。いちごジャムのいい香り。しっとりとした食パンの志郎色も安心してきた。これで貧乏飯からは解放されるだろう。
同時にメニューブックのプリン専門家のインタビューも消えてしまった。儚い。
ジャムサンドを片手で持って齧る。少々、野生的な食べ方だったが、口いっぱいに甘みが広がる。
「好きでもないのに、このジャムサンド、おいしいなぁ」
独り言は溢れた瞬間、元の世界に戻ってきた。スマホを確認すると、ちゃんと令和の日本だ。静かな土曜日の朝。
目の前にはプリンの空き瓶がずらっと並ぶ。朝陽を浴びキラキラしているのに、なんだか色褪せて見えて仕方ない。
「そこまでプリンって好きじゃなかったのかな?」
それより今はジャムサンドの方が美味しく思うから不思議だ。まだまだ食べられそう。近所のコンビニで食パンを買ってくるか。バターもイチゴジャムをたっぷりつけてサンドしよう。月曜日は給料日だし、前倒しで甘いものを食べてもいいはず。




