ギルド受付嬢エルナ
受付嬢は、そのままザインとカティアの間へどかっと座った。
狸耳をぴこぴこ揺らしながら、じーっとカティアを見る。
「もー、カティアさん」
「若い子相手に絡み過ぎですよー?」
「絡んでないわよ」
カティアは即答した。
「ちょっと気になっただけ」
「その言い方がもうダメなんですって」
エルナは呆れたように尻尾を揺らす。
そのまま、ザインの前へミルクとクッキーを置いた。
「はい、追加です」
「今日は頑張りましたからね」
「サービスですよー」
ザインは少し目を瞬かせる。
「……えと、どうも」
すると受付嬢は、ぱっと笑った。
「エルナです!」
胸を張る。
「エルナ・ポンターレ!」
「覚えてくださいね!」
かなり人懐っこい。
ザインは少し困ったように頷いた。
「……ザインです」
「知ってます!」
エルナは元気よく返した。
「最近めちゃくちゃ有名ですから!」
「仮面の魔術師って!」
その言葉に。
ザインの肩がほんの少し止まる。
カティアは、その反応を静かに見ていた。
だが今度は追及しない。
代わりに、ザインの持つ木杯を見る。
「……本当にミルクなのね」
ぽつりと呟く。
ザインは少し視線を逸らした。
「酒、弱いので」
「なんか安心しました」
エルナがくすっと笑う。
「ザインさん、強いのに年下っぽい時ありますし」
「……どういう意味ですか」
「クッキー出したら素直に食べそうな意味です」
「食べますけど」
「食べるんだ」
カティアが少し吹き出した。
その瞬間。
「ザインーーーッ!!」
遠くから大声が響いた。
酒瓶を抱えたリザリアが、顔を真っ赤にしながらこちらへ向かってきていた。
「おい!ザインーーーッ!!」
ギルド中に響く大声。
次の瞬間。
酒瓶を抱えたリザリアが、一直線にこちらへ突っ込んできた。
顔が赤い。
かなり飲んでいる。
「おっ、なんだー?」
リザリアはカティアとエルナを見て、にやっと笑った。
「相棒取るなよなー!!」
ぶわっ!!
長い尻尾が伸びる。
次の瞬間。
ザインの身体へぐるぐる巻き付いた。
「うわっ」
椅子ごと引っ張られる。
リザリアはそのままザインを自分の方へ抱え込んだ。
「へへーん」
上機嫌に尾を揺らす。
「今日は俺様と飲むんだよなぁ?」
「僕ミルクですけど」
「細けぇ事はいいんだよ!」
カティアが呆れたように眉を寄せる。
「……何その捕獲方法」
「仲良いんですよー」
エルナは楽しそうに笑った。
リザリアはそのまま、ザインの頭をぐしゃぐしゃ撫で回す。
「いやーしかし今日は強かったな相棒!!」
「最後の狼吹っ飛ばした時とか最高だったぞ!!」
ザインは尻尾に巻かれたまま、少し困った顔をしている。
だが、抵抗はしなかった。
カティアはその様子を静かに見ていた。
仮面の魔術師。
戦場では異様に冷静で強い。
なのに今は、酔ったリザードマンに捕獲されている。
灰青色の瞳が、少しだけ細まる。
「……変な子」
カティアの視線に気付いたのか。
リザリアは、ぐるぐる巻きにしたザインを抱えたまま、にやりと笑った。
「なんだよ」
「お前も混ざるか?」
「遠慮しとく」
即答。
だがその声に、少しだけ柔らかさが混じっていた。
リザリアは豪快に笑う。
「ははっ、相変わらず硬ぇなぁ」
「もっと肩の力抜けって」
「……貴女ほど緩くは生きられないわ」
「そりゃ残念」
リザリアは酒瓶を傾ける。
ごくごくと喉を鳴らした。
その間も尻尾は離れない。
むしろ、ザインが逃げないように更に締まった。
「ぐぇ」
「おい相棒、細すぎんぞ」
「もうちょい食え」
「食べてます」
「食ってその細さかよ」
エルナがくすくす笑いながら、奥から皿を運んでくる。
「はい、追加の串焼きですよ〜」
「おっ、気が利く!!」
「リザリアさん、今日はかなり飲んでますよね?」
「今日は祝い酒だからな!」
どんっ。
テーブルへ酒瓶が置かれる。
「相棒が無事帰ってきた日だぞ?」
「飲まねぇ理由がねぇ」
その言葉に。
ほんの一瞬だけ。
ザインの表情が止まった。
カティアは、それを見逃さなかった。
……帰ってきた。
その言葉に。
ザインは時々、妙に弱い顔をする。
まるで。
“帰れる場所”という言葉そのものに慣れていないみたいに。
リザリアは気付いていないのか、あるいは気付いた上で流しているのか。
尻尾でぐりぐりとザインの頭を撫で回した。
「ちゃんと帰って来たから今日は偉い」
「犬みたいに言わないでください」
「おっ、反抗した」
「エルナー!!相棒が反抗期だぞー!!」
「ふふっ、大変ですねぇ」
エルナは困ったように笑いながら、ザインの前へ木のカップを置く。
温かいミルク。
少し甘い匂い。
「はい、ザインさん」
「今日は蜂蜜入りです」
「あ……ありがとうございます」
「ちゃんとご飯も食べてくださいね?」
その声音は柔らかい。
だが不思議と、有無を言わせない強さがある。
6人兄弟の長女。
自然と世話を焼いてきた人間の声だった。
ザインは少しだけ視線を逸らしながら、こくりと頷く。
その様子を見て。
カティアは、小さく息を吐いた。
……本当に変な子達。
強くて。
騒がしくて。
でも、どこか温かい。
戦場では、命が軽い。
人は簡単に死ぬ。
冒険者なんて特にそうだ。
なのに。
この空間だけは妙に穏やかだった。
酒臭くて。
うるさくて。
笑い声が絶えなくて。
誰かが、ちゃんと「帰ってきた」と言ってくれる。
カティアは無意識に。
ほんの少しだけ口元を緩めていた。




