スタンピード、戦闘
戦場は、混沌としていた。
炎。
血。
怒号。
咆哮。
夜の丘が、完全に地獄へ変わっている。
その中で。
ザインは前へ出過ぎなかった。
徹底して、援護に回る。
「左っ!!」
前衛冒険者の死角。
そこへ飛び掛かった牙狼へ――
「――風刃」
薄緑の刃が走る。
ズバッ!!
牙狼の首が飛ぶ。
前衛の冒険者が息を呑む。
「た、助かった!!」
だが。
次が来る。
上空。
ギャァァァッ!!
小型の鳥型魔獣。
群れ。
前線の隙間を縫うように飛来する。
ザインの黒い瞳が、即座に軌道を読む。
杖を振る。
「風圧」
ドンッ!!
空気が炸裂する。
鳥型魔獣達がまとめて吹き飛ぶ。
更に。
「――風刃」
空中で数体が真っ二つになる。
だが。
戦線は広い。
全部は防ぎ切れない。
「ぐぁぁっ!!」
前衛の一人が、猪型魔獣へ吹き飛ばされる。
ザインは即座に走った。
「下がって!!」
負傷者の腕を掴み、後方へ引きずる。
魔獣が追撃してくる。
だが。
「オラァァッ!!」
リザリアの巨大曲刀が、横から魔獣を叩き潰した。
血飛沫が飛ぶ。
リザリアは笑っていた。
完全に戦場の怪物だった。
「そっちは任せた!!」
「はい!!」
ザインは負傷者を後衛へ押しやる。
治療班。
回復薬。
怒号。
担架。
その横を、また別の負傷者が運ばれていく。
戦況は、決して楽ではない。
ラドヴィスの広域魔法で数は削れた。
だが。
スタンピードは止まらない。
遠くの森から、まだ魔獣の咆哮が響いていた。
ザインは息を吐く。
左腕を見る。
黒い魔力義手。
今は、まだ問題ない。
だが。
長期戦になる。
その予感が、嫌なほどしていた。
戦闘開始から、既にかなり時間が経っていた。
丘の斜面は、もう滅茶苦茶だった。
砕けた地面。
魔獣の死骸。
焼け焦げた草。
血の臭い。
絶え間ない咆哮。
そして。
疲労。
それが、確実に冒険者達を蝕み始めていた。
「ぐっ……!」
魔術師の一人が膝を付く。
額から汗が落ちる。
「クソォ!!」
杖を地面へ突き立てながら叫ぶ。
「もう魔力が切れちまう……!!」
後方の魔術師組は、特に消耗が激しかった。
広域魔法。
防御障壁。
遠距離支援。
ずっと魔力を使い続けている。
回復薬にも限界がある。
ラドヴィスですら、額へ汗が浮いていた。
「魔術師隊、後退しながら交代!」
「前へ出過ぎるな!!」
指示が飛ぶ。
だが。
それでも魔獣は止まらない。
ドドドドド――!!
森から次の群れが現れる。
「まだ居るのかよ……!」
前衛冒険者が顔を青くする。
リザリアですら、少し息が荒くなっていた。
「チッ……!」
巨大曲刀で魔獣を斬り飛ばしながら舌打ちする。
尾も、少し動きが鈍くなっている。
ザインは戦場を見渡す。
――長期戦。
最悪の流れだった。
人間側は疲弊する。
だが、魔獣は止まらない。
既に何人も負傷している。
担架が足りない。
治療班も限界が近い。
「後ろ下がれ!!」
「回復班こっち!!」
怒号。
悲鳴。
血。
戦場が、少しずつ崩れ始めていた。
その時だった。
前線の一角が、崩れる。
「うわぁぁっ!!」
大型魔獣。
熊型。
突進。
前衛が吹き飛ばされる。
そこへ、更に後続の群れが雪崩れ込んできた。
ザインの黒い瞳が揺れる。
――マズい。
あそこが抜かれたら、防衛線が壊れる。
「後ろォ!!」
誰かの叫び声。
その瞬間。
後衛の弓使い達へ、狼型魔獣が飛び込んでいた。
防衛線の隙間を抜けた個体。
速い。
「っ――!」
ザインが地面を蹴る。
一直線。
杖を振る。
「――風刃」
薄緑の刃が狼型魔獣を両断した。
血飛沫。
だが。
終わらない。
後続。
更に二体。
「ひっ……!」
弓使いが硬直する。
ザインは即座にその前へ滑り込んだ。
「伏せて!!」
弓使いを突き飛ばす。
同時に。
腰から短刀を引き抜く。
銀の刃。
聖騎士団時代から持つ短刀。
飛び掛かった一体へ、最小限の動きで突き込む。
ズバッ!!
喉を裂かれた狼型魔獣が地面へ転がる。
だが。
もう一体。
死角。
「――っ」
避け切れない。
次の瞬間。
ガギィッ!!
鋭い爪が、ザインの顔面を掠めた。
衝撃。
火花。
そして。
仮面が砕け飛ぶ。
パリン――ッ!!
白い破片が、戦場へ散った。
その下から現れたのは。
白髪。
黒い瞳。
そして。
左半分へ刻まれた、痛々しい雷撃火傷の痕。
幼い顔だった。
まだ少年と呼ぶべき年齢。
弓使いが、息を呑む。
「……え」
ザインは即座に後退する。
短刀を振り抜き、最後の狼型魔獣を斬り飛ばす。
そして。
「下がってください!!」
弓使いへ叫ぶ。
そのまま、素早くフードを深く被り直した。
傷跡と顔を隠すように。
戦場の怒号が続く。
だが。
今の一瞬だけ。
近くに居た冒険者達の空気が、確かに止まっていた。
「グォォォォォッ!!」
轟音のような咆哮。
前線中央。
大型魔獣が、防衛線へ突っ込んできた。
熊とも蜥蜴ともつかない異形。
黒い外殻。
異常な巨体。
前衛冒険者達が吹き飛ばされる。
「クソッ!!」
「止まらねぇ!!」
その時。
「どけぇぇぇッ!!」
リザリアが飛び込む。
巨大曲刀を二本構え、そのまま大型魔獣へ斬り掛かった。
ズバァンッ!!
重い斬撃。
だが。
硬い。
外殻が深くまで通らない。
「チィッ!!」
リザリアが舌打ちする。
大型魔獣の爪が振り下ろされる。
地面が砕けた。
リザリアは横へ飛ぶ。
だが、押し切れない。
その瞬間。
リザリアが叫ぶ。
「ザイン!!」
「援護ォ!!」
ザインは即座に杖を構えた。
大型魔獣を見る。
硬い外殻。
なら、動きを止める。
短い詠唱。
静かな声。
「――地よ、絡め」
瞬間。
大型魔獣の足元が爆ぜた。
ドゴッ!!
土を割って、巨大な蔦が飛び出す。
南方魔術。
生きるように蠢く蔦が、大型魔獣の脚へ絡み付いた。
「グォォッ!?」
巨体が、一瞬止まる。
その隙を。
リザリアは逃さない。
「オラァァァァッ!!」
地面を砕く踏み込み。
全力。
二刀の巨大曲刀が、交差する。
ズバァァァンッ!!
大型魔獣の首が、宙を舞った。
血飛沫。
巨体が崩れ落ちる。
周囲の冒険者達が歓声を上げる。
「やった!!」
「倒したぞ!!」
だが。
終わらない。
森の奥から、更に咆哮。
次の群れ。
狼型魔獣達が、一斉にザインへ飛び掛かった。
「――っ!」
近い。
数が多い。
ザインは反射的に左腕を前へ出す。
魔力を叩き込む。
「――風刃」
その瞬間。
薄紫色の刃が、空へ広がった。
ザァァァッ――!!
広範囲。
無数の斬撃。
狼型魔獣達がまとめて裂かれる。
血飛沫。
肉片。
周囲の冒険者達が凍り付く。
だが。
次の瞬間だった。
「……ぁ」
ザインの視界が揺れる。
魔力切れ。
限界。
左腕の魔力構造が、一気に崩壊する。
バチィッ――!!
黒い魔力義手が、弾け飛んだ。
粒子のように砕け散る。
左肩から先が、消える。
「……っ!」
ザインは即座にマントを掴んだ。
左側を隠す。
誰にも見せないように。
そのまま息を整え、再び前を見る。
戦闘は、まだ終わっていなかった。
「助かった!!」
前衛の冒険者が叫ぶ。
狼型魔獣の群れが、紫の斬撃でまとめて吹き飛ばされていた。
血煙。
裂けた肉。
地面へ転がる死骸。
その光景に、周囲の冒険者達が一瞬息を呑む。
だが。
今は驚いている場合ではない。
「押し返せぇぇぇッ!!」
前衛達が、勢いを取り戻した。
さっきまで崩れかけていた防衛線が、再び前へ出る。
リザリアも血塗れの曲刀を振り回しながら笑った。
「ははっ!!」
「いいぞザイン!!」
大型魔獣を倒した勢いも大きかった。
冒険者達の士気が、一気に持ち直していく。
「前出ろ!!」
「今なら押せる!!」
「弓隊援護!!」
怒号が飛ぶ。
ラドヴィスも即座に戦線を立て直す。
「中央押し返します!」
「右翼は突出するな!!」
銀髪を揺らしながら、広域火炎魔法を再展開。
炎が魔獣群を焼き払う。
そして。
戦況が変わり始めた。
止まらなかった魔獣の勢いが、明らかに鈍る。
前線が、押し返している。
「いけるぞ!!」
誰かが叫ぶ。
その声は、少しずつ全体へ広がっていった。
ザインは、その光景を見ながら静かに息を吐く。
左肩が、重い。
マントの下。
消えた左腕。
魔力はかなり危険域だった。
だが。
まだ立てる。
まだ戦える。
ザインは杖を握り直す。
その黒い瞳は、静かに前線を見据えていた。




