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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
88/197

スタンピード、戦闘

戦場は、混沌としていた。


炎。


血。


怒号。


咆哮。


夜の丘が、完全に地獄へ変わっている。


その中で。


ザインは前へ出過ぎなかった。


徹底して、援護に回る。


「左っ!!」


前衛冒険者の死角。


そこへ飛び掛かった牙狼へ――


「――風刃」


薄緑の刃が走る。


ズバッ!!


牙狼の首が飛ぶ。


前衛の冒険者が息を呑む。


「た、助かった!!」


だが。


次が来る。


上空。


ギャァァァッ!!


小型の鳥型魔獣。


群れ。


前線の隙間を縫うように飛来する。


ザインの黒い瞳が、即座に軌道を読む。


杖を振る。


「風圧」


ドンッ!!


空気が炸裂する。


鳥型魔獣達がまとめて吹き飛ぶ。


更に。


「――風刃」


空中で数体が真っ二つになる。


だが。


戦線は広い。


全部は防ぎ切れない。


「ぐぁぁっ!!」


前衛の一人が、猪型魔獣へ吹き飛ばされる。


ザインは即座に走った。


「下がって!!」


負傷者の腕を掴み、後方へ引きずる。


魔獣が追撃してくる。


だが。


「オラァァッ!!」


リザリアの巨大曲刀が、横から魔獣を叩き潰した。


血飛沫が飛ぶ。


リザリアは笑っていた。


完全に戦場の怪物だった。


「そっちは任せた!!」


「はい!!」


ザインは負傷者を後衛へ押しやる。


治療班。


回復薬。


怒号。


担架。


その横を、また別の負傷者が運ばれていく。


戦況は、決して楽ではない。


ラドヴィスの広域魔法で数は削れた。


だが。


スタンピードは止まらない。


遠くの森から、まだ魔獣の咆哮が響いていた。


ザインは息を吐く。


左腕を見る。


黒い魔力義手。


今は、まだ問題ない。


だが。


長期戦になる。


その予感が、嫌なほどしていた。


戦闘開始から、既にかなり時間が経っていた。


丘の斜面は、もう滅茶苦茶だった。


砕けた地面。


魔獣の死骸。


焼け焦げた草。


血の臭い。


絶え間ない咆哮。


そして。


疲労。


それが、確実に冒険者達を蝕み始めていた。


「ぐっ……!」


魔術師の一人が膝を付く。


額から汗が落ちる。


「クソォ!!」


杖を地面へ突き立てながら叫ぶ。


「もう魔力が切れちまう……!!」


後方の魔術師組は、特に消耗が激しかった。


広域魔法。


防御障壁。


遠距離支援。


ずっと魔力を使い続けている。


回復薬にも限界がある。


ラドヴィスですら、額へ汗が浮いていた。


「魔術師隊、後退しながら交代!」


「前へ出過ぎるな!!」


指示が飛ぶ。


だが。


それでも魔獣は止まらない。


ドドドドド――!!


森から次の群れが現れる。


「まだ居るのかよ……!」


前衛冒険者が顔を青くする。


リザリアですら、少し息が荒くなっていた。


「チッ……!」


巨大曲刀で魔獣を斬り飛ばしながら舌打ちする。


尾も、少し動きが鈍くなっている。


ザインは戦場を見渡す。


――長期戦。


最悪の流れだった。


人間側は疲弊する。


だが、魔獣は止まらない。


既に何人も負傷している。


担架が足りない。


治療班も限界が近い。


「後ろ下がれ!!」


「回復班こっち!!」


怒号。


悲鳴。


血。


戦場が、少しずつ崩れ始めていた。


その時だった。


前線の一角が、崩れる。


「うわぁぁっ!!」


大型魔獣。


熊型。


突進。


前衛が吹き飛ばされる。


そこへ、更に後続の群れが雪崩れ込んできた。


ザインの黒い瞳が揺れる。


――マズい。


あそこが抜かれたら、防衛線が壊れる。


「後ろォ!!」


誰かの叫び声。


その瞬間。


後衛の弓使い達へ、狼型魔獣が飛び込んでいた。


防衛線の隙間を抜けた個体。


速い。


「っ――!」


ザインが地面を蹴る。


一直線。


杖を振る。


「――風刃」


薄緑の刃が狼型魔獣を両断した。


血飛沫。


だが。


終わらない。


後続。


更に二体。


「ひっ……!」


弓使いが硬直する。


ザインは即座にその前へ滑り込んだ。


「伏せて!!」


弓使いを突き飛ばす。


同時に。


腰から短刀を引き抜く。


銀の刃。


聖騎士団時代から持つ短刀。


飛び掛かった一体へ、最小限の動きで突き込む。


ズバッ!!


喉を裂かれた狼型魔獣が地面へ転がる。


だが。


もう一体。


死角。


「――っ」


避け切れない。


次の瞬間。


ガギィッ!!


鋭い爪が、ザインの顔面を掠めた。


衝撃。


火花。


そして。


仮面が砕け飛ぶ。


パリン――ッ!!


白い破片が、戦場へ散った。


その下から現れたのは。


白髪。


黒い瞳。


そして。


左半分へ刻まれた、痛々しい雷撃火傷の痕。


幼い顔だった。


まだ少年と呼ぶべき年齢。


弓使いが、息を呑む。


「……え」


ザインは即座に後退する。


短刀を振り抜き、最後の狼型魔獣を斬り飛ばす。


そして。


「下がってください!!」


弓使いへ叫ぶ。


そのまま、素早くフードを深く被り直した。


傷跡と顔を隠すように。


戦場の怒号が続く。


だが。


今の一瞬だけ。


近くに居た冒険者達の空気が、確かに止まっていた。


「グォォォォォッ!!」


轟音のような咆哮。


前線中央。


大型魔獣が、防衛線へ突っ込んできた。


熊とも蜥蜴ともつかない異形。


黒い外殻。


異常な巨体。


前衛冒険者達が吹き飛ばされる。


「クソッ!!」


「止まらねぇ!!」


その時。


「どけぇぇぇッ!!」


リザリアが飛び込む。


巨大曲刀を二本構え、そのまま大型魔獣へ斬り掛かった。


ズバァンッ!!


重い斬撃。


だが。


硬い。


外殻が深くまで通らない。


「チィッ!!」


リザリアが舌打ちする。


大型魔獣の爪が振り下ろされる。


地面が砕けた。


リザリアは横へ飛ぶ。


だが、押し切れない。


その瞬間。


リザリアが叫ぶ。


「ザイン!!」


「援護ォ!!」


ザインは即座に杖を構えた。


大型魔獣を見る。


硬い外殻。


なら、動きを止める。


短い詠唱。


静かな声。


「――地よ、絡め」


瞬間。


大型魔獣の足元が爆ぜた。


ドゴッ!!


土を割って、巨大な蔦が飛び出す。


南方魔術。


生きるように蠢く蔦が、大型魔獣の脚へ絡み付いた。


「グォォッ!?」


巨体が、一瞬止まる。


その隙を。


リザリアは逃さない。


「オラァァァァッ!!」


地面を砕く踏み込み。


全力。


二刀の巨大曲刀が、交差する。


ズバァァァンッ!!


大型魔獣の首が、宙を舞った。


血飛沫。


巨体が崩れ落ちる。


周囲の冒険者達が歓声を上げる。


「やった!!」


「倒したぞ!!」


だが。


終わらない。


森の奥から、更に咆哮。


次の群れ。


狼型魔獣達が、一斉にザインへ飛び掛かった。


「――っ!」


近い。


数が多い。


ザインは反射的に左腕を前へ出す。


魔力を叩き込む。


「――風刃」


その瞬間。


薄紫色の刃が、空へ広がった。


ザァァァッ――!!


広範囲。


無数の斬撃。


狼型魔獣達がまとめて裂かれる。


血飛沫。


肉片。


周囲の冒険者達が凍り付く。


だが。


次の瞬間だった。


「……ぁ」


ザインの視界が揺れる。


魔力切れ。


限界。


左腕の魔力構造が、一気に崩壊する。


バチィッ――!!


黒い魔力義手が、弾け飛んだ。


粒子のように砕け散る。


左肩から先が、消える。


「……っ!」


ザインは即座にマントを掴んだ。


左側を隠す。


誰にも見せないように。


そのまま息を整え、再び前を見る。


戦闘は、まだ終わっていなかった。


「助かった!!」


前衛の冒険者が叫ぶ。


狼型魔獣の群れが、紫の斬撃でまとめて吹き飛ばされていた。


血煙。


裂けた肉。


地面へ転がる死骸。


その光景に、周囲の冒険者達が一瞬息を呑む。


だが。


今は驚いている場合ではない。


「押し返せぇぇぇッ!!」


前衛達が、勢いを取り戻した。


さっきまで崩れかけていた防衛線が、再び前へ出る。


リザリアも血塗れの曲刀を振り回しながら笑った。


「ははっ!!」


「いいぞザイン!!」


大型魔獣を倒した勢いも大きかった。


冒険者達の士気が、一気に持ち直していく。


「前出ろ!!」


「今なら押せる!!」


「弓隊援護!!」


怒号が飛ぶ。


ラドヴィスも即座に戦線を立て直す。


「中央押し返します!」


「右翼は突出するな!!」


銀髪を揺らしながら、広域火炎魔法を再展開。


炎が魔獣群を焼き払う。


そして。


戦況が変わり始めた。


止まらなかった魔獣の勢いが、明らかに鈍る。


前線が、押し返している。


「いけるぞ!!」


誰かが叫ぶ。


その声は、少しずつ全体へ広がっていった。


ザインは、その光景を見ながら静かに息を吐く。


左肩が、重い。


マントの下。


消えた左腕。


魔力はかなり危険域だった。


だが。


まだ立てる。


まだ戦える。


ザインは杖を握り直す。


その黒い瞳は、静かに前線を見据えていた。

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