リザリア
別の日。
ザインは今日も、一人でギルドへ来ていた。
依頼掲示板の前。
大量の依頼書を前に、腕を組んでいる。
青銅級へ上がってから、一人向け依頼は露骨に減った。
採集だけでは昇級も鈍る。
だが。
長時間拘束や集団依頼は、左腕の問題もあって少し避けたい。
「……ううむ」
仮面の下で、小さく唸る。
その時だった。
――ドゴッ!!
訓練場の方から、妙に大きな音が響いた。
続いて、歓声と野次。
ザインがそちらを見る。
「……?」
ギルド奥の訓練場。
普段から模擬戦くらいはやっている場所だ。
だが、今日は妙に騒がしい。
ザインは少し気になり、依頼板から離れてそちらへ向かう。
訓練場には、人だかりが出来ていた。
冒険者達が円を作り、中央を見ている。
その中心。
一人の女性が立っていた。
長身。
筋肉質でしなやかな身体。
褐色混じりの鱗。
太く長い尾。
鋭い金色の瞳。
リザードマン系獣人。
聖王国ではほとんど見なかった、“亜人”と呼ばれる種族だった。
しかも。
かなり強い。
彼女の足元では、木剣を持った冒険者が倒れている。
「ぐぇ……」
完全に伸びていた。
女性は、肩へ木剣を担ぎながら不満そうに口を尖らせる。
「つまんないな!」
よく通る大きな声。
「弱いやつはダメだ!」
その姿は、妙に堂々としていた。
冒険者達の間から、呆れた声が飛ぶ。
「またリザリアが冒険者のしちまった……」
「何人目だよ今日」
「だから言ったろ、あいつと組める奴なんかいねぇって」
「前衛が強過ぎるんだよ」
「しかも本人が突っ込み癖あるからな……」
わいわいと騒ぐ冒険者達。
どうやら、この光景は珍しくないらしい。
リザリア。
それが彼女の名前のようだった。
ザインは少し離れた位置から、その様子を静かに見ている。
その時。
リザリアが、ふと視線を動かした。
金色の瞳が。
人混みの向こう。
仮面を付けた白髪の少年へ止まる。
「……ん?」
尾が、ゆらりと揺れた。
「おい!そこのお前!」
突然、訓練場へ響く大声。
ザインは少しだけ肩を揺らした。
見ると。
リザリアが、こちらを真っ直ぐ指差している。
金色の瞳がぎらりと光る。
「お前!」
木剣を肩へ担いだまま、ズンズンとこちらへ歩いてくる。
大柄。
しかも距離感が近い。
床を踏む度、尾が左右へ大きく揺れた。
ザインは少し困惑する。
「……僕ですか?」
「そうだ!」
リザリアは目を輝かせる。
「お前、強そうな見た目しているな!」
仮面。
白髪。
黒い外套。
腰の短刀。
そして。
漂う妙な落ち着き。
戦士としての勘が刺激されたのかもしれない。
周囲の冒険者達が「あー……」という顔になる。
そして。
すぐ近くに居た冒険者が、小声でザインへ話しかけた。
「お前、やめとけ……」
「……?」
「そいつ、勝負吹っかけてくるぞ」
別の冒険者も苦笑する。
「んで負けた奴、今日だけで三人だ」
「ぶっ飛ばされるぞ……」
「リザリア、強ぇんだよ」
周囲の空気は完全に“巻き込まれたな”だった。
だが。
リザリア本人は気にした様子もない。
ずいっと顔を近付けてくる。
鋭い牙。
爬虫類系の瞳。
だが。
その表情は妙に子供っぽかった。
「なぁ!」
「勝負しよう!」
尾がぶんぶん揺れている。
完全に楽しそうだった。
ザインは少しだけ沈黙する。
仮面の下で、小さく息を吐いた。
「……どうしてそうなるんですか」
「今、俺様のパーティを募集している!」
リザリアは木剣を肩へ担いだまま、胸を張る。
尾がぶんぶん揺れていた。
「だが、弱いやつが多くてダメだ!」
その勢いで、首元のプレートが揺れる。
青銅級。
つまり、ザインと同格だ。
だが。
周囲の冒険者達の反応を見る限り、実力は頭一つ抜けているらしい。
リザリアはぐいっとザインへ顔を近付ける。
「お前、魔術師か!」
「……まぁ、一応」
「よし!」
リザリアは嬉しそうに牙を見せた。
「なら俺様の一撃を防げたら、パーティになってやる!」
周囲がざわつく。
「また始まった……」
「おいリザリア、加減しろよ!?」
「前の奴、吹っ飛んで壁割っただろ!」
「魔術師相手に近接戦仕掛けんなって!」
好き放題言われている。
だが。
リザリア本人は気にした様子も無い。
完全に乗り気だった。
ザインは静かに彼女を見る。
リザードマン系獣人。
長身。
筋肉量。
立ち姿。
そして、重心。
仮面の下で、黒い瞳が僅かに細められる。
強い。
少なくとも、今までギルドで見た青銅級冒険者達よりずっと。
その時。
リザリアが、にやりと笑った。
「どうした?」
「怖気付いたか?」
挑発するような声。
だが。
その瞳には悪意は無かった。
ただ純粋に、“強い相手とやりたい”という戦士の顔だった。
ザインは少しだけ黙る。
それから。
小さく息を吐いた。
「……防げばいいんですね?」
その瞬間。
周囲の冒険者達が「おぉ……」とどよめいた。
リザリアの尾が、嬉しそうに大きく揺れる。
「いいぞ!」
「話が早い!」
リザリアは、にやりと牙を見せた。
「よし!」
そのまま近くの武器棚から、一本の木杖を引っ掴む。
そして。
ザインへ向かって放り投げた。
「ほら!」
ザインは反射的に受け取る。
軽い。
簡素な木製杖だ。
リザリアは腕を組みながら言う。
「これでいいか?」
「……十分です」
ザインは杖を軽く握り直す。
そして静かに訓練場の中央へ歩いていく。
周囲の冒険者達がざわざわと距離を取った。
「おいおい、本当にやるのか」
「仮面の坊主、度胸あるな……」
「リザリア相手はキツいぞ」
そんな声が飛ぶ。
一方。
リザリアは嬉しそうだった。
武器棚から木剣を二本取り出す。
くるり、と回し。
二刀構え。
低い姿勢。
尾がゆっくり左右へ揺れる。
戦闘態勢。
その瞬間。
ザインの黒い瞳が僅かに細くなる。
速いタイプ。
しかも踏み込みが鋭い。
獣人特有の瞬発力もある。
リザリアは牙を見せて笑った。
「じゃあ――」
ぐっと地面を踏み締める。
「行くぞオラァ!!」
ドンッ!!
床を砕く勢いで、リザリアが突っ込んだ。
速い。
巨体に似合わない踏み込み。
木剣二本が左右から唸りを上げて迫る。
周囲の冒険者達が「うおっ!?」とどよめく。
だが。
ザインは一歩だけ踏み込む。
「――っ」
木杖が動く。
ガギィンッ!!
鋭い音。
左から来た木剣を、杖の中央で正確に受け流す。
その勢いのまま身体を捻り、右側の斬撃を紙一重で躱す。
リザリアの目が見開かれた。
「おっ!?」
速い。
しかも。
動きに無駄が無い。
まるで長年武器を握ってきた戦士みたいな動きだった。
ザインは無言。
杖を滑らせるように回し、リザリアの木剣へ軽く打ち込む。
カンッ!!
木剣の軌道が逸れる。
そのままザインは半歩下がる。
距離を取る。
静か。
冷静。
訓練された動きだった。
周囲の冒険者達がざわつく。
「は……?」
「今の捌いたぞ……?」
「魔術師じゃねぇのかアイツ!?」
リザリアの尾が、ぶわっと大きく揺れた。
そして。
口元が、ぐにゃりと吊り上がる。
「いいじゃねぇかお前ぇ!!」
「……防ぎましたよ」
ザインは静かに言った。
木杖を構えたまま。
呼吸すら乱れていない。
リザリアの金色の瞳が、嬉しそうに細まる。
「はっ!」
「いいなぁお前!」
尾がぶんっと揺れる。
だが。
次の瞬間。
リザリアの笑みが、獰猛なものへ変わった。
「なら――これならどうだっ!!」
ドンッ!!
再び踏み込む。
今度は更に速い。
二刀の木剣が、暴風みたいに連続で叩き込まれる。
右。
左。
下段。
突き。
斬撃。
獣人特有の膂力と瞬発力。
しかも、型が荒いようで妙に実戦的だった。
「っ――」
ザインは無言で杖を動かす。
カンッ!!
ギィン!!
鋭い音が連続する。
全て、右手一本。
木杖だけで捌いていく。
受け流し。
逸らし。
最小限の動きで軌道をずらす。
その姿に、周囲の冒険者達がざわついた。
「おいおいおい……」
「何だあの捌き……」
「絶対魔術師じゃねぇだろ……!」
ザインは喋らない。
ただ静かに、リザリアの剣筋を見続ける。
速い。
重い。
だが。
見える。
聖騎士団で叩き込まれた戦場の感覚が、自然と身体を動かしていた。
リザリアは更に笑みを深める。
「楽しくなってきた!!」
そして。
大きく距離を取った。
低く構える。
空気が変わる。
周囲の冒険者達が「おい待てリザリア!?」と顔色を変えた。
「それ訓練でやるな!!」
だが。
リザリアは止まらない。
脚へ力を込める。
全身の筋肉が膨れ上がる。
「オラァァァッ!!」
爆発みたいな踏み込み。
渾身の一撃。
二本の木剣を、全力で叩き込む。
ザインは杖を横へ構え――受ける。
バギィッ!!
凄まじい衝撃。
床が軋む。
ザインの身体が僅かに沈む。
そして。
木杖へ、亀裂が走った。
「……っ」
受け切れない。
次の瞬間。
木杖が真っ二つに折れた。
周囲がどよめく。
だが。
その瞬間にはもう。
ザインは動いていた。
折れた杖。
その鋭く裂けた先端を――
リザリアの喉元へ、ぴたりと突き付けていた。
静寂。
リザリアの瞳が、大きく見開かれる。
あと数センチ。
踏み込めば、喉を貫かれる距離。
ザインは静かに言う。
「……これで、止めです」
訓練場が、完全に静まり返っていた。
静寂。
訓練場の中央。
折れた杖の先端が、リザリアの喉元へ突き付けられている。
あと少し踏み込めば終わり。
そんな距離だった。
だが。
リザリアは――
「……っは」
小さく笑った。
そして。
ニカッ、と。
牙を見せて笑う。
獰猛な笑みだった。
戦いを楽しむ獣の顔。
金色の瞳が、ギラギラと輝いている。
「お前……いいなぁ……!」
尾がぶわんっと大きく揺れる。
周囲の冒険者達が「うわ出た……」みたいな顔になる。
リザリアは気にせず、ザインを真正面から見た。
「気に入った!!」
大声。
そして、そのまま木剣を下ろす。
「パーティに入れてやる!!」
訓練場がざわついた。
「入れてやる側なんだ……」
「おい仮面の坊主、生き残ったぞ」
「リザリア相手にあそこまでやる奴初めて見た……」
冒険者達が好き勝手騒いでいる。
ザインは折れた杖を見下ろし、小さく息を吐いた。
「……一撃防ぐだけじゃ無かったんですが」
するとリザリアは、豪快に笑った。
「細えことは気にすんな!!」
尾がばしばし揺れる。
完全に勢いだった。
リザリアはズイッと顔を近付ける。
「お前、名前は!?」
「……ザインです」
「よし!」
リザリアは胸を張る。
「俺様はリザリア!」
「リザリア・スカルレイスだ!」
尾がぶんっと大きく揺れる。
完全にテンションが高い。
ザインは少しだけ沈黙した。
こんなタイプは初めてだった。
聖騎士団にも居なかった。
だが。
不思議と嫌な感じはしない。
その時。
後ろで見ていた冒険者がぼそっと呟く。
「……おい、あの問題児」
「ついにパーティ組める奴見つけたぞ……」
「辺境壊れねぇよな?」




