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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
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川辺で


川の音が響いていた。


雪解け水を含んだ激流は、低く唸るように流れ続けている。


春は近い。


だが。


北方の空気は、まだ刺すように冷たかった。


その川辺に。


一つの身体が打ち上げられていた。


黒い外套。


白い髪。


片腕の少年。


ジンは雪混じりの泥へ倒れ伏していた。


「……っ……」


掠れた呼吸。


まだ、生きている。


だが。


それは奇跡みたいな状態だった。


胸元には、深く裂けた斬撃痕。


ルシャの剣。


あの崖際で刻まれた傷。


包帯も無い。


血は既に黒く乾き始めていたが、それでもまだ滲み続けている。


そして。


左脚。


そこには雷撃で焼け爛れた痕が残っていた。


アリアの雷。


皮膚は裂け。


肉は焦げ。


まともに動かせる状態ではない。


更に。


川へ叩き落とされた事で、全身には無数の打撲と裂傷が増えていた。


身体中が痛い。


寒い。


息をするだけで胸が軋む。


「……ぁ……っ」


ジンは震える右手を胸傷へ当てた。


止血しないと。


このままじゃ、本当に死ぬ。


ぼやける意識の中、魔力を練ろうとする。


簡易止血術式。


聖騎士団で叩き込まれた、戦場用の最低限の魔術。


右手の先へ、薄く魔力が集まる。


淡い光。


だが。


酷く弱い。


不安定だった。


「……止まれ……っ」


掠れた声。


術式を維持しようとして。


その瞬間。


視界が大きく揺れた。


魔力が散る。


ぱちり、と。


小さな火花みたいに消えた。


傷口は閉じない。


血も止まらない。


「……ぁ……」


ジンの瞳が揺れる。


もう一度。


右手へ力を込める。


震える指先。


魔力を搾り出す。


淡い光が、再び胸傷を照らした。


だが。


ぼやける。


術式が定まらない。


体力が足りない。


魔力も、もう殆ど残っていなかった。


川へ落ちる時。


崖下で。


雪原で。


全部使い切った。


「……なんで……」


掠れた声。


光が、また消える。


止血出来ない。


何も出来ない。


自分の身体一つ、治せない。


胸から血が流れ続ける。


左脚は動かない。


寒い。


苦しい。


怖い。


ジンの呼吸が崩れる。


その時。


ふと。


右手が荷袋へ伸びた。


薬。


包帯。


非常用の治療道具。


まだ何か残っているかもしれない。


震える手で袋を探る。


ごそ、ごそと。


だが。


指先へ触れたのは、空虚だけだった。


「……ぁ……」


袋の中は、既に空だった。


包帯も。


薬草も。


痛み止めも。


何も残っていない。


雪原逃亡の途中で、全部使い切った。


暗部との戦闘。


凍傷。


出血。


その度に少しずつ減っていった。


そして今。


本当に何も無かった。


ジンは荷袋を抱えたまま、しばらく動かなかった。


空っぽ。


自分みたいだと思った。


左腕は無い。


魔力も無い。


仲間も居ない。


食料も。


薬も。


何も無い。


「……死ぬ……」


ぽつりと漏れた。


実感だった。


聖騎士団を逃げ出して。


崖から落ちて。


ここまで生き延びたのに。


こんな場所で。


独りで。


死ぬ。


その事実が、ゆっくり胸へ沈んでいく。


涙が滲んだ。


悔しかった。


怖かった。


まだ。


死にたくなかった。


それでも。


身体は、もう限界だった。


ずるり。


右手から力が抜ける。


雪へ沈む。


その時。


――ザッ。


雪を踏む音がした。


ジンの身体が小さく震える。


追っ手。


そう思った。


逃げないと。


でも。


もう身体は動かない。


足音が近付いてくる。


ゆっくり。


一定の歩幅で。


ジンは薄く目を開く。


ぼやけた視界の向こう。


誰かが立っていた。


逆光で顔は見えない。


その瞬間。


ジンの中で、何かが切れた。


もう無理だ。


逃げられない。


戦えない。


寒い。


眠い。


疲れた。


ジンはゆっくり目を閉じる。


右手から、短刀が滑り落ちた。


雪へ沈む。


そして。


意識は、静かに闇へ沈んでいった。

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