無慈悲な命令
― 聖王国・王城 ―
王城の夜は静かだった。
高い窓の外では、北方の雪が降り続いている。
重厚な執務室。
暖炉の火だけが、薄暗い室内を照らしていた。
机の上には、大量の戦況報告書。
補給記録。
北方戦線の損耗一覧。
その中心で。
聖王国女王アストレア・グランデールは、静かに書類へ目を通していた。
白銀の長髪。
蒼い瞳。
感情の薄い横顔。
まるで氷みたいな女だった。
その時。
執務室の扉が開く。
黒衣の側近が、静かに膝をついた。
「報告します」
女王は顔を上げない。
「言え」
淡々とした声。
側近が一瞬だけ間を置く。
そして。
「追跡に向かった暗部三名」
「……全滅しました」
暖炉の火が、小さく揺れた。
静寂。
側近の額には、薄く汗が浮いている。
だが。
女王は驚かなかった。
ただ静かに、書類から目を離す。
「……そうか」
蒼い瞳が細められる。
「片腕とはいえ」
「暗部如きでは敵わないか」
その声音には、怒りも悲しみも無い。
ただ、事実確認みたいな冷たさだけがあった。
側近が小さく息を呑む。
「想定以上に戦闘能力が高い模様です」
「近接戦闘技術は依然健在」
「更に――」
側近の声が僅かに詰まる。
「対象は、暗部隊員二名の喉部を噛み千切っています」
暖炉が爆ぜる。
パチッ――
小さな火花。
だが。
女王の表情は変わらなかった。
むしろ。
ほんの僅か。
興味を持ったみたいに目を細める。
「……生存本能が強く出始めたか」
静かな呟き。
「やはり適応率が高い」
側近の背筋へ寒気が走る。
この女は。
逃亡した少年を心配していない。
暗部の死も気にしていない。
ただ。
“観察”している。
まるで実験記録を見るみたいに。
女王はゆっくり立ち上がる。
窓の外。
白い雪景色を見つめた。
「聖騎士団を総動員しろ」
静かな声。
だが絶対命令。
側近が顔を上げる。
「……総動員、ですか」
「逃がすな」
女王は淡々と続ける。
「北方全域を封鎖」
「山岳路、旧補給路、雪原地帯、全てだ」
「必ず連れ戻せ」
その声に感情は無い。
あるのは、執着だけだった。
「対象は重要資産だ」
「欠損しても構わん」
「だが死なせるな」
暖炉の火が、女王の蒼い瞳へ揺れて映る。
その姿はまるで。
少年一人を追うというより。
“失われた実験体”を回収しようとしているみたいだった。




