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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
聖騎士団
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奈落へ

「来ないで――!!」


ジンの叫びが、吹雪の雪原へ響いた。


声が掠れている。


喉は裂けそうだった。


だが。


誰も止まらない。


白い雪の中。


聖騎士団が、ゆっくり包囲を狭めてくる。


ルシャ。


アリア。


見知った顔。


かつて隣で笑っていた人達。


なのに今は。


全員が、“自分を追う側”に居た。


ジンの呼吸が乱れる。


「はっ……ぁ……っ」


後ろは崖。


逃げ場は無い。


雪が吹き荒れている。


足元も不安定だった。


左脚は凍傷寸前。


身体中傷だらけ。


それでも。


頭の中では、警鐘だけが鳴り続けている。


戻れば終わる。


捕まれば。


また切られる。


腕だけじゃない。


次は脚かもしれない。


右腕かもしれない。


あの隔離室へ戻される。


眠らされる。


押さえ付けられる。


切られる。


「……っ」


ジンの肩が震えた。


怖い。


怖い。


怖い。


脳裏へ、手術台の光景が蘇る。


高熱。


白い天井。


押さえ付ける手。


泣いていたアリア。


震えていたベリアリア。


そして。


振り下ろされた斧。


「――いやだ」


掠れた声。


雪だけが返事をする。


ルシャが、一歩前へ出た。


「ジン……」


声が震えている。


「もう、あんな事しない」


「帰ろう……」


その言葉が。


逆に、ジンを追い詰めた。


嘘だ。


もう知っている。


追加切断計画。


グングニル。


炉心。


自分はもう、“人”じゃない。


兵器だ。


「……来るな」


短剣を握る右手が震える。


「来るな……ッ!!」


叫び。


呼吸が崩れる。


視界が揺れる。


そして。


追い詰められた末に。


ジンの中で、一つの結論だけが残った。


――突っ切る。


それしかない。


「――っ!!」


次の瞬間。


ジンが雪を蹴った。


爆発みたいに雪が舞う。


片腕。


満身創痍。


それでも。


死に物狂いの踏み込みだった。


短剣を前へ。


一直線に、聖騎士団へ向かって走り出す。


「ジン!?」


ルシャの瞳が見開かれる。


速い。


異常な踏み込み。


ボロボロの身体で出せる動きじゃない。


まるで。


獣だった。


生きる為だけに牙を剥いた、追い詰められた獣。


その瞬間。


アリアの身体が反射で動いた。


「――ッ!!」


雷撃弓が引き絞られる。


駄目だ。


撃つな。


頭では分かっていた。


でも。


身体が勝手に動いてしまった。


突進。


短剣。


ルシャへ届く。


止めなきゃ。


その思考だけで、指が弦を離した。


青白い閃光。


雷矢が吹雪を裂く。


「ァ――ッ!!」


直撃。


左脚。


バチィィィッ!!


雷撃が、ジンの全身を貫いた。


肉が焼ける。


焦げ臭い匂い。


電流が骨まで突き抜ける。


左脚が弾けるみたいに痙攣する。


「がぁぁぁぁッ!!」


悲鳴。


身体が大きく揺れる。


踏み込みが崩れた。


その瞬間。


ルシャの身体も反応していた。


訓練。


戦場。


迎撃。


染み付いた騎士の反射。


「っ――!!」


剣が振り抜かれる。


そして。


ザシュッ――


鈍い感触。


肉を裂く感触。


骨へ当たる重さ。


ルシャの顔から血の気が引いた。


「――ぁ」


ジンの口から、掠れた声が漏れる。


雪へ、赤が散った。


ルシャの剣が。


ジンの身体を、深く裂いていた。


時間が止まる。


吹雪の音すら遠い。


アリアの瞳が大きく揺れる。


雷撃弓が、手から零れ落ちた。


「……え」


理解が追いつかない。


ルシャも動けなかった。


自分の剣を見ている。


血。


赤。


ジン。


自分が斬った。


その事実だけが、頭の中で何度も反響している。


ジンの身体が、ゆっくり後ろへ傾く。


崖際。


雪が崩れる。


白い髪が月光へ照らされる。


その髪はもう。


第七砦に居た黒髪の少年のものじゃなかった。


血塗れで。


傷だらけで。


獣みたいに痩せ細っていて。


それでも。


その瞳だけが。


酷く怯えていた。


「……なんで」


掠れた声だった。


誰へ向けた言葉だったのか。


本人にも分からなかった。


次の瞬間。


雪が崩れる。


片腕の少年は。


静かに崖下へ落ちていった。


月光だけが。


その姿を、白く照らしていた。

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