後悔その後 一章エピローグ
春。
長く続いた北方戦線は、既に崩壊寸前だった。
聖王国は疲弊していた。
兵は減り。
砦は落ち。
雪解けと共に、帝国軍は怒涛の勢いで南下を始めていた。
王城。
静かな執務室で、女王アストレア・グランデールは戦況報告を受けていた。
その中には――
『第七砦逃亡対象・未発見』
の報告も含まれている。
ハインリヒは静かに頭を垂れていた。
以前より、随分老け込んで見える。
女王は書類を閉じる。
「……その様子では死んだか」
感情の薄い声だった。
暖炉の火だけが静かに揺れる。
「まあよい」
蒼い瞳が細められた。
「帝国側へ流れて利用でもされたら厄介だからな」
淡々とした言葉。
まるで、一人の少年ではなく。
“兵器”について話しているみたいだった。
ハインリヒは何も言わない。
いや。
言えなかった。
あの日。
ジンが崖下へ消えた日から。
彼はもう、自分が何を守っていたのか分からなくなっていた。
そして。
戦争は続いた。
誰も救われないまま。
⸻
――ルシャ・ヴェルカイン。
彼女は終戦直前まで前線で戦い続けた。
以前より荒々しく。
まるで、自分を壊すみたいに。
敵陣へ真っ先に飛び込み。
傷を増やし。
眠る事すら減っていった。
だが。
終戦一ヶ月前。
彼女は突然姿を消した。
除隊届も無い。
遺書も無い。
ただ、ある日忽然と消えた。
残されたのは。
使い古された大剣と、血染めのマントだけだった。
⸻
――アリア・エルレイン。
彼女も最後まで戦った。
いや。
戦い続けてしまった。
自分を罰するみたいに。
危険任務へ自ら志願し。
誰より前へ出て。
雷撃弓で敵を撃ち抜き続けた。
その瞳は、少しずつ冷たくなっていった。
もう。
以前みたいに笑わない。
焼き菓子を見ても。
誰かが冗談を言っても。
ただ静かに目を伏せるだけになっていた。
夜になると、時折うなされる声が聞こえたという。
「ごめんなさい」
と。
何度も繰り返しながら。
⸻
――ベリアリア・ホーンベルク。
彼女はジンの一件から一ヶ月後、軍を去った。
もう戦えなかった。
処置室へ入る度。
睡眠薬を見る度。
左腕を失った少年を思い出してしまうから。
最後まで、誰にも何も言わなかった。
ただ静かに辞表を提出し、故郷へ帰った。
彼女の部屋には最後まで、小さなマフラーが残されていたという。
⸻
――リオーネ・クラウベルク。
彼女は最後まで戦った。
淡々と。
何も言わず。
戦争終結後。
やるべき事を終えた彼女は、どこかへ消えた。
消息を知る者は居ない。
⸻
――セレナ・エルミナ。
彼女も軍を辞めた。
戦後。
医療班名簿から、静かに名前が消えていた。
彼女は最後まで冷静だった。
だからこそ。
最後まで、自分達が何をしたのか理解してしまっていた。
⸻
――ミーナ・フェルトン。
彼女は軍へ残った。
補給班として。
変わらず働き続けた。
焼き菓子を作る事も多かった。
特に、クッキー。
ジンが好きだった味。
気付けば、いつも一人分多く焼いてしまう。
その癖だけは、最後まで直らなかった。
⸻
――フィリス・アーカイン。
彼女は終戦まで軍へ残った。
記録係として。
最後まで、この戦争を見届けた。
戦後。
彼女は軍を辞める。
だが。
大量の記録書類だけは持ち出していた。
第七砦。
魔石。
追加切断計画。
女王直属命令。
誰にも見せられなかった記録。
彼女だけは、まだ終わっていなかった。
⸻
そして。
片腕の少年は。
最後まで、見つからなかった。
白い雪原だけが。
あの日の血を、静かに飲み込んでいた。




