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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
聖騎士団
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切断一ヶ月後

― 切断から一ヶ月後 ―

第七砦・訓練場裏庭


雪は薄くなり始めていた。


凍り付いていた地面も、ところどころ土が覗いている。


朝靄の残る訓練場。


まだ正式訓練前の時間だった。


人気の無い裏庭で。


ジンは、一人槍を握っていた。


右手だけで。


「……っ」


細い指が柄を握り締める。


以前使っていた長槍ではない。


片手用へ調整された、短めの訓練槍だった。


右腕だけで構える。


踏み込む。


振る。


だが次の瞬間。


ぐらり、と体勢が崩れた。


「っ……!」


片側だけになった身体は、まだ重心へ慣れていない。


以前なら左腕が自然に支えていた。


だが今は違う。


槍が滑る。


ガツン、と石畳へ落ちた。


鈍い音が響く。


その瞬間。


ジンの肩がびくりと震えた。


金属音。


未だに身体が反応する。


呼吸が少し乱れる。


だが。


以前みたいに過呼吸にはならない。


ジンは静かに目を閉じる。


浅く息を吐いた。


「……大丈夫」


自分へ言い聞かせるみたいに、小さく呟く。


そして。


再び槍を拾った。


右手だけで。


何度も。


何度も。


滑って。


落として。


それでも。


立ち止まらない。


その様子を、少し離れた場所からルシャが見ていた。


物陰から。


気づかれないように。


狼獣人の瞳が、ゆっくり歪む。


「あいつ……」


掠れた声。


まだ傷口は完全には癒えていない。


幻肢痛も続いている。


夜中に呻き声が聞こえる日もある。


それなのに。


ジンはもう、“役に立とう”としていた。


訓練場掃除。


洗濯運び。


補給整理。


片腕で出来る事を、必死に探して。


誰にも迷惑を掛けないように。


居場所を失わないように。


「……ッ」


ルシャの拳が強く握られる。


その時だった。


ジンが腰元へ手を伸ばした。


抜き放たれたのは、一振りの東方短剣。


黒塗りの鞘。


片刃。


わずかに反った独特の刀身。


以前、ハインリヒから与えられた戦場用の短剣だった。


北方戦線で何度も命を救ってきた得物。


ジン自身、長槍が使えなくなった後も、これだけは手放さなかった。


右手だけで静かに抜刀する。


朝光が刃へ淡く反射した。


構える。


以前よりぎこちない。


だが。


身体へ染み付いた動きは消えていなかった。


踏み込み。


斬り上げ。


返し。


小さく、鋭い軌道。


戦場で磨かれた実戦の動きだった。


しかし。


二撃目の途中で動きが止まる。


身体が、“左腕で支える動き”をしようとしてしまう。


空振る。


バランスが崩れる。


「ぁ……」


その瞬間。


ジンの瞳が少し揺れた。


悔しさ。


ほんの少しだけ。


それが見えた。


だが次の瞬間には、すぐ押し込める。


代わりに。


ぎこちなく笑った。


誰に見せるでもない笑み。


「……まだ、練習足りないな」


小さな独り言。


まるで。


“出来なくて当然”みたいに。


自分を納得させる声だった。


ルシャはその場から動けない。


胸の奥が、じわじわ痛む。


ジンは怒らない。


恨まない。


泣き言も言わない。


だから余計に苦しい。


その時。


訓練場の入口から、小さな足音が聞こえた。


「ジンくーん!」


ミーナだった。


両手で包みを抱え、小走りでやって来る。


だが途中で、動きが少し緩む。


以前みたいに勢いよく近づかない。


まだ、少し怖いのだ。


自分達が傷つけた記憶が。


「朝ごはん持ってきたのぉ……」


柔らかな声。


ジンは振り返る。


そして。


以前より少しだけ弱くなった笑顔で答えた。


「ありがとうございます、ミーナさん」


敬語。


変わらない距離。


だが。


一ヶ月前より、ほんの少しだけ自然だった。


ミーナはその笑顔を見て、泣きそうになる。


でも堪える。


泣いたらまた、この子が気を遣うから。


「えへへ……今日は甘めにしたのぉ」


ミーナが包みを差し出す。


ジンは右手だけで受け取ろうとして、少し手間取った。


以前なら左手で自然に支えていた動き。


一瞬だけ、動きが止まる。


だが。


ジンは何事も無かったみたいに受け取り直した。


そして小さく頭を下げる。


「……ちゃんと、出来るようになります」


ぽつり、と。


誰へ向けた訳でもない声。


それは決意というより。


自分自身へ課した義務みたいだった。


この場所へ居続ける為に。


“必要な存在”である為に。


黒髪の少年は、片腕になってもなお。


まだ、自分を削り続けていた。

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