新型魔道砲グングニル
ー正午―
北方戦線後方要塞・《グングニル》発射場
雪雲を裂くように、紫黒い閃光が天を貫いた。
直後。
遥か北方の帝国都市が、光に呑み込まれる。
轟音。
衝撃波。
遅れて、地平線そのものが赤熱した。
城壁が蒸発する。
街区が吹き飛ぶ。
数万規模の建造物が、一瞬で焼失していく。
誰も言葉を発せなかった。
術者達も。
護衛騎士達も。
皆、ただ呆然とその光景を見つめている。
あまりにも圧倒的だった。
戦争を変える兵器。
否。
国家そのものを焼き払える怪物。
新型魔導砲。
その炉心で脈動しているのは――昨夜、ジンから切り落とされた左腕だった。
「……見事だ」
静かな声。
アストレア・グランデールが、満足げに細めた瞳で爆炎を見つめていた。
白銀の髪が風に揺れる。
蒼い瞳には、確かな愉悦が浮かんでいた。
「我が兵器は、これほどとはな」
周囲の術者達が緊張した顔で跪く。
誰も返事をしない。
できない。
あまりにも多くの命が、一撃で消えたのだから。
だが女王は気にしていなかった。
彼女にとって重要なのは、“勝てる”という事実だけだった。
その時。
女王が静かに口を開く。
「ハインリヒ」
「はっ」
老騎士が頭を垂れる。
その顔色は酷かった。
昨夜から一睡もしていない。
脳裏には今も、ジンの悲鳴が焼き付いている。
だが女王は構わず続けた。
「対象の状態は」
「命は繋いでおります」
掠れた声。
「現在も昏睡状態です」
「左腕切除後も、生体反応は安定しております」
女王は小さく頷いた。
そして。
《グングニル》の炉心を見つめながら、淡々と言った。
「……ならば」
「他の四肢にも、同等の魔族因子が残留している可能性が高いな」
その場の空気が凍る。
ハインリヒの瞳が揺れた。
「陛下……」
だが女王は止まらない。
まるで当然の確認事項でも話すように続ける。
「左腕のみで、この出力だ」
「ならば右腕、両脚を炉心転用すれば、更なる安定稼働も可能だろう」
術者達の顔色が変わる。
側近達でさえ、一瞬だけ目を伏せた。
ハインリヒの拳が、見えない位置で強く握られる。
「……対象はまだ少年です」
精一杯の抵抗だった。
「これ以上の切除は、生存率が――」
「死なせるな」
即答。
冷たい声。
「生かしたまま利用価値を最大化しろ」
その言葉に、ハインリヒの背筋へ寒気が走る。
女王の中では、もう決定している。
ジンは騎士ではない。
人間ですらない。
“高濃度魔力炉心”として認識され始めているのだ。
アストレアは静かに爆炎を見つめたまま、ふと口を開いた。
「何の為に、あの少年を聖騎士団へ放り込んだと思っている」
静かな声音。
しかし、その一言だけで空気が張り詰める。
ハインリヒは答えられない。
女王は続ける。
「戦争利用の為だ」
あまりにも淡々とした声だった。
「聖騎士団内へ馴染ませ」
「情を抱かせ」
「従順に育て」
「必要になれば、その肉体ごと国へ捧げさせる」
風が吹く。
白銀の髪が揺れた。
「実際、あれは期待以上だった」
「よく戦い」
「よく耐え」
「よく壊れなかった」
そして。
女王は《グングニル》を見上げる。
紫黒い魔力光が、脈打つように明滅していた。
「あの少年は、最初から聖王国の兵器だ」
その言葉に。
ハインリヒは初めて、心臓を直接掴まれたみたいな感覚を覚えた。
ジンが笑っていた日々。
皆と食卓を囲んでいた時間。
家族みたいに過ごしていた記憶。
その全てが。
最初から“利用する為”に組み込まれていたのだと、理解してしまったから。
ハインリヒの喉が、微かに震えた。
「……陛下」
低い声。
長年、女王へ忠誠を尽くしてきた老騎士だった。
だが今だけは、その瞳に明確な苦悩が滲んでいた。
「彼は……」
言葉が詰まる。
脳裏へ浮かぶのは、昨夜の光景。
泣きながら助けを求めていた少年。
“家族”を見て怯えていた目。
握り潰されそうになる胸を押さえ込みながら、ハインリヒは続けようとする。
「彼は、人で――」
「だが、効果はあった」
女王が静かに遮った。
あまりにも冷静な声だった。
ハインリヒの言葉など、最初から価値が無いと言わんばかりに。
アストレアは爆炎を見つめたまま続ける。
「違うか?」
沈黙。
「戦線での士気低下は深刻だった」
「第四大隊は特に崩壊寸前だったな」
淡々とした確認。
「夜毎に発狂者が出ていた」
「睡眠障害、自傷、逃亡未遂、錯乱」
「貴様も報告を上げていただろう」
ハインリヒは答えられない。
事実だったからだ。
ライラ戦死以降、第四大隊は急速に壊れ始めていた。
戦場帰りの騎士達は眠れず。
泣き叫び。
酒に溺れ。
仲間同士で衝突し。
精神崩壊寸前まで追い込まれていた。
だが。
ジンが各部屋へ呼ばれるようになってから、確かに変化は起きた。
皆、少しだけ落ち着いた。
笑う回数が増えた。
自傷も減った。
前線復帰率も改善した。
女王は静かに言う。
「少年へ依存することで、貴様らは壊れずに済んだ」
「結果として戦線は維持された」
「違うか、ハインリヒ」
老騎士の拳が震える。
反論したい。
だが。
出来ない。
全部、事実だった。
アストレアは続ける。
「感情は兵站だ」
「精神安定は戦力維持に直結する」
「故に、あれは有効だった」
その声音には、一切の迷いが無かった。
ジンがどれだけ苦しんだか。
どれだけ消耗したか。
そんなものは最初から計算へ含まれていない。
女王にとって重要なのは、“戦線が維持された”という結果だけだった。
「貴様も理解していたから、放置したのだろう?」
蒼い瞳が、初めてハインリヒへ向く。
「少年が慰安係のように扱われ始めてから、第四大隊の崩壊速度は明確に低下した」
「だから止めなかった」
静かな追及。
逃げ場は無い。
ハインリヒは歯を食いしばる。
否定できなかった。
実際、自分も利用した。
ジンの優しさを。
従順さを。
壊れかけた騎士達を繋ぎ止める為に。
「……っ」
老騎士の顔が歪む。
その姿を見ても、女王の表情は変わらない。
「ならば今更、情を挟むな」
冷たい声。
「戦争とは、そういうものだ」




