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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
聖騎士団
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女王の命


何もかも飲み込むための。


「……そんなの」


フィリスは思わず呟いた。


「壊れるに決まってるじゃないですか」


ハインリヒは否定しなかった。

その沈黙こそが答えだった。

[#ユーザー]

女王が詰問してくるシーン、そこでハインリヒに女王は聞く、例の少年はどこか、ハインリヒは答える、あちらですと。窓の外の中庭では戦闘準備をしている少年の姿が…女王は満足気に頷く、よく育ったな…と。それでは例の計画を実行する…ジンの左腕を切り落とすのだ。魔道砲のエネルギーにしようというのだった。


女王アストレア・グランデール


王城最上階――戦時執務室。


巨大な硝子窓の向こうでは、夕焼けが聖王国首都を赤黒く染めていた。


その中央に立つ女は、静かに戦況図を見下ろしている。


聖王国女王――アストレア・グランデール。


白銀の長髪。

透き通るような白い肌。

そして感情を映さぬ蒼い瞳。


戦場で何万人死のうとも、その眼差しは揺るがない。


「北方戦線は?」


静かな問い。


背後で片膝をついていたハインリヒが即座に答える。


「第四大隊を中心に敵前線を後退させました」


「現在、帝国軍は旧防衛線付近まで下がっております」


「想定以上の戦果です」


アストレアは僅かに頷いた。


「……そう」


それだけだった。


戦果そのものには大して興味が無いような反応。


だが次の瞬間、彼女の声音が微かに変わる。


「では――例の少年は?」


空気が張り詰めた。


ハインリヒはゆっくり立ち上がり、窓際へ歩く。


「こちらです」


重いカーテンを開いた。


王城中庭。


夕焼けの下、一人の黒髪の少年が槍を振っていた。


汗を流しながら。

黙々と。

何度も。


その動きはまだ荒削りだ。


だが確実に、以前より洗練されている。


「……」


アストレアは無言で眺めた。


その視線は、騎士を見るものではない。


もっと別の何か――価値ある素材を見るような目だった。


「安定しているようね」


「はい」


ハインリヒが答える。


「魔石消失後も体調変化なし」


「肉体異常、精神汚染ともに現在確認されておりません」


「魔力循環量のみ異常増加傾向を確認しています」


アストレアの口元が微かに緩む。


「やはり暁の系統は適応率が高い」


ハインリヒは黙ったまま視線を伏せた。


女王は続ける。


「普通の騎士なら、あの魔石に触れた時点で発狂するか爆散する」


「それを“吸収してなお生存している”」


「十分すぎる成果ね」


夕陽の中。


ジンは何も知らず槍を振っている。


仲間を守るために。

聖王国のために。


自分が“利用されている”とも知らずに。


「では」


アストレアが静かに告げた。


「例の計画を実行しましょう」


ハインリヒの表情が僅かに強張る。


「……グングニル計画、ですか」


「ええ」


女王は即答した。


執務机の上には、新型魔導砲の設計図が広げられていた。


幾重もの魔導回路。

巨大な砲身。

そして中央炉心部には、複雑な術式文字が刻まれている。


新型魔導砲グングニルは、従来砲の十倍以上の出力を要求する」


「起動に必要なのは、ただ一つ」


「高濃度エネルギー」


アストレアの指が、炉心部分をなぞる。


「そして魔族因子を含有した魔石は、通常魔石とは比較にならない出力を持つ」


「問題は、あの魔石があまりにも不安定だということ」


「触れた者の肉体を侵食し、暴走する」


ハインリヒが低く続けた。


「ですが、ジンは耐えた」


「左腕内部へ定着したまま、完全同化状態を維持しております」


女王は静かに頷く。


「なら簡単な話よ」


「左腕ごと摘出し、炉心へ接続すればいい」


あまりにも自然な口調だった。


まるで部品交換の話でもするように。


「……」


ハインリヒはしばらく沈黙した。


窓の外を見る。


中庭では、少年が汗を流しながら槍を振り続けている。


無垢なまま。

何も知らないまま。


「よく育ったわ」


アストレアが呟く。


その声音に僅かな満足感が滲んでいた。


「聖王国のために、最後まで役立ってもらいましょう」


ハインリヒはゆっくり目を閉じた。


自分が祠へ向かわせた。


自分が魔石へ触れさせた。


全て、この瞬間へ繋げるために。


「……承知しました」


掠れた返答。


その瞬間。


夕焼けの中で槍を振る少年の姿が、やけに小さく見えた。

 


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