第4話 コーン蒸しパン
どうぞお好きなものをご注文ください。ただし、本当にお好きなものを。もし違うものを注文した場合、この異世界から永遠に帰れません。そういうルールです。
◇◇◇
金曜日の昼休み。あとちょっと頑張れば休みだったが、うっかりしていた。社長につかまってしまい、会議室で一緒にランチするはめに。
「今日は大豆ミートの唐揚げを作ったんだが、どう?」
社長、客観的にみたらけっこうイケメン。実際、二十代のころはイケメン御曹司としてメディアの取材も来るぐらいだったが、今日、彼が差し出してきた唐揚げ、不味かった。
なんかボソボソとしているし、肉汁も一滴もない。皮もブヨブヨとしていたが、社長は長年肉なしの生活を送っているらしい。
「お、おいしいですよ」
建前しか言えないものだ。ここで「まずい」なんて本音を言ったら確実にクビ。
「あとこれ、自費出版で新しい本が出たから読んでね」
社長はご機嫌だ。唐揚げだけでなく、自己啓発の自著も押し付けて去っていく。自己啓発は「好きなことを仕事にしよう!」というタイトルだった。
「好きなことね……」
社長みたいな親ガチャ成功者、金と容姿に恵まれたら、好きなことも芽吹くだろう。一方、そうじゃない場合はなんだろう?
「はぁ……」
ため息しか出ない。正直、社長の唐揚げも不味かったし、会社近くのパン屋へ向かい、ジャムパンやクリームパンを購入し、食べ直したぐらい。変な会社に勤めているが、このパンだけはおいしいものだ。
「でも疲れたー!」
といっても今日も残業を押し付けられ、帰ってきた時は疲労困憊。倒れるようにベッドにダイブした瞬間、意識が切れた。
次に目覚めたとき、森の中にいた。
「は? また異世界?」
どうやら先週と全く同じシチュエーションらしい。ここまで来たら慣れたものだ。足元の派手なキノコを確認しつつ、あの料理店を探す。
「しかしなんで毎週、こうなの?」
謎だ。仕事も忙しいので忘れていたが、なぜ毎週異世界に来ているのだろう。
その前に変わったことは何かあったか。社長の自己啓発本や唐揚げも思い出すがわからない。
「あとなんだっけ?」
出張先であったインフルエンサーが炎上していた。確かわたしにも暴言を吐いたインフルエンサーだったが、SNSでも似たようなノリで有名人に絡み、各方面から叩かれていた。ざまぁとか思わない。なぜかちょっとかわいそうで。自分軸で好きなことをしているのに、これだけ社会性がないと「生きづらそう〜」と思ったりもした。
「そう思えば、好きなことをして生きるって万能でもないのか?」
呟いた時、あの料理店につく。先週と同じだ。一台のテーブルの上にメニューブックが一冊置いてあるだけ。
席につきメニューブックを開くと予想通りの言葉が並ぶ。
どうぞお好きなものをご注文ください。ただし、本当にお好きなものを。もし違うものを注文した場合、この異世界から永遠に帰れません。そういうルールです。
「好きなもの、ねぇ……」
先週はそれがわからず、自分軸とか他人軸に悩み、大泣きした記憶もあるが、今は妙に落ち着いていた。何度も来ていたし帰れない不安もないからかもしれない。
「誰かいる? なんのためにこんなことしているの?」
あたりを見合わすが相変わらず無人だった。窓の外からは朝陽が差し込み、少し眩しいぐらい。思わず目を細めてしまう。
「好きなもの……」
しばし考えるかわからない。社長のように生まれや環境に恵まれてはいない。インフルエンサーみたいに社会不適合になりたいとも思わない。今は好きなもの、ちょっと距離もできててる。
「あ……」
その時、急に頭の中にコーン蒸しパンが浮かんだ。会社の近くのパン屋で見たものだ。ジャンボサイズでゴリゴロとしたコーンに惹かれて食べようと思ったが、こんなカロリー高そうなものを買って店員に笑われたらどうしようと思って買い控えたものだ。
でも今は食べたい。あのパン屋は変な会社に勤めながらも、唯一の楽しみ。好きなことはできない代わり日常のささやかな幸福はあるらしい。そう、全部が全部嫌な仕事でもなかった。
目の前にコーン蒸しパンが現れた。なんだ、会社の近くのパン屋より小さいじゃない。コーンもそんなにゴロゴロしていないが、半分に千切ると、ふわっと甘い匂いが漂う。
「おぉ、いい匂い。ふわふわ」
会社の近くのパン屋とは違うものらしいが、味は悪くない。うん、いける。
「好きなことなくてもできなくても、いいんじゃないか?」
そんな気づきまで与えられてしまう。今のままでも悪くはないと思えば、このコーン蒸しパンも美味しいじゃない?
気づくと元いた世界に戻っていた。ちゃんと令和世界の土曜日の朝。静かだ。遠くの方で風の音が響くだけだが、気分は明るい。
「まあ、ちょっとまだ眠いかも」
またベッドにダイブしていた。土曜日の朝ぐらいは二度寝したって良いだろう。




