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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
聖騎士団
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フィリスの計画

第七砦・記録保管室


吹雪は、さらに強くなっていた。


窓の外では白い雪が荒れ狂っている。


視界が霞むほどだった。


卓上灯だけが薄暗い保管室を照らしている。


その灯りの下で。


フィリスは無言で資料を捲っていた。


羽毛混じりの指先が止まる。


視線が、一枚の封書へ固定された。


《第二炉心安定化実験日程》


その下。


《対象再処置予定日》


《七日後》


フィリスの呼吸が止まる。


「……っ」


七日。


たった七日後。


指先が震えた。


紙を握る力が強くなる。


頭の中で、あの日の処置室が蘇る。


拘束具。


悲鳴。


斧。


血。


そして。


泣きながら「助けて」と叫んでいたジン。


「……もう時間が無い」


掠れた声。


吹雪が窓を叩く。


まるで急かすみたいに。


フィリスは慌てて机の引き出しを開いた。


そこへ隠していた地図。


補給路一覧。


物資メモ。


逃走経路。


全てを確認する。


旧山岳街道。


吹雪による監視低下。


補給隊移動日。


今なら。


まだ間に合う。


「……やるしか」


小さな呟き。


その時だった。


カツ――


廊下から足音が聞こえる。


フィリスの肩が跳ねた。


反射的に資料を伏せる。


数秒後。


保管室の扉が開いた。


「……フィリス?」


入ってきたのはリオーネだった。


瑠璃色の瞳。


夜警帰りなのか、まだ軽鎧姿のまま。


フィリスは一瞬で平静を装う。


「どうしたんですか、こんな時間に」


だが。


リオーネは答えなかった。


代わりに。


静かに机の上を見る。


地図。


複数の補給路。


閉鎖街道。


そして。


フィリスが慌てて隠し切れなかった、《対象再処置予定日》の文字。


空気が止まる。


リオーネの顔色が、ゆっくり変わった。


「……七日後?」


掠れた声。


フィリスは黙る。


リオーネは数秒、その紙を見つめていた。


やがて。


ゆっくり顔を上げる。


「……また、やるのか」


その声には、明確な震えがあった。


フィリスは静かに目を伏せる。


それだけで答えになってしまった。


リオーネの拳が強く握られる。


「あの子、やっと少し笑えるようになってきたんだぞ……」


掠れた声。


「また処置台へ縛るつもりなのか……」


フィリスは何も言わない。


言えば、本当に壊れてしまいそうだった。


その時。


リオーネの視線が、机の上を滑る。


逃走経路。


携帯物資。


山岳街道。


そこで。


彼女はようやく気づいた。


「……お前」


静かな声。


「何をするつもりだ」


フィリスの指先が止まる。


長い沈黙。


吹雪だけが唸っていた。


やがて。


フィリスは小さく呟く。


「このままだと、ジンは死にます」


リオーネの瞳が揺れる。


フィリスは続けた。


「右腕か、脚か……分かりません」


「でも次が来る」


「その次も」


「女王は止まりません」


掠れた声。


「だから……」


フィリスは地図を握り締めた。


「逃がさないと」


保管室が静まり返る。


リオーネはしばらく何も言わなかった。


ただ。


机の上の地図を見る。


そして脳裏へ浮かぶ。


片腕で槍を振っていたジン。


ぎこちなく笑っていた姿。


「ちゃんと、出来るようになります」


あの声。


リオーネはゆっくり目を閉じた。


自分達は、一体何をしているのだろう。


守る為の騎士だったはずなのに。


いつから、“あの子を兵器へ変える側”になってしまったのか。


長い沈黙の後。


リオーネが小さく息を吐く。


そして。


静かに言った。


「……山岳街道は、三日後に巡回が減る」


フィリスの瞳が見開かれる。


リオーネは視線を逸らしたまま続ける。


「吹雪で監視塔も半分閉じる」


掠れた声。


「……もし行くなら、その日しかない」


フィリスの喉が詰まる。


それは。


協力だった。

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