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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
聖騎士団
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幻肢痛

冷たい灯火が、薄暗い隔離室の天井を頼りなく照らしていた。


医務棟の奥。


石造りの壁に囲まれた密室には、消毒液と血液の臭いが重たく淀んでいる。


その中央。


白い寝台の上で、ジンの身体がびくりと大きく痙攣した。


「ぁ゛……っ!?」


掠れた呻き。


意識は戻っていない。


瞼は閉じたまま。


それでも少年の身体だけが、悪夢の中でもがくみたいに激しく軋んでいた。


左肩から先は、もう存在しない。


分厚い包帯が何重にも巻かれている。


だが。


皮膚の下では、存在しないはずの神経が狂ったように暴れ続けていた。


「あぁ……っ!!」


背中が跳ねる。


細い喉から、悲鳴になりきれない声が漏れた。


脊髄へ直接、焼けた杭でも突き込まれるような激痛。


消えたはずの肘。


存在しない前腕。


もう無い指先。


そこを何かが這い回り、骨を砕き、肉を引き裂いていく。


痛みは傷口には無かった。


“あるはずの腕”の中で発生していた。


「ひっ……ぁ……!」


無意識に右手が左肩を掻き毟る。


そこには何も無い。


だが脳だけが、まだ左腕の存在を認識している。


見えない拳が、内側から骨格を握り潰そうとしていた。


ジンの指先が必死にシーツを掴む。


ぎし、と布が軋む。


呼吸が乱れる。


熱い。


痛い。


怖い。


感情が混線したまま、少年の身体だけが必死に生へしがみついていた。


「やめ……」


うわ言。


汗で濡れた黒髪が枕へ張り付く。


「切ら……ないで……」


その言葉に、ベッド脇で看病していたベリアリアの肩が震えた。


牛獣人の癒術騎士は、唇を強く噛み締める。


眠っている。


いや、気絶に近い。


それでもなお、昨夜の記憶だけがジンを苦しめ続けているのだ。


「ジン……」


震える声。


そっと右手を握る。


だが次の瞬間。


「っぁぁぁ!!」


ジンの身体が大きく跳ねた。


存在しない左腕を庇うように丸まる。


「痛い……!」


涙が閉じた瞼の隙間から溢れた。


「腕が……!」


その姿に、ベリアリアは思わず顔を覆う。


セレナが低く呟いた。


「……幻肢痛が強すぎる」


羊獣人の少女は冷静でいようとしていた。


だが、その耳は不安げに垂れている。


「神経が完全に錯乱してる……」


ジンの呼吸が再び荒くなる。


「やだ……」


子供みたいな声だった。


「こわい……」


その一言で。


ベリアリアの瞳から涙が零れ落ちた。


昨夜。


確かにこの子は、自分達を見て怯えていた。


家族を見る目ではなかった。


化け物を見る目だった。


「ごめんなさい……」


掠れた声。


「ごめんなさい……」


何度謝っても足りない。


どれだけ癒術を使っても戻らない。


失われた左腕も。


壊れてしまった信頼も。

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