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「好き」が多い異世界料理店〜土曜日の朝は好きなものを〜  作者: 地野千塩


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第3話 パンケーキ

 どうぞお好きなものをご注文ください。ただし、本当にお好きなものを。もし違うものを注文した場合、この異世界から永遠に帰れません。そういうルールです。


 ◇◇◇


 金曜日、夜。わたしは迷っていた。しかも、若者だらけのカフェにて。


 どう見ても二十代前半の女子グループやカップルばかり。うっかり入ってしまったカフェ、わたしのようなアラフォー女がいない。困った。


 それぐらい疲れていたのかもしれない。運良く今日は残業を免れたが、昨日まで里山に出張中だった。自然派として有名なインフルエンサーと会い、あれこれうちの健康食品を売り込んでいたわけだが、本当に疲れた。


 そのインフルエンサー、変な人だった。見た目はロン毛で服もヒッピー風で腕には刺青もある。概ねわたしの営業トークは好評ではあったが、だんだん本性を表してきた。


「おばさん、うざい」


 そんな暴言も吐かれた。いや、確かにおばさんだけれど。アラフォーだけれでも反論ができない。インフルエンサー曰く、自分軸で自分が好きなように生活しているのだから、素直に感想を述べたまでだと言う。


「あなたはおばさんだと思うね」


 無邪気な声が今でも離れない。脳にべったりこびりつく。


 自分軸とか好きなように生きるってなんだ?


 考えれば考えるほど、なぜか他人目が気になってくる。こんなわたしみたいなおばさんが、若者だらけのカフェで何を注文したらいいんだ?


 こんなクリームたっぷりのパンケーキとか食べたい。本音では食べたいが、おばさんがこんなの食べたら笑われる?


 そもそもおばさんの胃にマッチしているものかわからず、結局、抹茶ラテだけ注文してでてきてしまった。抹茶ラテだったら、おばさんでもアリでしょう?


 そんなことを考えていたら疲れた。インフルエンサーに言われたことも傷ついていたのだろうか。あぁ、何か辛い。彼のように自分軸とか好きなように生きられたら、いいのに。現実は社会生活を送っているから、好き勝手になんて生きられない。本当に田舎にこもって「自分が好きなように生きる!」とかやってみたい。あぁ。


 そんなマイナス思考のままふて寝したのが良くなかったのだろうか。気づくと、また森の中にいた。足元には紫色の毒キノコもあり、どう見ても地球にはない言語の看板まで立ってる。


「えぇ、また? 先週とかその前と同じ……」


 また異世界に紛れ込んでしまったらしい。正直、あんまり帰りたくもない。どうせふて寝して土曜日を過ごすと思うと、なんとも憂鬱で。


 それでも、周囲には誰もいない。朝日は眩しいが、このまま夜になったら餓死する可能性だってある。歩くしかない。あの料理店を見つけるしかない。


「これは夢かな?」


 蛍光ピンクのキノコも見つけてしまい、現実感は薄まっている中、ようやくあの料理店を見つけ出した。前と同じように玄関にはリスや猫の置物が並び、庭の花もチカチカと派手だ。


「誰かいますー?」


 店内に入っても返事はない。前と同じように一台のテーブルとメニューブックがあるだけ。


 ただ違うところが一点あった。匂いだ。甘い匂いがする。メープルシロップと生クリーム、バターが混じったような匂い。これはおそらくパンケーキの匂いだ。ぐっと唾を飲み込む。


「何これ。まさかパンケーキを食べるように誘っているの?」


 わからないが、とりあえず席につき、メニューブックを開く。


 どうぞお好きなものをご注文ください。ただし、本当にお好きなものを。もし違うものを注文した場合、この異世界から永遠に帰れません。そういうルールです。


 前と同じルールだ。安心感すら覚えてしまうぐらい。


 この様子だと、おそらくパンケーキを注文したら元の世界に戻れるのだろう。簡単な問題だ。


「なのに……」


 なぜか頭を抱えてしまった。あのカフェの様子やインフルエンサーの言葉が頭から消えない。こんな誰もいないもに、他人目が気になってたまらない。「おばさん」だと誰かに笑われたら?


 パンケーキだけじゃない。あらゆることを他人軸で判断していた。服も年相応の地味なカラー。髪も白髪染め以外は地味な感じでまとめてた。メイクもそう。仕事だってスピと自然派かぶれの会社に違和感がありつつも、正社員という立場を手放せない。


「本当に好きなもの……。わからない……」


 考えれば考えるほどわからない。インフルエンサーみたいに自分軸とか好きな風に生きるとも突き進めない。そもそもインフルエンサーになれるほどの才能もない。


 もう涙目だ。他人軸と自分軸の板挟みに合ってる感じ。その中間ぐらいの軸があればいいのに。しかも絶対的に変わらない軸が。


「あぁ、もう本当に辛い。疲れたー!」


 気づくと泣きながら叫んでいた瞬間。目の前にパンケーキが現れた。塔のように積み上がり、クリームもシロップもたっぷり。甘い匂いに酔いそうなぐらい。


「あぁ……」


 涙を流しながら食べた。甘いのにしょっぱい。涙の味の方が濃いめだが、フォークもナイフも全然止まらない。本音ではこんな風に思いっきり食べたかったのかも?


「あぁ。おいしいよ……」


 気づいたら元の世界に戻っていた。ちゃんと令和の日本。いつもの土曜日の朝。静かだ。風の音が響くだけ。


 まだ涙は止まらない。でもこんな風に泣いてもいいかも。どうせ誰も見ていない。


「あぁ……」


 泣き疲れたらお腹も減ってきた。あのカフェへパンケーキを食べに行ってもいいかもしれない。

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