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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
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レヴィアナと過去

レヴィアナの青色の瞳が、揺れていた。


普段の飄々とした空気は、もう無い。


ただ。


目の前の少年と。


過去の戦場の記憶が、ゆっくり結び付いていく。


「……嘘」


ぽつりと漏れた声。


レヴィアナ自身、無意識だった。


ヴァレルが静かに彼女を見る。


だがレヴィアナは気付いていない。


視線を外せなかった。


白い髪。


黒い瞳。


細い身体。


ケーキを食べて。


少し困ったように笑う少年。


なのに。


脳裏へ浮かぶのは、全く別の姿だった。


雪森。


悲鳴。


血。


燃え上がる炎。


そして。


黒髪の少年。


レヴィアナは、あの時を思い出していた。


北方戦線。


帝国偵察部隊として潜んでいた雪森。


そこへ現れた、聖騎士団。


最初はただの小隊だと思った。


だが。


前へ飛び出してきた“それ”を見た瞬間、空気が変わった。


黒髪。


小柄な身体。


まだ子供みたいな年齢。


なのに。


雪原を滑るように駆け、帝国兵の喉を裂いていく。


血飛沫。


雪。


短剣。


まるで黒い風だった。


そして。


レヴィアナは、その少年から“感じてしまった”。


あり得ないものを。


魔族の気配。


人間じゃない。


そう思った瞬間には、もう杖を向けていた。


『貴様ッ――魔族か!!』


あの時の自分の声を、今でも覚えている。


レヴィアナの指先が僅かに震える。


「……私、貴方に炎を撃ったのよ」


掠れた声だった。


「それなのに」


青色の瞳が、ザインを見つめる。


「貴方、避けた後……また立ち上がった」


「しかも」


少しだけ、言葉が止まる。


「……怯えてなかった」


その瞬間。


個室が静まり返る。


レヴィアナは今でも覚えている。


爆炎。


熱風。


焼けた雪。


普通なら動けなくなる直撃。


なのに。


雪へ叩き付けられながら、黒髪の少年はまた立ち上がった。


あの目。


恐怖じゃなかった。


怒りでもない。


ただ。


“戻らなければいけない”


それだけで動いている目だった。


だから。


怖かった。


レヴィアナは、小さく息を吐く。


「……本気で化け物だと思ったのよ」


静かな告白だった。


「人間の目じゃなかった」


ザインは少しだけ黙る。


それから。


静かに目を伏せた。


「……あの時の魔術師でしたか」


その返答に。


レヴィアナの瞳が、僅かに揺れる。


ザインは少し困ったように笑った。


「凄かったですよ」


「森ごと燃えてたので」


ヴァレルが苦い顔をする。


「そりゃレヴィアナの炎術だからな……」


レヴィアナは笑わなかった。


ただ、じっとザインを見ている。


そして。


ようやく理解してしまった。


あの時、自分が恐れた“黒髪の悪魔”は。


目の前で静かに紅茶を飲んでいる、この少年だったのだと。


その時だった。


「……待ってください」


静かな声。


シオンだった。


兎耳が微かに揺れている。


眼鏡の奥の瞳が、じっとザインを見ていた。


普段冷静な彼にしては珍しく、表情が固まっている。


まるで。


頭の中で何かが繋がってしまったみたいに。


ヴァレルが怪訝そうに見る。


「シオン?」


シオンはすぐには答えなかった。


視線を外せない。


白い髪。


黒い瞳。


年若い少年。


そして。


“聖騎士団”。


“黒髪の悪魔”。


全部が、過去に見た資料と一致していく。


やがて。


シオンは静かに呟いた。


「……聖王国に滞在した時」


「戦後処理の関係で、軍関係資料を見る機会があったんです」


その言葉に。


レヴィアナがゆっくり視線を向ける。


シオンは続けた。


「本来、閲覧権限外だった資料です」


「ですが、保管がかなり杜撰で」


「偶然、一部を見てしまった」


静かな声だった。


だが。


その内容は重い。


「聖騎士団で“保護された少年”の記録でした」


ヴァレルが眉を寄せる。


「保護?」


シオンは小さく頷く。


「東方出身」


「黒髪」


「年少」


「高い戦闘適応能力」


「識別番号付き」


そこまで言って。


シオンの視線が、ザインへ向く。


そして。


掠れた声で呟いた。


「……No.003」


部屋の空気が止まる。


シオンの瞳が、じっとザインを見据える。


「暁ジン……」


その名前が落ちた瞬間。


ザインの黒い瞳が、ぴたりと止まった。


ヴァレルが息を呑む。


レヴィアナの青い瞳も揺れる。


ルドヴィカだけが、静かに目を細めていた。


シオンはゆっくり続ける。


「記録上は、“保護”という扱いでした」


「ですが……」


言葉が止まる。


眼鏡の奥の瞳が、少し苦く歪む。


「どう見ても、普通の子供の扱いじゃなかった」


静かな声だった。


「まるで」


「軍の管理対象みたいでした」


暖炉の火が、小さく鳴る。


誰もすぐには喋れなかった。


レヴィアナは静かにザインを見る。


戦場で見た、炎の中を突っ込んできた黒髪の少年。


死なない悪魔。


その正体が。


想像以上に、碌でもないものだったと理解してしまった。


暁ジン


その名前が落ちた瞬間だった。


ザインの黒い瞳が、ぴたりと止まる。


空気が変わる。


今まで静かだった少年の気配が、一瞬で張り詰めた。


ヴァレルが目を見開く。


「……坊主?」


だが。


次の瞬間。


ザインの身体が、反射みたいに動いた。


椅子が後ろへ滑る。


ガタンッ!!


一瞬で距離を取る。


早い。


本当に一瞬だった。


黒外套が翻る。


そのままザインは壁際へ着地し、杖を構えた。


細い指が強く握り込まれている。


黒い瞳。


その目には、明確な怯えが浮かんでいた。


まるで。


“見つかった”子供みたいに。


シオンが息を呑む。


「……っ」


レヴィアナも立ち上がりかける。


だが。


ザインの反応は、それより早かった。


杖先。


薄緑色の風が、じわりと滲む。


無詠唱。


いつでも撃てる。


ヴァレルが咄嗟に両手を上げた。


「待て待て待て!!」


「落ち着け坊主!!」


だがザインは杖を下ろさない。


呼吸が浅い。


黒い瞳が揺れている。


シオンを見ていた。


いや。


正確には。


“資料を知っている人間”を見ている目だった。


シオンは静かに理解する。


しまった。


踏み込み過ぎた。


目の前の少年は。


戦場帰りの冒険者なんかじゃない。


管理番号で呼ばれていた子供だ。


だから。


“名前を知っている”


それだけで、恐怖になる。


シオンはゆっくり両手を見せる。


敵意が無い事を示すように。


「……すみません」


静かな声。


「驚かせるつもりは無かったんです」


ザインは何も答えない。


杖先の風だけが、静かに唸っていた。


レヴィアナは、その姿を見て青い瞳を揺らす。


まただ。


戦場で見た時と同じ。


追い詰められた瞬間だけ。


この少年は、人間じゃない反応速度を見せる。


まるで。


“逃げなければ死ぬ”


と身体へ刻み込まれているみたいに。

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