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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
聖騎士団
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切断前日の邂逅

― 二日目・夕刻 ―


北方前線外縁・雪森地帯


灰色の空から雪が降り続いていた。


凍てつく風が森を抜け、枝葉を軋ませる。


聖王国第七砦から北東数キロ。


帝国軍前線陣地の動向を探るため、第四大隊の小規模偵察隊が雪森を進んでいた。


先頭にはリオーネ。


その隣をルシャ。


そして少し後方には、黒髪の少年――ジンの姿もあった。


リオーネが申し訳なさそうにジンに振り向く。

「すみません、本来は後方待機だったのに」


雪を踏みながらジンが苦笑する。


「気にするな」

ルシャがぶっきらぼうに返した。


「お前の索敵能力は便利だ」


本音だった。


ジンは戦場勘が異様に鋭い。


殺気や伏兵への反応速度も、既に熟練兵の域に達していた。


だが。


ルシャは視線を逸らす。


その左腕を見ないように。


――あと二日。


その事実が頭から離れない。


「止まれ」


リオーネの声。


全員が静止する。


雪森が静まり返った。


その瞬間。


風の向こうから低い詠唱が響く。


「敵だ!!」


次の瞬間、氷槍が木々を突き破った。


轟音。


雪煙が爆発的に舞い上がる。


「散開!!」


帝国軍偵察部隊。


軽装歩兵数名。


そして後方には、一人の魔術師。


雪の中でも目立つ金色の長髪。


白磁のように白い肌。


鋭い青眼を持つ女性魔術師だった。


「前へ出るな!」


リオーネが号令を飛ばす。


だが帝国兵は既に突撃してきていた。


「ハァッ!」


ジンが前へ飛び出す。


低姿勢のまま間合いへ潜り込み、東方短剣が閃いた。


鮮血。


帝国兵の喉元が裂ける。


そのまま回転。


二人目の足を払う。


「速っ……!?」


若い騎士が目を見開く。


黒い風のようだった。


雪原を滑るように駆け、敵陣を崩していく。


その姿を――。


金髪の魔術師が見ていた。


そして。


彼女の顔色が変わる。


「子供が……!?」


思わず漏れた声。


だが次の瞬間。


彼女の瞳が、ジンを見たまま凍りつく。


「なに……?」


青い瞳が大きく見開かれる。


空気が変わった。


まるで“何か”を感じ取ったように。


「あり得ない……」


女魔術師の唇が震える。


杖を握る手が強張る。


「その気配……」


次の瞬間。


彼女は恐怖に満ちた声で叫んだ。


「貴様ッ――魔族か!!」


空気が凍った。


ジンが動きを止める。


「……え?」


困惑した声。


だが女魔術師は完全に狼狽していた。


まるで、人ならざる怪物を見たかのように。


「何故そんなものが聖王国側にいる……!?」


杖が振り上げられる。


魔法陣展開。


赤熱。


「焼き払え!!」


轟ッ!!


炎熱魔術が雪森を飲み込んだ。


「ジン!!」


ルシャが叫ぶ。


熱風。


爆炎。


だが次の瞬間、ジンは咄嗟に雪原へ身を投げ出していた。


「ッ!!」


横へ転がる。


直後。


背後の木々が爆炎に呑まれた。


轟音と共に雪が蒸発し、白煙が吹き荒れる。


「ぐっ……!」


熱風で身体が吹き飛ばされる。


肩から雪へ叩きつけられ、ジンが苦痛に顔を歪めた。


制服の袖が焼け焦げている。


あと一瞬遅ければ、まともに直撃していた。


「なっ……」


女魔術師の顔が引き攣る。


避けられたこと自体が信じられないようだった。


その時。


森の奥から角笛が鳴り響いた。


帝国側撤退信号。


女魔術師がはっと我に返る。


「撤退!!」


帝国兵達が雪森へ散っていく。


だが最後まで。


金髪の魔術師だけは、ジンから目を離さなかった。


怯えるように。


何かを確かめるように。


「……黒い、悪魔……」


震える呟き。


そして彼女は吹雪の中へ消えていった。


静寂。


雪だけが降っている。


「大丈夫か!?」


ルシャが駆け寄る。


「はい……なんとか」


ジンが息を切らせながら立ち上がる。


焦げた袖を払い、困惑した顔で吹雪の向こうを見つめた。


「なんだったんだ……今の」


リオーネは静かに目を細める。


先程の女魔術師の反応。


あれは単なる錯乱ではない。


“何か”を知っている目だった。


吹雪の中。


黒髪の少年だけが、自分へ向けられた恐怖の意味を知らずに立ち尽くしていた。



― 二日目・夜 ―


第七砦への帰路


吹雪は弱まっていた。


灰色の空の下、第四大隊の偵察部隊は静かに雪道を戻っていく。


誰も大きな声を出さない。


雪を踏む音だけが続いていた。


先頭を歩くリオーネは、時折後ろを振り返っていた。


その視線の先には――ジン。


黒髪の少年は何事もなかったように歩いている。


先程の戦闘で焦げた袖を気にする様子もなく、むしろ申し訳なさそうに苦笑していた。


「すみません、避けるの遅れました」


「……いや」


ルシャが短く返す。


「直撃しなかっただけ上出来だ」


ぶっきらぼうな声。


だがその横顔は硬かった。


ジンは気づいていない。


あと一日後。


自分の左腕が切り落とされることを。


「それにしても」


ジンが雪空を見上げる。


「帝国軍の魔術師、変でしたね」


「急に“魔族”とか……」


困ったように笑う。


「僕、そんな風に見えます?」


誰も答えられなかった。


リオーネが視線を伏せる。


ルシャは奥歯を噛み締めた。


“魔族”。


あの金髪の魔術師が怯えた理由。


あの左腕の魔石因子と関係しているのか。


それとも――もっと別の何かか。


「まぁ、いいか」


ジンが笑う。


「無事帰れそうですし」


その言葉が、胸を抉った。


無事。


その“無事”が、あと一日しか残されていない。


吹雪の中を歩きながら、ルシャは不意に視線を逸らした。


まともにジンの顔を見れなかった。


「ルシャさん?」


「……なんでもない」


低い声。


「前見て歩け。転ぶぞ」


「はい」


素直に返事をする少年。


その姿が幼すぎた。


戦場では誰より冷静なのに。


普段は驚くほど無防備で、人を疑わない。


だからこそ。


余計に苦しい。


――私達は、コイツを裏切る。


ルシャの胸の奥で、鈍い痛みが広がる。


前方ではリオーネもまた静かに拳を握っていた。


彼女は知っている。


もし今、真実を話せば。


ジンは逃げない。


むしろ笑ってこう言うだろう。


『皆が助かるなら良かったです』


だから言えない。


その優しさを知っているからこそ。


言葉にできない。


「……ねぇ、リオーネさん」


不意にジンが声をかけた。


「ん?」


「戦争、終わりますかね」


雪の降る空を見上げながら、少年はぽつりと呟く。


「最近ちょっとだけ思うんです」


「皆で普通にご飯食べて」


「誰も死ななくて」


「夜に呼び出しとかもなくて」


苦笑。


「そんな日、来るのかなって」


ルシャの足が止まりそうになる。


だが、ジンは気づかないまま続けた。


「もし戦争終わったら、今度はちゃんと皆で旅行とかしてみたいです」


「ミーナさん、お菓子屋巡りしたいって言ってましたし」


「アリアさんは温泉好きそうだし」


「ベリアリアさんには、もっと休んでほしいし……」


そこまで言って、ジンは少し照れくさそうに笑った。


「皆、家族みたいなものですから」


――家族。


その言葉が、誰よりも二人の胸を刺した。


吹雪の中。


リオーネは静かに目を閉じる。


ルシャは俯いたまま歩き続ける。


誰も返事ができなかった。


雪だけが、静かに降り積もっていく。


まるで、明日訪れる残酷な運命を覆い隠すように。

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