戦闘終了
魔獣の勢いは、明らかに弱まっていた。
丘の斜面には、無数の死骸。
血。
焼け焦げた地面。
冒険者達も満身創痍だった。
息を切らし。
武器を杖代わりに立っている者も多い。
だが。
防衛線は、崩れなかった。
「……終わるか?」
誰かが呟く。
細かい魔獣は、ほとんど尽きかけていた。
狼型。
猪型。
鳥型。
その群れも、もう僅か。
冒険者達の間にも、少しずつ安堵が広がり始める。
その時だった。
ドシン――……
重い地響き。
全員の視線が、丘の奥へ向く。
森の影から。
巨大な影が現れた。
二足歩行。
異様な巨体。
黒い外殻。
歪んだ角。
赤黒い瞳。
まるで人型の魔獣だった。
「……なんだ、あれ」
誰かの声が震える。
大型魔獣。
いや。
今までの個体とは、明らかに格が違った。
「……チッ」
リザリアが曲刀を構える。
周囲の冒険者達も武器を握り直した。
だが。
疲弊が酷い。
もう一度あれを相手取るのは、かなり危険だった。
その時。
「――あれで最後です」
静かな声。
ラドヴィスだった。
銀髪を揺らしながら、前へ出る。
ローブが風に揺れる。
眼鏡の奥の瞳は、静かだった。
「ギルドマスター……?」
周囲がざわつく。
ラドヴィスは杖を構えた。
そして。
小さく息を吐く。
「私の“本気”を見せましょう」
その瞬間。
空気が変わった。
ドクン――……
濃密な魔力圧。
丘全体へ、重い魔力が広がっていく。
冒険者達が思わず息を呑む。
「な……」
「すげぇ魔力……」
ザインの黒い瞳も、僅かに見開かれていた。
ラドヴィスの周囲へ、青白い魔力が渦巻いていく。
高密度。
圧倒的。
まるで空そのものを支配しているみたいだった。
そして。
詠唱が始まる。
長い。
重い。
高度な古典魔術。
十秒。
戦場で使うには長過ぎる詠唱。
だが。
誰も邪魔出来ない。
魔獣ですら、圧力に怯むように止まっていた。
やがて。
ラドヴィスが杖を振り上げる。
空が、光った。
「――穿て」
次の瞬間。
轟雷。
ドゴォォォォォンッ――!!
天から、巨大な雷が落ちた。
白銀の雷柱。
空そのものが落ちてきたみたいな一撃。
二足歩行の大型魔獣を、真正面から貫く。
閃光。
轟音。
地面が揺れる。
そして。
魔獣の巨体が、ゆっくり崩れ落ちた。
静寂。
誰もすぐには声を出せなかった。
やがて。
丘の上へ、風が吹く。
ラドヴィスは静かに杖を下ろした。
そして。
疲れたように、小さく言った。
「……討伐完了です」
その瞬間。
丘の上から、歓声が爆発した。
戦闘終了後。
丘の上には、疲労と安堵が混ざった空気が流れていた。
冒険者達は座り込み。
武器を地面へ置き。
生き残った事を実感するように息を吐いている。
治療班が負傷者を回り。
ギルド職員達が慌ただしく動き回る。
そして。
細かい魔獣達も完全に殲滅された頃。
ラドヴィスは、ようやく大きく息を吐いた。
「……ふぅ」
銀髪が夜風に揺れる。
流石に消耗しているらしい。
額には汗が浮かんでいた。
それでも、立ち姿は崩れていない。
ラドヴィスは、そのままザインの方へ歩いてくる。
「いやはや……」
疲れたように苦笑した。
「流石に疲れましたね……」
ザインも小さく頷く。
「お疲れ様です」
だが。
次の瞬間。
ラドヴィスの視線が止まった。
「……おや」
静かな声。
「仮面が……」
ザインの顔。
火傷跡。
そして。
左肩。
マントの下に隠してはいるが、義手が消えている。
ラドヴィスの目が細くなる。
だが。
何も言わなかった。
代わりに、周囲を一瞥する。
冒険者達は戦闘後の処理で忙しい。
こちらを見ている者はいない。
確認した後。
ラドヴィスは静かに収納魔術を展開した。
淡い光。
空間から、一枚の仮面を取り出す。
予備だろう。
「ほら」
自然な動作で、ザインへ仮面を渡す。
「付けておきなさい」
ザインは少し目を見開く。
だが、小さく頷き、すぐ仮面を付け直した。
ラドヴィスは続けて、木製の添木を取り出す。
それを手際良く加工し。
包帯を巻き。
左肩へ固定していく。
まるで、本当に重傷を負った腕のように。
最後に、包帯を首から吊るさせた。
「これで多少は誤魔化せるでしょう」
静かな声だった。
ザインは少し困ったように笑う。
「……ありがとうございます」
ラドヴィスは眼鏡を押し上げる。
「ギルドマスターですから」
「隠し事の一つや二つ、多少は慣れてます」
そう言って、小さく苦笑した。
辺境街へ戻った頃には、既に深夜になっていた。
だが。
ギルドの中は、異様な熱気に包まれている。
「うおおおっ!!」
「生き残ったぞぉ!!」
酒。
肉。
笑い声。
怒鳴り声。
完全に宴会だった。
スタンピードを防ぎ切ったのだ。
しかも報酬は破格。
緊急大規模討伐依頼。
危険手当。
素材買い取り。
冒険者達の懐は、一気に温まっていた。
「飲め飲め!!」
「今日は寝るまで騒ぐぞ!!」
「お前さっき死にかけてただろ!」
「だから飲むんだよ!!」
滅茶苦茶だった。
リザリアも当然混ざっている。
「肉追加ァ!!」
巨大な串肉を抱えて笑っていた。
完全に楽しそうである。
その一方。
ザインは、ギルドの端の席へ静かに座っていた。
騒ぎから少し離れた位置。
仮面。
フード。
そして左腕は包帯で吊られている。
手元には、大きな木製カップ。
中身はミルクだった。
「……」
周囲は酒だらけだ。
だが、ザインは普通にミルクを飲んでいる。
そこへ。
「……隣、いいかしら」
女性の声。
ザインが顔を上げる。
そこに立っていたのは、弓使いだった。
茶髪。
人間の女性。
細身。
落ち着いた雰囲気。
スタンピードの時、狼型魔獣に襲われていた人物だ。
ザインは小さく頷く。
「どうぞ」
女性は静かに座った。
そして。
少しだけ、ザインを見る。
仮面。
包帯。
その奥。
何か考えるような視線だった。
やがて。
小さく口を開く。
「カティアよ」
灰青色の瞳が、静かにザインを見る。
「……先程は助かったわ」
落ち着いた声だった。




