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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
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暖かな…

レヴィアナ達と別れた後。


温泉街には、ようやく静けさが戻り始めていた。


砕けた石畳。


焦げ跡。


まだ少し煙が上がっている。


ザインは宿の住所が書かれた紙を、静かに懐へしまった。


金級冒険者。


レヴィアナ。


ヴァレル。


シオン。


ルドヴィカ。


妙な連中だった。


だが。


不思議と、嫌な感じはしなかった。


その時。


「おーーーい!!」


遠くから、大声が響く。


ザインが振り向く。


そこには、巨大な紙袋を抱えたリザリアが居た。


「何やってんだお前ぇ!?」


尾をぶんぶん揺らしながら、こちらへ走ってくる。


そして。


通りの惨状を見て止まった。


「……え?」


砕けた石畳。


焦げ跡。


焼けた壁。


そして、ザイン。


リザリアがゆっくり顔を上げる。


「……お前」


「何した?」


「してません」


ザインは即答した。


リザリアがじーっと見る。


「絶対なんかあっただろ」


「……まぁ」


少しだけ視線を逸らす。


するとリザリアは、急に楽しそうに笑った。


「ははっ!!」


「温泉入ってる間に街半壊させるとか流石だな!!」


「だから違いますって」


「で?」


リザリアが身を屈める。


「誰と戦ったんだ?」


完全にワクワクしていた。


ザインは少し黙り。


それから、小さく息を吐く。


「……金級冒険者です」


その瞬間。


リザリアの尾が、ぴたりと止まった。


「……は?」


数秒沈黙。


そして。


「なんで生きてんだお前!?」


温泉街へ、大声が響いた。


ザインは少し困ったように笑う。


そんなやり取りをしながら。


二人は夜道を歩き出す。


辺境街へ向かう帰り道。


湯気の立つ温泉街を背にしながら。



辺境街へ戻った頃には、すっかり深夜になっていた。


森の中の住処。


暖炉の火だけが、静かに揺れている。


ザインは椅子へ座り、温かい茶を受け取った。


その向かいで。


グリムヴァルドが静かに話を聞いている。


温泉街。


金級冒険者達。


レヴィアナ。


紫の魔力。


そして――


“魔族”と言われた事。


そこまで聞いた時だった。


グリムヴァルドの目が、僅かに細まる。


暖炉の火が、ぱちりと鳴った。


「……魔族、か」


静かな声。


ザインは少し身を乗り出す。


グリムヴァルドは茶を一口飲み、それからゆっくり口を開いた。


「魔族とは、闇の魔力を操る一族でな」


「今では、ほとんど残っておらん」


「大昔は人間や獣人と戦争もしておったらしいが……まぁ今は伝承に近い」


ザインは黙って聞いている。


グリムヴァルドは、そこで少しだけザインを見る。


「しかし……」


低い声。


「お主の、無い左腕からは」


「確かに“魔族系統”の魔力を感じるからの」


その瞬間。


ザインの表情が固まった。


「……は?」


数秒。


完全に停止する。


そして。


「ど、どうして先に言ってくれないんですか!?」


思わず立ち上がる。


かなり珍しく、声が大きかった。


グリムヴァルドは気怠そうに茶を飲む。


「気付いておるかと思っての」


「気付きませんよ!?」


「そうか?」


「そうですよ!!」


珍しく本気で動揺していた。


グリムヴァルドは、ふぅむと鼻を鳴らす。


「それに」


「お主、過去も何も話してくれんではないか」


ザインが少し黙る。


グリムヴァルドは暖炉を見ながら続けた。


「事情があって、そういう事なのだろうと思っておった」


静かな声だった。


責める訳でもない。


ただ、本当にそう判断していたという口調。


ザインは言葉に詰まる。


確かに。


自分も多くを話してはいない。


聖騎士団の事。


左腕の事。


戦争の事。


逃げてきた事。


全部、曖昧にしていた。


暖炉の火が揺れる。


その前で。


ザインは静かに、自分の左腕を見下ろしていた。


暖炉の火が、静かに揺れている。


グリムヴァルドは何も言わなかった。


急かさない。


ただ、待っている。


ザインはしばらく左腕を見ていた。


黒い長手袋。


その下の、失われた左肩。


やがて。


小さく息を吐く。


「……実は」


静かな声だった。


「僕」


「聖騎士団に拾われたんです」


グリムヴァルドの目が、僅かに細まる。


だが、口は挟まない。


ザインは続けた。


「子供の頃に」


「そこから、ずっと聖騎士団で育ちました」


暖炉の火がぱちりと鳴る。


ザインの黒い瞳が、火を見つめていた。


「ある日」


「北の祠で、“魔石”に触れたんです」


その瞬間。


左腕を、無意識に握る。


「そしたら」


「その魔石が、左腕に吸収されて」


声が少しだけ掠れる。


「……そこから、おかしくなった」


グリムヴァルドは黙って聞いている。


ザインは続ける。


「最初は、力が強くなっただけだと思ってました」


「でも……違った」


「女王が」


「その左腕を、切断しろって」


静かな森。


暖炉の音だけが響く。


ザインの声も、静かだった。


感情を押し殺すみたいに。


「聖騎士団の人達に」


「左腕を切られました」


「……魔道砲の炉心に使う為に」


グリムヴァルドの表情が、ほんの少しだけ険しくなる。


ザインは気付かないまま続けた。


「それで」


「次は右腕か脚も必要になるって知って」


「逃げました」


ぽつり、と。


「聖騎士団から」


暖炉の火が揺れる。


ザインは俯いたままだ。


「追われて」


「崖から落ちて」


「川に流されて」


「……そこで、グリムヴァルドに拾われたんです」


話し終わる。


静寂。


暖炉の音だけが、小さく響いていた。


「……そうか」


グリムヴァルドは、静かに言った。


その声は、とても優しかった。


暖炉の火が揺れる。


ザインは俯いたまま、自分の左腕を見ている。


グリムヴァルドはしばらく黙っていた。


やがて。


小さく息を吐く。


「そんなことが、あったのか……」


低い声だった。


そこには驚きも。


怒りも。


少しだけ滲んでいた。


聖騎士団。


女王。


子供の腕を切り落とし、兵器へ使う。


普通ではない。


グリムヴァルドは暖炉を見る。


そして。


ゆっくりザインへ視線を戻した。


「……聞いて悪かったな」


静かな声。


責めるような響きは一切無かった。


むしろ。


“話させてしまった”事への申し訳なさが滲んでいた。


ザインは少し目を見開く。


そんな反応をされると思っていなかったのかもしれない。


グリムヴァルドは続けた。


「無理に思い出させるものではなかった」


「すまん」


暖炉の火が、ぱちりと鳴る。


ザインはしばらく黙っていた。


それから。


小さく首を振る。


「……いえ」


「グリムヴァルドには、話しておきたかったので」


その言葉に。


グリムヴァルドは少しだけ目を細めた。


「そうか」


それだけだった。


だが。


その返事は、どこか暖かかった。


暖炉の火が、静かに揺れている。


森の夜は静かだった。


外では風が木々を揺らし、時折小さく枝が鳴る。


グリムヴァルドの住処。


薬草の匂い。


乾燥した葉。


棚へ並ぶ瓶。


その暖かな空間の中で。


ザインは椅子へ腰掛けたまま、自分の左腕を見ていた。


長手袋の下。


そこにある、黒い魔力義手。


そして、その奥にある“何か”。


グリムヴァルドは向かいで茶を飲んでいる。


静かな時間だった。


やがて。


グリムヴァルドが、小さく口を開く。


「……少しは楽になったか?」


ザインは少しだけ目を瞬かせる。


「……え?」


「話した事だ」


暖炉の火を見ながら、グリムヴァルドは続ける。


「ずっと抱えておったのだろう」


低い声だった。


ザインは黙る。


火を見る。


ぱちり、と薪が鳴る。


しばらくして。


小さく息を吐いた。


「……分からないです」


正直な声だった。


「軽くなったのか」


「逆に整理がつかなくなったのか」


「自分でも、よく分からなくて」


グリムヴァルドは、それを否定しない。


ただ静かに聞いていた。


ザインは左腕を握る。


黒い義手が、微かに軋む。


「聖騎士団にいた頃は」


「戦うのが普通でした」


「命令されて」


「敵を斬って」


「また次の戦場へ行く」


黒い瞳が、暖炉を映す。


「でも」


「辺境へ来て」


「リザリアと依頼受けて」


「温泉街行って」


「なんか……」


少しだけ困ったように笑う。


「普通なんですよね」


その言葉に。


グリムヴァルドは、少しだけ目を細めた。


ザインは続ける。


「普通に働いて」


「笑って」


「ご飯食べて」


「それが、なんか不思議で」


暖炉の火が揺れる。


その横顔は、まだ幼かった。


本来なら、戦争より先に日常を知る年齢だ。


グリムヴァルドは茶を置く。


そして、静かに言った。


「それで良いのだ」


ザインが少し顔を上げる。


グリムヴァルドは、穏やかな声で続けた。


「お主は今まで、戦場しか知らなんだ」


「ならこれから覚えれば良い」


「普通に生きるという事をな」


静かな言葉だった。


押し付けるでもない。


ただ、自然に。


ザインはしばらく黙る。


そして。


小さく笑った。


「……難しいですね」


「そりゃそうだ」


グリムヴァルドは即答した。


「皆、案外下手だぞ」


「普通に生きるのは」


その返答に。


ザインは少しだけ吹き出した。


暖炉の前。


森の夜。


その笑い声は、以前よりずっと自然だった。

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