金級パーティ
「だって紫だよ!?」
レヴィアナは、まだ杖をザインへ向けたままだった。
金色の長髪が揺れる。
仮面の奥の瞳には、明確な警戒が宿っていた。
「こんなの普通じゃ――」
「だから落ち着けって!!」
ヴァレルが頭を抱える。
温泉街の通りは、既に無人になっていた。
先程の爆裂魔術で、人々は全員逃げている。
静かな夜。
立ち込める湯気。
砕けた石畳。
燃え残る炎。
その中心で。
ザインは静かに立っていた。
黒いフード。
仮面。
そして左腕。
だが。
先程まで吹き荒れていた紫風は、既に消えていた。
残っているのは、微かな魔力残滓だけ。
その時だった。
「レヴィアナさん!!」
後方から、慌てた声が響く。
ザインが視線を向ける。
そこへ駆け込んできたのは、二人。
一人は、兎獣人の男性だった。
細身。
長い耳。
白っぽい髪。
弓使いらしい軽装。
息を切らしながら走ってくる。
「レヴィアナさん……!」
「ちょ、ちょっと待ってください……!」
かなり慌てていた。
そして、その後ろ。
ドシン、と重い足音。
白熊獣人の女性。
大柄。
重装鎧。
無表情。
まるで城壁みたいな存在感だった。
二人は、砕けた通りを見渡す。
焦げ跡。
崩れた石畳。
杖を構えるレヴィアナ。
そして、フードと仮面で顔を隠したザイン。
兎獣人の男性は、困惑したように目を瞬かせた。
「え……?」
「何があったんですか……?」
レヴィアナは即座にザインを指差す。
「あいつ!!」
「魔族反応がしたの!!」
「紫の魔力だった!!」
本気だった。
声には焦りすら混じっている。
「魔族以外で、あんな魔力使える訳ないでしょ!!」
だが。
兎獣人の男性は、困ったようにザインを見る。
仮面。
フード。
静かに立つ姿。
だが、既に紫風は消えている。
「う、うーん……」
「僕には、ちょっと……」
白熊獣人の女性も、低い声で呟く。
「……感じないな」
レヴィアナが信じられないものを見る顔になる。
「はぁ!?」
「見えてなかったの!?」
ヴァレルが、深く溜息を吐いた。
「……俺は分かった」
低い声。
「確かに妙な魔力だった」
「正直、かなり嫌な感じもした」
ザインの肩が、僅かに揺れる。
だが。
ヴァレルは続けた。
「でもな」
「だからって即“魔族認定”は早計だろ」
「街中で爆裂魔術ぶっ放す理由にはならん」
「でも!!」
レヴィアナが食い下がる。
「紫なのよ!?」
「普通の魔力じゃない!!」
ヴァレルは頭を押さえた。
「それは分かる!!」
「でも順序ってもんがあるだろうが!!」
「と、とりあえず武器を下ろしませんか!!」
兎獣人の男性が、両手を広げながら前へ出る。
かなり必死だった。
静かな温泉街。
砕けた石畳の真ん中で、これ以上高位魔術を撃ち合われたら本当に街が壊れる。
兎獣人はは困ったようにザインとレヴィアナを交互に見る。
「ほ、ほら!」
「まだ何も確定してないですし!」
「一回落ち着きましょう!?」
そのまま、じりじりとレヴィアナの前へ出る。
だが。
「シオン!!」
レヴィアナが鋭い声を上げた。
金髪が揺れる。
杖はまだザインへ向けられたままだ。
「待ちなさいよ!!」
珍しく、明確に感情が出ている。
その姿に。
ヴァレルが少しだけ眉を顰めた。
本当に珍しいのだ。
レヴィアナが、ここまで取り乱すのは。
白熊獣人も黙ったままザインを見る。
重い沈黙。
その中で。
ザインは動かなかった。
仮面の奥の黒い瞳だけが、静かに揺れている。
左腕を見る。
紫の魔力は、もう消えていた。
だが。
胸の奥だけが、まだざわついていた。
ザインは、ゆっくりと片手を上げた。
敵意が無い事を示すように。
静かな動作だった。
「……こちらに争う気はありません」
落ち着いた声。
仮面の下から響くその言葉に、シオンが少しほっとした顔になる。
「そ、そう!」
「そうですよね!」
「まずは話し合いましょう!?」
かなり必死だった。
一方。
レヴィアナはまだ杖を下ろさない。
金髪が湯気の中で揺れる。
仮面の奥から、鋭い視線だけがザインへ向けられていた。
「……なら」
低い声。
「その左腕、何なの」
空気が張る。
ヴァレルも、静かにザインを見る。
ルドヴィカは腕を組んだまま動かない。
全員が待っていた。
あの紫魔力の説明を。
だが。
ザイン自身にも分からない。
仮面の奥で、黒い瞳が僅かに揺れる。
「……分かりません」
正直に答えるしかなかった。
「僕も、今日初めて見ました」
レヴィアナが僅かに目を細める。
嘘を言っているようには聞こえない。
だが。
紫の魔力だけは確かに存在した。
静かな温泉街。
湯気の向こうで、緊張だけがまだ消えていなかった。
「……なら」
レヴィアナの声が鋭くなる。
金髪が揺れた。
「顔を見せなさいよ!!」
シオンが「えっ」と目を瞬かせる。
ヴァレルも少し眉を上げた。
だが、レヴィアナは止まらない。
杖をザインへ向けたまま叫ぶ。
「その仮面とフードを取りなさい!!」
「魔族なら、禍々しい黒紫の角が生えてるはずだわ!!」
温泉街へ、その声が響く。
ザインの肩が、僅かに強張る。
仮面。
フード。
そして、その下の顔。
火傷跡。
白髪。
左側へ刻まれた雷傷。
見られたいものではない。
シオンは困ったように両手を振った。
「レ、レヴィアナさん!」
「流石にそこまでは――」
「確認よ!!」
レヴィアナは真剣だった。
普段冷静な彼女らしくないほどに。
ヴァレルは深く溜息を吐く。
「……お前、本当に今回は余裕無いな」
低い声。
それだけ、あの紫魔力を危険視しているのだろう。
白熊獣人は無言のままザインを見る。
静かな圧力。
逃げ場の無い空気。
その中で。
ザインは、ゆっくり俯いた。
仮面へ手が触れる。
少しだけ。
迷うように。
しばらくの沈黙。
湯気だけが、静かに漂っている。
やがて。
ザインは、小さく息を吐いた。
そして――
ゆっくりと仮面へ手を掛ける。
シオンが少し目を見開く。
ヴァレルも黙った。
レヴィアナだけが、真っ直ぐザインを見ている。
仮面が外される。
続いて、黒いフードも下ろされた。
さらり、と。
白髪が夜風に揺れる。
その下にあったのは――
予想より遥かに幼い顔だった。
まだ少年と言っていい年齢。
だが。
左側には、痛々しい雷撃火傷が走っていた。
皮膚を焼き裂くような傷跡。
顔の左半分へ刻まれた、消えない痕。
そして。
黒い瞳。
静かな夜。
誰もすぐには言葉を発せなかった。
シオンの耳が、ぴくりと揺れる。
「……え」
掠れた声。
白熊獣人も、僅かに目を細めた。
ヴァレルは黙ったまま、ザインを見る。
その傷を。
その年齢を。
そして。
レヴィアナは。
仮面の奥で、僅かに息を止めていた。
角は無い。
魔族特有の特徴も無い。
居たのは。
傷だらけの、ただの少年だった。
静寂。
温泉街の夜風だけが、静かに吹き抜ける。
仮面を外したザインを見て。
その場の全員が、言葉を失っていた。
予想していたものと、あまりにも違った。
魔族ではない。
怪物でもない。
そこに居たのは。
まだ幼さの残る、傷だらけの少年だった。
白髪。
黒い瞳。
そして左側へ走る、雷撃の火傷。
シオンは完全に固まっていた。
ヴァレルも黙っている。
レヴィアナですら、杖を握る手が止まっていた。
ザインは、その視線達に少しだけ困ったような顔をする。
どこか気まずそうに。
「……だから、違うって言ったんですけど」
小さな声だった。
その時。
ドシン、と。
白熊獣人の女性――ルドヴィカが、一歩前へ出る。
まるでザインを庇うように。
二人の間へ立った。
そして。
低い声で、レヴィアナへ告げる。
「……魔族では無い」
静かな断言。
「子供じゃないか」
その言葉に。
レヴィアナが、はっとしたように目を見開く。
仮面の奥で、表情が揺れる。
しばらく沈黙し。
やがて。
ゆっくりと杖を下ろした。
「……ルドヴィカ」
金髪が揺れる。
そして、小さく息を吐いた。
「……そうね」
「私の、間違いだったわ」
普段冷静な彼女らしい。
過ちを認める声だった。
レヴィアナは、改めてザインを見る。
傷跡。
白髪。
黒い瞳。
そして、困ったように立つ少年。
その姿へ向かって。
静かに頭を下げた。
「……ごめんなさい」
「私の勘違いだったわ」
気まずい沈黙が流れる。
温泉街の通りには、まだ焦げた匂いが残っていた。
レヴィアナは杖を下ろし。
シオンは心底ほっとした顔をしている。
ルドヴィカは無言のまま、ザインの前へ半歩立っていた。
その時。
「……すまなかったな、坊主」
低く落ち着いた声。
ヴァレルだった。
長身の馬獣人の男は、頭を掻きながらザインへ歩み寄る。
先程までの緊張感は、もうかなり薄れていた。
「レヴィアナも、普段はこんなんじゃねぇんだ」
苦笑混じりの声。
「今回は流石に魔力反応で焦ったんだろ」
レヴィアナが「ヴァレル」と不満そうな声を出す。
だが、反論はしなかった。
それだけ自分でも少しやり過ぎたと思っているのだろう。
ザインは、少し困ったように頬を掻いた。
「……いえ」
「街、壊れなくてよかったです」
その返答に。
ヴァレルは一瞬ぽかんとした後、吹き出した。
「ははっ!」
「普通そこ、自分が狙われた事気にするだろ!」
尾を揺らしながら笑う。
その笑い方は、人懐っこかった。
シオンも苦笑する。
「た、確かに……」
ルドヴィカは黙ったまま、じっとザインを見ていた。
視線は鋭い。
だが。
敵意ではない。
むしろ。
傷跡を見て、何かを考えているようだった。
ヴァレルは笑っていた顔を少し引き締める。
そして。
ザインの左腕へ視線を落とした。
「しかしまぁ……」
低い声。
「この魔力、一体なんなんだ?」
静かな温泉街。
湯気が白く漂う中、全員の視線がザインへ集まる。
レヴィアナも、杖を下ろしたまま口を開いた。
「……それは説明してほしいわ」
普段通りの冷静な声音へ戻りつつある。
だが。
その瞳だけは、まだ真剣だった。
ザインは少し黙る。
左腕を見る。
黒い魔力義手。
そして、小さく首を横に振った。
「……本当に、分からないんです」
静かな声だった。
ザインはゆっくり左腕を差し出す。
「これ……」
そのまま。
魔力を解いた。
ふっ――
黒い義手が、粒子みたいに崩れて消えていく。
指先。
手首。
肘。
ゆっくりと消失する。
そして。
そこに残ったのは――
何も無い左肩だった。
途中から、完全に失われている。
シオンが息を呑む。
ヴァレルの表情も固まった。
ルドヴィカの目が僅かに細くなる。
レヴィアナも、言葉を失っていた。
ザインは視線を落としたまま、小さく続ける。
「……左腕、前に失ってるんです」
「だから」
「何も、知らないんです」
誰も、すぐには何も返せなかった。
「……だけど」
レヴィアナが、まだ何か言おうとする。
金髪が揺れる。
仮面の奥の瞳は、まだザインの左肩を見ていた。
義手が消えた後。
そこに残った、失われた左腕。
そして。
あの紫魔力。
レヴィアナの中では、まだ繋がっているのだろう。
だが。
「よせよ」
ヴァレルが静かに遮った。
レヴィアナが少し目を向ける。
ヴァレルは、ザインを見ながら続けた。
「聞いてどうするんだ」
低い声だった。
責める訳でもない。
ただ、本当にそう思った声音。
「本人も分からねぇって言ってる」
「しかも、その歳で腕失ってんだぞ」
温泉街の夜風が吹く。
シオンも、少し気まずそうに耳を伏せた。
ルドヴィカは無言。
レヴィアナはしばらく黙り込む。
そして。
小さく息を吐いた。
「……そうね」
普段の冷静さが、ようやく戻り始めていた。
ザインは静かに義手を再展開する。
黒い魔力が肩から伸び。
再び左腕の形を作っていく。
シオンが「おぉ……」と小さく声を漏らす。
ヴァレルも少し感心したように見る。
「器用なもんだな……」
ザインは何も言わず、義手が完全に形成されたのを確認すると。
慣れた手付きで、長手袋をはめ直した。
黒い義手は、再び外見上ほとんど分からなくなる。
それから、静かに袖を下ろした。
レヴィアナは、その様子を黙って見ていた。
先程までの敵意は薄れている。
だが。
仮面の奥の瞳には、まだ複雑な色が残
レヴィアナは、しばらく黙っていた。
湯気の向こう。
静かな温泉街。
砕けた石畳の中で、金髪が静かに揺れる。
やがて。
彼女は、小さく息を吐いた。
「……すまなかったわ」
静かな声。
先程までの鋭さは、もうかなり消えていた。
「完全に、私の早とちりだった」
ザインは少し困ったように首を振る。
「いえ……」
「街を壊しかけたのは悪かったわ」
レヴィアナはそこで少しだけ視線を逸らす。
珍しく、本気で反省しているらしい。
ヴァレルが横で「本当にな」とぼそっと呟いた。
レヴィアナは軽く睨み返す。
そして。
改めてザインを見る。
「お詫びをしたいけど……」
「私たち、これから依頼へ向かわなきゃいけないの」
少しだけ申し訳なさそうな声だった。
そのまま、懐から一枚の紙を取り出す。
宿の住所。
温泉街で滞在している場所らしい。
レヴィアナは、それをザインへ差し出した。
「この街で何か困った事があったら連絡してちょうだい」
「……?」
ザインが少し目を瞬かせる。
レヴィアナは続けた。
「なんなら、一緒に依頼へ行ってもいいわ」
その言葉に。
シオンが「えっ」と目を丸くする。
ヴァレルも少し吹き出した。
「お前…いいのかよ?」
「うるさい」
レヴィアナは即答する。
だが。
その声音には、先程までの敵意はもう無かった。
むしろ。
妙な魔力を持つこの少年を、放っておけない。
そんな空気があった。
ザインは少し迷うように紙を見る。
そして。
静かに受け取った。
「……ありがとうございます」
その返事に。
レヴィアナは小さく頷いた。
レヴィアナは紙を渡した後、少しだけ咳払いした。
「……まぁ、その」
「本当に悪かったわ」
まだ少し気まずそうだった。
すると。
その横からヴァレルが、空気を変えるように笑う。
「一応、俺たち金級だからな!」
胸を親指で叩く。
「何かあったら言えよー?」
シオンも困ったように笑った。
「れ、レヴィアナさん、かなり珍しく反省してますし……」
「シオン?」
「いひゃいです」
レヴィアナに耳を引っ張られていた。
ルドヴィカは無言。
だが、ザインを見て小さく頷く。
それだけで、“敵ではない”という意思表示には十分だった。
そして。
レヴィアナは、少しだけ視線を逸らしながら言った。
「……次会った時」
「食事でも奢らせてちょうだい」
その言葉に。
ヴァレルが吹き出す。
「お前、不器用過ぎるだろ」
「うるさい」
「ははっ!」
シオンも少し笑っていた。
さっきまで街を半壊させかけていた空気とは思えない。
ザインは、その様子を少しだけ呆然と見ていた。
金級冒険者。
もっと恐ろしい存在を想像していた。
だが。
目の前に居るのは、妙に騒がしい連中だった。
そして。
ザインは少しだけ困ったように笑う。
「……考えておきます」
その返事に。
レヴィアナは、ほんの少しだけ安心したように目を細めた。




