血の味
ジンは震える手で、暗部の亡骸へ触れていた。
指先が冷たい。
いや。
自分の身体そのものが、もう冷え切っている。
洞穴の中は静かだった。
吹雪の音だけが、遠くで低く唸っている。
「……ごめんなさい」
掠れた声。
謝っても意味なんて無い。
分かっている。
それでも、言わずにはいられなかった。
ジンはゆっくり顔を近づける。
裂けた喉元。
まだ完全には凍っていない血。
その瞬間。
強烈な鉄臭さが鼻へ入った。
胃が痙攣する。
気持ち悪い。
怖い。
自分が何をしようとしているのか、ちゃんと分かっていた。
それでも。
空腹は、もう限界だった。
ジンは目を閉じる。
そして。
恐る恐る、血へ唇を触れさせた。
「――っ」
温い。
鉄みたいな味。
生臭い。
口の中へ広がった瞬間、強烈な吐き気が込み上げる。
「ぅ……っ……!」
ジンは反射的に口元を押さえた。
涙が滲む。
喉が震える。
気持ち悪い。
怖い。
なんで自分がこんな事をしているのか分からなくなる。
なのに。
身体は止まらなかった。
空腹が、全部を上回っていた。
ジンは震えながら、もう一度血を啜る。
鉄臭い。
温い。
口の中へ広がる、生々しい味。
戦場の血の匂いとは違う。
もっと直接的だった。
「……ぁ……」
呼吸が乱れる。
頭がくらくらする。
涙がぽたぽた雪へ落ちた。
自分が壊れていく感覚がした。
聖騎士団で育った少年。
皆に笑っていたジン。
アリアと話して。
ベリアリアに撫でられて。
ルシャに怒鳴られて。
そんな日常が、どんどん遠ざかっていく。
今の自分は。
雪山の洞穴で、人の血を啜って生き延びようとしている。
「……なんで……」
掠れた声。
返事は無い。
吹雪だけが、洞穴の外で唸っていた。




