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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
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冒険者ギルド

夏が終わりかけていた。


辺境の風にも、少しずつ冷たさが混じり始めている。


森の中では、虫の鳴き声が減り。


代わりに乾いた風の音が増えていた。


ザインは、採ってきた薬草を束ねながら小さく息を吐く。


この生活にも、もう随分慣れていた。


朝は薬草採取。


昼は薬の調合。


夜は魔術の訓練。


グリムヴァルドは気紛れだったが、教える時だけは妙に丁寧だった。


南方魔術。


収納魔術。


植物操作。


魔力制御。


そして。


西方の基本魔術。


ザインは特に“風”との相性が良かった。


風の刃。


風圧。


微細操作。


聖騎士団時代に叩き込まれた戦闘技術とも噛み合っていた。


だが。


そんな日々の中で。


ザインの胸には、少しずつ別の感情が生まれていた。


このままで良いのか。


森の中だけで、生きていて良いのか。


ある日。


薪を割っていた手を止め、ザインはぽつりと口を開く。


「……グリムヴァルド」


「ん?」


「仕事を探したいです」


森の風が、木々を揺らす。


グリムヴァルドは茶を飲みながら、ちらりとザインを見る。


仮面。


白髪。


黒い外套。


そして、マントの下へ隠された左側。


以前よりずっと、“辺境の魔術師”らしい姿になっていた。


グリムヴァルドはしばらく黙り。


それから、小さく鼻を鳴らす。


「まぁ、そろそろ言うと思っていた」


「辺境街へ行くぞ」


数日後。


二人は森を抜け、辺境街へ向かっていた。


石畳。


雑多な屋台。


獣人達の声。


酒場の喧騒。


荷車の音。


辺境街。


そこは様々な種族と流れ者が集まる街だった。


だからこそ、奇妙な人間も多い。


褐色の長身エルフ。


そして。


仮面を付けた白髪の少年魔術師。


当然、目立つ。


「あ……」


通りすがりの子供が二度見する。


冒険者がちらりと視線を向ける。


だが。


しばらくすると皆、興味を失っていった。


辺境では、“事情持ち”なんて珍しくない。


ザインは仮面の下で、小さく息を吐く。


そして。


視線の先。


街の中心部に、大きな建物が見えてきた。


石造りの巨大建築。


無骨な看板。


冒険者ギルド。


昼間だというのに、中から騒ぎ声が漏れている。


酒。


笑い声。


依頼の怒鳴り合い。


武器の音。


聖騎士団の空気とは全く違う。


だが。


どこか、戦場前の野営地にも似ていた。


ザインは無意識に、右手を腰へ近付けかける。


その瞬間。


グリムヴァルドが、ぽつりと言った。


「力を抜け」


「……はい」


ザインは静かに手を離す。


グリムヴァルドはそのまま扉を押し開けた。


瞬間。


ギルド内の視線が、一斉にこちらへ向く。


褐色エルフ。


仮面の魔術師。


数人の冒険者が「うおっ」と目を見開く。


だが。


次の瞬間には、誰かが肩を竦めた。


「なんだ、魔術師か」


「辺境じゃ珍しくねぇよ」


「弟子連れか?」


そんな空気へ変わっていく。


辺境では、深入りしない。


それが暗黙の了解だった。


ザインは、その空気に少しだけ安堵していた。


受付には、一人の獣人女性が座っていた。


たぬき系の獣人。


ふくよかな体型。


丸い耳。


柔らかな茶色の毛並み。


忙しそうに書類を纏めていた彼女は、近付いてきたグリムヴァルドへ顔を上げる。


「はい、辺境街冒険者ギル――」


その言葉が、途中で止まった。


グリムヴァルドが、無造作に一枚の金属プレートを机へ置いたからだ。


重厚な金色。


複雑な紋章。


長年使い込まれた傷。


それは。


金級冒険者の証だった。


受付嬢の目が、一瞬で見開かれる。


「――っ!?」


空気が変わる。


周囲の冒険者達も、ざわりと視線を向けた。


金級。


辺境では滅多に見ない存在。


街一つを守れる戦力。


国家級依頼へ単独参加出来る怪物達。


受付嬢は慌てて姿勢を正した。


「き、金級冒険者様……!」


グリムヴァルドは気怠そうに頷く。


「ギルドマスターはいるか?」


静かな声だった。


だが。


受付嬢は完全に緊張していた。


「は、はい!少々お待ちください!」


ぺこりと頭を下げる。


そして。


慌てた様子で受付を飛び出し、そのまま二階へ駆け上がっていった。


ギルド内が少しざわつく。


「あれ金級かよ……」


「辺境に居たのか……?」


「隣の仮面の坊主は弟子か?」


視線が集まる。


ザインは仮面の下で小さく息を吐いた。


やはり、金級という肩書きは別格らしい。


だが。


グリムヴァルド本人は、まるで気にした様子もなく壁へ寄り掛かる。


「騒がしいな」


「……凄いんですね、金級」


ザインが小声で言うと。


グリムヴァルドは面倒臭そうに鼻を鳴らした。


「昔取っただけだ」


「今はただの森暮らしだよ」


その言葉とは裏腹に。


周囲の冒険者達は、完全に距離を取っていた。



しばらくして。


先程の受付嬢が、少し息を切らしながら戻ってきた。


「ギルドマスターがお会いになります」


姿勢を正したまま、ぺこりと頭を下げる。


「こちらへどうぞ」


ザインとグリムヴァルドは、そのままギルド奥の階段へ案内された。


二階。


喧騒が少し遠くなる。


廊下には古いランプが吊られ、壁には地図や依頼書が貼られていた。


やがて。


受付嬢は一つの扉の前で立ち止まる。


「ギルドマスター、お連れしました」


コンコン、と扉を叩く。


中から、少し疲れたような声が返ってきた。


「どうぞ」


受付嬢が扉を開ける。


執務室の中には、大量の書類が積み上がっていた。


本棚。


地図。


魔導具。


机の上には未処理の依頼書が山になっている。


そして。


その中央。


銀髪を後ろで束ねた、一人の男性が座っていた。


細い眼鏡。


整った顔立ち。


年齢は三十代後半ほど。


長身で、知的な雰囲気を纏っている。


だが。


目の下には薄く隈があり、如何にも“仕事に殺されかけている人”という顔をしていた。


男は書類から顔を上げる。


そして。


グリムヴァルドを見るなり、小さく苦笑した。


「……お久しぶりです、グリムヴァルドさん」


穏やかな敬語。


グリムヴァルドは気怠そうに鼻を鳴らす。


「久しいな、ラドヴィスよ」


ラドヴィス・アーケイン。


辺境街冒険者ギルドのギルドマスター。


そして。


高位魔術師でもある男だった。


ラドヴィスは椅子へ深く座り直し、小さく肩を回す。


「相変わらず急に来ますね……」


「連絡くらいください」


「面倒だ」


「そう言うと思ってました」


慣れている返答だった。


ザインは静かにそのやり取りを見ている。


グリムヴァルドにも、こういう知人が居るのか。


そんな事を少しだけ思った。


その時。


ラドヴィスの視線が、ゆっくりザインへ向く。


仮面。


白髪。


黒い外套。


隠された左側。


数秒、静かに観察して。


それから穏やかに尋ねた。


「……そちらは?」


グリムヴァルドは、気怠そうにザインを親指で示した。


「弟子のようなものだ」


それだけ言う。


ラドヴィスはザインをちらりと見て、静かに頷いた。


仮面。


白髪。


隠された左側。


辺境では珍しくない、“事情持ち”の空気。


だが。


ラドヴィスは何も聞かなかった。


グリムヴァルドは、そのまま続ける。


「今日は、こいつの冒険者ギルド登録に来た」


その言葉に。


ラドヴィスは一瞬きょとんとした顔になる。


そして。


眼鏡を軽く押し上げながら言った。


「……それでしたら、下の受付でも充分じゃないですか?」


至極真っ当な返答だった。


普通の冒険者登録程度で、ギルドマスターが出る必要は無い。


だが。


グリムヴァルドは露骨に嫌そうな顔をした。


「お主、気が利かんな」


「はぁ?」


ラドヴィスが少し眉を上げる。


グリムヴァルドはザインを顎で示した。


「訳ありで顔隠してるんだ、こいつは」


その瞬間。


ラドヴィスの視線が、改めてザインへ向く。


静かな観察の目。


だが。


そこに好奇心や警戒は無かった。


理解。


辺境では、そういう事情持ちは多い。


ラドヴィスは小さく息を吐いた。


「……なるほど」


「そういう事でしたか」


穏やかな声だった。


そして、すぐに机の書類を横へ押し退ける。


「でしたら、こちらで処理しましょう」


「下だと無駄に目立きますしね」


グリムヴァルドは「最初からそうしろ」と鼻を鳴らす。


ラドヴィスは苦笑した。


「無茶を言いますねぇ……」


そう言いながら、引き出しから登録用紙を取り出す。


そして、ペンを手にザインを見る。


「では、お名前をお願いします」

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