青銅級
それから。
ザインは、淡々とギルドの仕事をこなしていった。
主に採集依頼。
薬草。
鉱石。
山菜。
毒茸。
森を知っているザインにとって、それらは得意分野だった。
しかも。
収納魔術がある。
荷物運搬効率が普通の冒険者とは段違いだった。
「……収納」
黒い魔法陣が揺らぎ、採取した薬草が消える。
最初は驚かれていた冒険者達も、最近では「あぁ、あの仮面魔術師な」で済ませるようになっていた。
時折。
森へ魔獣が現れる事もあった。
牙猪。
灰狼。
低級魔獣。
だが。
ザインは落ち着いていた。
「――風刃」
指先を振る。
次の瞬間。
透明な風の刃が走った。
ズバァッ――
木々を裂きながら飛んだ風刃が、魔獣をまとめて切り裂く。
血飛沫。
悲鳴。
そして静寂。
ザインは無言で短刀を収める。
その戦い方は、妙に洗練されていた。
派手ではない。
だが。
速く、正確だった。
ギルドでも、少しずつ噂になり始めていた。
“仮面の風魔術師”。
“森を歩く白髪”。
そんな呼ばれ方をされるようになっていた。
そして。
一ヶ月後。
ザインは、いつものように依頼達成報告をしていた。
受付には、あのたぬき系獣人の受付嬢が居る。
彼女は書類を確認しながら、ぱっと顔を明るくした。
「あっ、ザインさん!」
「はい?」
受付嬢は嬉しそうに、机の下から新しいプレートを取り出す。
今までの紅い見習いプレートとは違う。
鈍い青銅色。
少しだけ重厚感がある。
受付嬢は、それを両手で差し出した。
「おめでとうございます!」
にこりと笑う。
「これで見習いは卒業ですよ」
ザインは少し目を瞬かせる。
青銅級。
正式な冒険者として認められた証。
受付嬢は楽しそうに続けた。
「昇級、かなり早い方です!」
「ラドヴィスさんも、“あの子は多分すぐ上がる”って言ってましたし」
ザインは静かに、新しいプレートを受け取る。
ひんやりとした感触。
少しだけ重い。
その重みが、不思議と現実感を持っていた。
聖騎士団ではない。
兵器でもない。
今の自分は。
辺境街の冒険者。
ザイン・グリムヴァルドなのだと。
それから更に日々は過ぎていった。
ザインは、相変わらず淡々と依頼をこなしていた。
森へ入り。
採集を行い。
時折現れる魔獣を風刃で斬り伏せる。
無駄が無い。
静かな仕事ぶりだった。
ギルドでも、少しずつ名前が知られ始めていた。
“仮面の風魔術師”。
“白髪の採集屋”。
そんな風に呼ばれる事も増えていた。
そして。
青銅級へ上がってから、少しずつ変化も出始める。
いつものように。
ザインはギルドの依頼掲示板を見上げていた。
木板へ貼られた大量の依頼書。
採集。
護衛。
討伐。
輸送。
だが。
ザインはそこで、小さく目を細める。
「……減ってる」
ぽつりと漏れる。
紅級見習いの頃は、一人用の簡単な依頼が大量にあった。
薬草採取。
低級素材回収。
雑用。
だが。
青銅級へ上がった事で、依頼内容も変わり始めていた。
二人以上推奨。
小隊行動。
護衛任務。
危険区域調査。
“冒険者として戦力扱いされ始めた”のだ。
ザインは静かに依頼書を眺める。
護衛。
集団行動。
パーティ推奨。
そういう文字が並んでいる。
仮面の下で、小さく息を吐く。
集団。
それは少しだけ苦手だった。
聖騎士団時代を思い出すから。
その時。
後ろから聞き慣れた声がした。
「困っておるな?」
振り返る。
そこには、気怠そうに杖を突いたグリムヴァルドが立っていた。
ザインは少し視線を逸らす。
「……一人向け依頼、減りましたね」
グリムヴァルドは依頼板を見上げ、ふむと鼻を鳴らす。
「まぁ当然だ」
「青銅は“使える冒険者”扱いだからな」
「ギルド側も危険仕事を回し始める」
ザインは少し黙る。
グリムヴァルドは、そんな彼を横目で見ながら言った。
「そのうち、パーティ勧誘も来るぞ」
その言葉に。
ザインの肩が、僅かに強張った。
ザインは依頼板から視線を外し、隣のグリムヴァルドを見る。
ふと前から気になっていた事を口にした。
「……そういえば」
「グリムヴァルドは、ギルドの仕事しないんですか?」
グリムヴァルドは「ん?」と気の抜けた声を出す。
ザインは続けた。
「初日の薬草採取以外、同行してませんよね」
確かにそうだった。
グリムヴァルドはギルドへ顔は出す。
ラドヴィスとも話す。
だが。
依頼そのものは、ほとんど受けていない。
金級冒険者だというのに。
グリムヴァルドはしばらく黙り。
それから、小さく鼻を鳴らした。
「私はもう引退しておるからな」
さらりと言う。
ザインが少し目を瞬かせる。
「引退……」
「うむ」
グリムヴァルドは杖を肩へ担ぎながら続けた。
「昔は色々やっておったよ」
「魔獣討伐」
「遺跡探索」
「護衛」
「だが、もう面倒臭い」
最後だけ急に雑だった。
ザインが少し呆れた顔になる。
グリムヴァルドは気にせず続ける。
「森の中で薬を調合してる方が、性に合っておる」
「静かだしな」
ギルドの喧騒を見渡す。
酒臭い冒険者。
怒鳴り声。
揉め事。
依頼の取り合い。
グリムヴァルドは露骨に嫌そうな顔をした。
「私はあぁいう騒がしいのが苦手だ」
ザインは少しだけ考える。
確かに。
グリムヴァルドは戦うより、薬を調合している時の方が自然だった。
森で茶を飲みながら薬草を刻んでいる姿の方が、彼女らしい。
グリムヴァルドはザインをちらりと見る。
「まぁ、お主が働いてくれるなら助かる」
「弟子が稼ぐ」
「良い事だ」
「……働かせる気満々ですね」
「当然だ」
グリムヴァルドは即答した。




