静かな反逆
静まり返った深夜の隔離室。
その言葉だけが、やけにはっきり響いていた。
「ここを出ます」
「第七砦から」
「聖王国から」
ジンの呼吸が止まる。
「……え?」
理解が追いつかない。
逃げる。
聖王国から。
そんな事、考えた事も無かった。
ここは怖い場所になってしまった。
でも同時に。
まだ“家”でもあったから。
ジンの視線が揺れる。
すると。
今まで黙っていたリオーネが、ゆっくり口を開いた。
「三日後だ」
低い声。
部屋の空気が少し変わる。
リオーネは壁際から離れ、机へ一枚の紙を置いた。
簡易地図だった。
第七砦周辺の地形。
旧補給路。
監視塔。
巡回経路。
細かく書き込まれている。
ジンの瞳が少し見開かれた。
リオーネは淡々と説明を始める。
「三日後、北西側防壁の巡回数が減る」
「吹雪の影響で外周警戒が縮小されるからだ」
指先が地図をなぞる。
「その時間帯なら、監視塔の視界も潰れる」
「抜けるならそこしかない」
フィリスが静かに補足する。
「旧山岳補給路も調べました」
「今は廃棄扱いですが、吹雪で埋もれている分、逆に追跡が困難になります」
セレナが医療鞄を握りながら言った。
「最低限の薬と止血剤は用意します」
「食料も数日分なら」
ミーナも小さく頷く。
「防寒布も集めたよぉ……」
「あと携帯灯……」
皆、本気だった。
ジンを逃がす為に。
既に動いている。
その事実が、逆にジンの胸を締め付ける。
「なんで……」
掠れた声。
「そこまで……」
リオーネが静かに目を伏せた。
長い沈黙。
そして。
低く呟く。
「……もう二度と」
拳が強く握られる。
「あんな事をさせたくない」
その声には、強い後悔が滲んでいた。
処置室。
血。
絶叫。
斧。
全員の脳裏へ、あの日が蘇る。
ミーナがまた涙を零した。
セレナも唇を噛み締める。
フィリスだけが真っ直ぐジンを見ていた。
「ジン」
静かな声。
「今度は、あなたを連れて逃げます」
外では、風が遠くで唸っている。
深夜の砦。
誰もまだ知らない。
この静かな部屋の中で。
聖王国への反逆が、始まろうとしている事を。




