金髪の仮面の魔術師
温泉街へ着いた頃には、すっかり日も傾いていた。
湯気の立ち上る街。
硫黄の匂い。
石畳を歩く人々。
辺境街より、どこか穏やかな空気が流れている。
商隊の護衛依頼を終えた二人は、報酬を受け取った後。
せっかくだから、という流れで温泉へ寄る事になった。
「温泉街来たなら入るだろ!!」
リザリアは楽しそうだった。
巨大曲刀を担いだまま、ずんずん共同浴場へ向かっていく。
「俺様先入ってるからな!!」
「……はい」
ザインは小さく返事をする。
だが。
そのまま共同浴場へ向かう気にはなれなかった。
左腕。
魔力義手。
そして。
仮面の下の顔。
あまり人へ見られたいものではない。
だから。
ザインは少し値の張る個室湯屋を借りた。
最近は討伐依頼の稼ぎも良い。
これくらいは、まあいいか。
そんな気分だった。
木造の小さな個室。
静かな湯気。
外の喧騒も遠い。
ザインはゆっくり湯船へ浸かる。
「……ふぅ」
熱が身体へ染み込む。
戦闘後の疲労が、少しずつ解けていく。
仮面を外し。
白髪をかき上げる。
そして。
ふと、視線が左腕へ落ちた。
黒い魔力義手。
湯気の中でも、僅かに魔力が揺らめいている。
昼間の事を思い出す。
薄紫色の刃。
異常な威力。
あれは何だったのか。
ザインは静かに左腕を眺める。
だが。
今見ても、特に変わった様子は無い。
いつも通りの魔力義手。
紫色の気配も消えている。
「……」
しばらく考える。
だが。
結局、分からない。
分からないものは、分からない。
ザインは小さく息を吐く。
そして。
「……まぁ、いいか」
ぽつりと呟き。
それ以上考えるのをやめた。
湯船へ身体を沈める。
静かな湯気が、白く揺れていた。
湯から上がった頃には、外はすっかり夜だった。
温泉街の通りには灯りが並び。
湯気が白く漂っている。
木造旅館。
屋台。
酔っ払いの笑い声。
どこか穏やかな夜だった。
ザインは外套を羽織り直し、仮面を付ける。
そして。
共同浴場の前で、リザリアを待っていた。
「……遅いですね」
ぽつりと呟く。
その時だった。
ふと。
通りの向こうに、同じように“仮面”を付けた人物が見えた。
ザインの視線が止まる。
蒼いコート。
長身。
フードは被っていない。
明るい金色の長髪が、夜風に揺れていた。
その人物もまた、こちらを見ていた。
仮面越し。
無言。
人混みの中で。
互いだけが、妙に浮いている。
ザインは少しだけ警戒する。
魔術師。
それも、かなり強い。
何となく分かった。
しばらく。
沈黙が続く。
温泉街の喧騒だけが、妙に遠い。
やがて。
金髪の仮面の人物が、ゆっくり動いた。
視線。
観察。
まるで何かを確認するように、ザインを見ている。
そして。
次の瞬間。
その人物は、杖をこちらへ向けた。
ピタリ、と。
空気が変わる。
「――貴様」
低い声。
だが、凛とした女性の声だった。
「魔族だな!」
その瞬間。
周囲の空気が凍り付いた。
「焼き払えッ!!」
瞬間。
金髪の魔術師の杖先から、巨大な魔法陣が展開された。
赤橙色。
複数重。
高密度魔力。
ザインの黒い瞳が見開かれる。
次の瞬間。
轟音。
爆炎が、通りを飲み込んだ。
ドゴォォォンッ!!
石畳が砕ける。
熱風。
火柱。
周囲の人々が悲鳴を上げた。
「きゃあああっ!?」
「魔術だ!!」
「逃げろ!!」
温泉街が、一瞬で混乱へ変わる。
だが。
ザインは反射的に動いていた。
「――っ!」
地面を蹴る。
横へ飛ぶ。
直後、炎が石畳を焼き砕いた。
熱い。
普通なら、それだけで身体が焼ける温度。
だが。
ザインは左腕を前へ出す。
「風圧!!」
ドンッ!!
圧縮された風が爆ぜる。
迫る炎が、左右へ押し流された。
熱風が外套を激しく揺らす。
仮面越しでも熱気が分かる。
強い。
しかも躊躇が無い。
完全に“殺すつもり”の魔術だった。
ザインは着地しながら、金髪の魔術師を見る。
相手は微動だにしていない。
杖を構えたまま、こちらを見据えている。
そして。
低く呟いた。
「やはり……」
「その魔力反応……!」
杖先へ、更に魔力が収束していく。
周囲の空気が、びりびり震え始めた。
「貴様、本当に魔族か……!」
「ち、違いますよ!!」
ザインは咄嗟に叫ぶ。
「魔族なんかじゃ――」
だが。
金髪の魔術師は止まらなかった。
むしろ、その言葉で更に目を鋭くする。
「黙れ!!」
杖が振り下ろされる。
次の瞬間。
先程より遥かに巨大な魔法陣が展開された。
熱量が違う。
周囲の空気そのものが灼ける。
「――っ!」
ザインの瞳が揺れる。
ヤバい。
そう 本能が叫ぶ。
そして。
爆炎が放たれた。
轟ッ――!!
巨大な炎流。
街路そのものを飲み込む勢いで迫る。
逃げ切れない。
ザインは反射的に左腕を前へ出した。
黒い魔力義手。
そこへ、魔力を叩き込む。
風圧。
いつもの防御魔術。
そのはずだった。
だが。
放たれた瞬間。
「――……っ」
ザイン自身が、息を呑む。
吹き荒れた風は。
薄紫色だった。
禍々しい紫の風。
風圧が、渦となってザインの身体を包み込む。
ゴォォォッ!!
炎と紫風が正面衝突する。
凄まじい轟音。
石畳が砕ける。
熱風が街を揺らす。
周囲の人々が悲鳴を上げて逃げ惑った。
だが。
炎は、ザインへ届かなかった。
紫の風が、炎を無理矢理押し返している。
その光景を見た瞬間。
金髪の魔術師の動きが止まる。
「……紫」
掠れた声。
仮面の奥の瞳が、見開かれる。
そして。
次の瞬間。
その声には、明確な敵意が混じった。
「やはり……!」
「その魔力……!!」
「やはり……!」
金髪の魔術師は、杖へ更に魔力を収束させる。
空気が軋む。
温泉街の石畳へ、赤い魔法陣が幾重にも展開されていく。
周囲の人々は完全に逃げ惑っていた。
「待っ――」
ザインが言葉を発するより早く。
魔術師は杖を振り上げる。
「焼き尽く――」
その瞬間。
「レヴィアナ!!」
怒鳴り声。
次の瞬間、ドドドッ!!と重い足音が響いた。
長身。
馬獣人の男性。
茶色の短髪。
整った顔立ち。
そして異様に長い脚。
男は全力でこちらへ駆け込んできた。
「レヴィアナ!!」
金髪の魔術師の前へ割って入る。
「なんでこんな街中で魔術ぶっ放してるんだお前は!!」
焦る様な怒声。
レヴィアナは、苛立ったように叫び返す。
「邪魔しないでヴァレル!!」
杖をザインへ向けたまま。
「コイツ、魔族なんだから!!」
その言葉に。
ヴァレルと呼ばれた男が「はぁ!?」と素っ頓狂な声を上げた。
それから。
ちらりとザインを見る。
仮面。
フードで深く隠している。
そして。
左腕を包む、薄紫色の風。
ヴァレルの目が少し細くなる。
だが。
次の瞬間には、深々と溜息を吐いた。
「……いやいやいや」
「お前、何言ってんだよ?」
「だってこの魔力…魔族だよ!?」
レヴィアナは本気で言っていた。
「こんなの普通じゃない!!」
「そりゃそうだけど!」
ヴァレルが頭を抱える。
その間にも。
ザインは静かに後退する。
左腕の紫風は、まだ消えていない。
心臓が嫌な音を立てていた。
レヴィアナの言葉。
“魔族”。
その単語だけが、妙に胸へ引っ掛かっていた。




