廃砦での戦闘
激しい金属音が、廃砦の中へ響き続けていた。
ガギィン!!
火花。
細剣と東方短剣が激しくぶつかる。
ジンは息を切らしながら後退した。
「はぁ……っ……!」
限界だった。
片腕。
疲労。
寒さ。
まともに長期戦が出来る身体じゃない。
それでも。
暗部達は止まらない。
左右から絶え間なく攻め込んでくる。
速い。
訓練された連携。
一瞬でも止まれば終わる。
「ッ!」
横薙ぎ。
ジンが屈む。
髪を掠めて細剣が通り過ぎる。
そのまま懐へ飛び込む。
右手の短剣を突き出した。
ザシュッ!!
女暗部の腕へ深く突き刺さる。
「っ……!」
血が飛ぶ。
だが。
骨へ噛んだ。
抜けない。
ジンの顔から血の気が引く。
まずい。
次の瞬間。
別方向から殺気。
もう一人の暗部が細剣を突き込んでくる。
避け切れない。
その瞬間。
ジンは反射で前へ踏み込んだ。
短剣が刺さったままの暗部へ、身体ごとぶつかる。
「な――」
そして。
噛みついた。
喉笛へ。
「ッッッ!!?」
女暗部の悲鳴。
ジンは獣みたいに食らいついた。
血の味。
肉が裂ける感触。
必死だった。
戻りたくない。
生きたい。
その感情だけで、噛み千切る。
ブチッ――
嫌な音。
大量の血が吹き出した。
女暗部の身体が痙攣する。
ジンは血塗れのまま、無理やり短剣を引き抜いた。
ゴキッ――
骨を擦る感触。
「はぁ……ッ!!」
呼吸が壊れる。
血が顔へ飛び散る。
温かい。
でも。
寒い。
もう一人の暗部が、初めて動揺した。
「……っ」
ほんの一瞬。
その隙。
ジンが低く踏み込む。
東方短剣を構え直す。
肩で息をしながら。
獣みたいな目で。
暗部を睨み付ける。
もう綺麗な戦い方なんて出来なかった。
聖騎士団の訓練も。
騎士としての礼儀も。
全部剥がれ落ちている。
そこに居たのは。
生き残る為だけに牙を剥いた、片腕の少年だった。
「貴様ァァァッ!!」
女暗部の絶叫が、廃砦へ響いた。
怒り。
憎悪。
殺意。
細剣が一直線に振り下ろされる。
速い。
重い。
ガギィィン!!
東方短剣が弾き飛ばされた。
金属音を立てながら、雪の上へ転がっていく。
「――っ!」
だが。
ジンは最初から分かっていた。
もう受け切れないと。
だから。
短剣へ執着しなかった。
細剣が突き込まれる瞬間。
ジンは自分から踏み込んだ。
「なっ――」
右腕が、暗部の首を掴む。
そのまま。
全体重を掛けて押し倒した。
ドゴォッ!!
二人まとめて地面へ叩き付けられる。
雪が舞う。
女暗部が咄嗟に細剣を振ろうとする。
だが。
片腕の少年は、もう止まらなかった。
右腕で喉を押さえ付ける。
頭を雪と石床へ叩き付ける。
ゴッ!!
「ぐっ……!」
さらにもう一度。
ゴッ!!
視界が揺れた女暗部の動きが止まる。
その瞬間。
ジンは噛みついた。
喉元へ。
「ッッッ!!?」
悲鳴。
血。
ジンは離さない。
獣みたいに食らいつく。
戻りたくない。
捕まりたくない。
生きたい。
その感情だけで噛み続ける。
肉が裂ける。
血が口へ流れ込む。
鉄臭い。
温かい。
「ァ――ッ!!」
女暗部が暴れる。
爪がジンの顔を裂く。
それでも離さない。
そして。
ブチィッ――
嫌な音が響いた。
女暗部の身体から力が抜ける。
血が雪を赤く染めていく。
ジンはしばらく動かなかった。
喉へ噛みついたまま。
肩で息をしている。
「……はぁ……ッ……はぁ……ッ……」
やがて。
ゆっくり口を離した。
血が糸みたいに垂れる。
東方短剣は遠くへ落ちたまま。
片腕の少年だけが、血塗れで雪の中へ立っていた。
静かな廃砦。
風の音だけが聞こえる…
静寂だった。
さっきまでの激しい戦闘音が嘘みたいに、廃砦の中は静まり返っている。
風だけが、崩れた壁の隙間を抜けていた。
ジンは雪の上へ膝をついていた。
肩で息をしている。
「はぁ……っ……は……」
呼吸が上手く整わない。
右手が震えていた。
口の中に、まだ血の味が残っている。
鉄臭い。
温かい。
気持ち悪い。
ジンはゆっくり、自分の手を見る。
血塗れだった。
暗部達の血。
自分が殺した。
二人。
しかも最後は――。
「……ぁ」
喉が震える。
視線が、ゆっくり倒れた暗部達へ向いた。
動かない。
もう。
二度と。
その瞬間。
胃の奥がひっくり返る。
「ぅ……ぁ……ッ」
ジンは口元を押さえた。
吐き気。
呼吸が乱れる。
頭が痛い。
さっきまでは、生きるのに必死だった。
戻りたくなくて。
怖くて。
だから戦った。
でも。
終わった瞬間、現実だけが押し寄せてくる。
自分は今。
人を噛み殺した。
獣みたいに。
喉を食い千切って。
「……なんで……」
掠れた声。
右手が震える。
止まらない。
「なんで……僕……」
涙が滲む。
こんな事、したくなかった。
聖騎士団で学んだのは、人を守る為の戦いだったはずなのに。
ルシャに教わった槍も。
リオーネとやった訓練も。
全部、生き残る為だったはずなのに。
なのに今の自分は。
雪の中で血塗れになり、人の喉を噛み千切っている。
「っ……」
胸が苦しい。
怖い。
自分が怖かった。
もしアリアが見たら。
ベリアリアが見たら。
皆が見たら。
どう思うんだろう。
化け物だと思われるかもしれない。
その考えが、胸へ深く刺さる。
ジンは小さく身体を丸めた。
片腕で、自分自身を抱き締めるみたいに。
寒かった。
血の匂いが酷い。
静かな廃砦。
誰も居ない。
返事も無い。
片腕の少年だけが、血塗れの雪の中で、小さく震えていた。




