新たな切断計画
― 同日・深夜 ―
第七砦・聖騎士団記録保管室
夜だった。
砦の大半は既に消灯している。
石造りの通路には冷えた沈黙だけが満ちていた。
その中を、フィリスは一人歩いている。
胸に抱えているのは、北方戦線の補給記録。
そして、《グングニル》関連資料の一部だった。
本来なら、記録係へ回される種類の文書ではない。
だが最近、戦線拡大による混乱で書類管理が崩れていた。
運搬書類。
炉心維持報告。
許可証。
それらに紛れる形で、一枚の封書が混入していたのだ。
保管室へ入る。
扉を閉める。
静寂。
フィリスは机へ資料を広げた。
羽ペンを取り、確認作業へ入る。
いつもの仕事。
いつものはずだった。
だが。
数枚目をめくった瞬間。
フィリスの手が止まる。
視線が、一文へ吸い寄せられる。
《第二炉心適合実験準備段階へ移行》
《対象:暁ジン》
《残存四肢部への因子定着調査を優先》
《追加摘出計画案提出済》
フィリスの呼吸が止まった。
「……ぇ」
掠れた声。
視線が、文字の上で固まる。
追加摘出。
その四文字を理解した瞬間、背筋へ冷たいものが走った。
「……うそ」
喉が震える。
紙を持つ指先が、小さく痙攣した。
脳裏へ蘇る。
あの日の処置室。
泣き叫ぶジン。
拘束具。
血。
骨が断たれる音。
そして。
左腕を失った後も、“大丈夫です”と笑おうとしていた少年。
フィリスは息を呑む。
鼓動が早い。
嫌な汗が羽毛の下を伝った。
「まだ……」
小さな呟き。
「まだ、やるつもりなんですか……」
その声は、ほとんど悲鳴だった。
フィリスは慌てて周囲を見る。
誰も居ない。
保管室には、自分一人だけ。
だが、それでも恐ろしかった。
この文書を見たこと自体が、許されない気がした。
フィリスは再び視線を落とす。
文字は変わらない。
夢でも見間違いでもない。
つまり女王は。
本気で。
ジンの残りの四肢まで、《グングニル》へ利用するつもりなのだ。
「……狂ってる」
小さな声。
だが、その声は震えていた。
フィリスはゆっくり椅子へ座り込む。
頭が回らない。
一度切断しただけでも、聖騎士団は壊れかけている。
ルシャはまともに眠れていない。
アリアは泣き続けている。
ベリアリアは痩せ細った。
ジン自身も、まだ夜中に幻肢痛で呻いている。
なのに。
また?
また、あの処置室を繰り返すのか?
フィリスの瞳から、一滴涙が落ちた。
紙へ染み込む。
その時。
ふと脳裏へ浮かぶ。
今朝のジン。
片腕で槍を握りながら。
何度落としても。
何度失敗しても。
それでも笑おうとしていた姿。
「ちゃんと、出来るようになります」
あの声。
あの子は。
まだ聖騎士団へ居ようとしている。
家族だと思っている。
なのに。
自分達はまた、その身体を削ろうとしている。
フィリスの指先が、強く資料を握り締めた。
「……駄目です」
小さな声。
誰へ向けた訳でもない。
だが。
その瞳には、確かな意志が宿り始めていた。
「今度は……絶対に」
窓の外では、雪が静かに降っている。
白い夜だった。
その中で初めて。
記録係フィリスは、“王命へ逆らう”という選択肢を心の中へ生み落としていた。




