ただいま
温泉街へ戻った後。
冒険者達から声を掛けられ。
帝国兵達からも礼を言われ。
リザリア達にも捕まりそうになった。
だが。
ジンには先に行く場所があった。
ギルドではない。
宿だった。
ベリアリアの宿。
温泉街へ来てから。
何度も世話になった場所。
帰って来る場所。
ジンは玄関の扉を開く。
からん。
鈴の音が鳴る。
そして。
いつものように。
声を上げた。
「ただいまー!」
その瞬間。
奥から慌ただしい足音が聞こえた。
どたどたどた。
そして。
姿を現したのはベリアリアだった。
軽装。
腰には武器。
旅支度というより。
完全に戦闘準備だった。
どうやら。
スタンピードの報を聞いて。
出撃しようとしていたらしい。
ベリアリアはジンを見る。
一瞬。
固まった。
そして。
次の瞬間。
表情が崩れる。
「ジン!」
駆け寄る。
そのまま。
ぎゅっと抱き締めた。
「お帰りなさい……!」
強く。
本当に強く。
抱き締める。
その声には安堵が滲んでいた。
ジンは少し苦笑する。
「ただいまです」
「もう……」
ベリアリアは顔を埋める。
「鐘が鳴った時心配したのよ?」
「大丈夫でしたよ」
「そういう問題じゃないの」
本気で心配していたらしい。
しばらくして。
ようやく身体を離す。
そして。
改めてジンを見る。
南方の装い。
焼けた肌。
短くなった白髪。
筋肉の付いた身体。
以前と随分変わっていた。
「随分変わったわねぇ」
「そうですか?」
「変わったわよ」
くすりと笑う。
すると。
ジンは仮面へ手を掛けた。
ぱちり。
仮面を外す。
そして。
顔を見せた。
ベリアリアは目を瞬く。
次の瞬間。
目を見開いた。
「――あら」
左目。
そこにあった。
失われたはずの左目。
黄金色の瞳。
ちゃんと存在している。
ベリアリアの顔がぱっと明るくなる。
「良かったわねぇ!」
思わず両手でジンの顔を包む。
「左目治ったのね!」
本当に嬉しそうだった。
まるで自分の事のように。
ジンは少し照れ臭そうに笑う。
「治ったというか……」
「魔眼になりました」
「魔眼?」
「はい」
「それでも良いわ!」
ベリアリアは笑った。
「見えるんでしょう?」
「見えます」
「なら良かったじゃない」
即答だった。
ジンは少し驚く。
ベリアリアらしい答えだった。
理屈ではない。
難しい話でもない。
見えるようになった。
それで十分。
そんな答えだった。
そして。
ベリアリアはもう一度。
優しくジンの頭を撫でる。
「お帰りなさい」
今度はゆっくりと。
優しく。
母親のような声だった。
ジンも少しだけ目を細める。
「はい」
短い返事。
けれど。
その言葉には。
確かな帰郷の実感が込められていた。
ベリアリアの宿で一息ついた後。
ジン達は温泉街冒険者ギルドへ向かっていた。
スタンピードは終息した。
討伐報告もある。
そして恐らく。
褒賞金や特別報酬の話もあるだろう。
「流石に今回は出るでしょうね」
フィリスが言う。
「出なかったら暴動ですよ」
ミーナも頷く。
アリアは苦笑した。
「巨大ミミズまでいたしね」
そんな話をしながら。
一行はギルドの扉を開く。
ギルドへ入る。
スタンピード直後という事もあり。
中は慌ただしかった。
討伐報告。
負傷者の確認。
素材査定。
受付嬢達が忙しく走り回っている。
そんな中。
受付で書類整理をしていた女性が顔を上げた。
狸獣人の女性。
エルナだった。
「次の方どうぞ――」
そこまで言って。
視線が止まる。
見覚えのある人物がいた。
グリムヴァルドだ。
「グリムヴァルドさん?」
思わず声が漏れる。
だが。
その隣にいる面々には見覚えが無い。
南方の装いを纏った青年。
弓を背負った女性。
眼鏡を掛けた女性。
小柄な少女。
誰だろうか。
そう思った。
すると。
仮面の青年が小さくため息を吐く。
「またですか……」
聞き覚えのある声だった。
エルナが首を傾げる。
青年は仮面へ手を掛けた。
ぱちり。
仮面が外れる。
黄金の左目。
そして見覚えのある顔。
数秒。
沈黙。
「……え?」
エルナの耳がぴんと立つ。
「ザインさん!?」
ギルド中の視線が集まる。
ジンは苦笑した。
「ただいま戻りました」
「えっ!?」
「えっ!?」
エルナは本当に混乱していた。
受付から身を乗り出す。
左目を見る。
左腕を見る。
髪を見る。
肌を見る。
そしてまた左目を見る。
「ザインさん!?」
「はい」
「本当に!?」
「本当です」
「えぇぇ……」
信じられないという顔だった。
だが。
次第に表情が柔らかくなる。
「良かった……」
ぽつりと呟く。
「本当に良かったです……」
温泉街で起きた事件の事は知っている。
だからこそ。
その左目を見て。
心から安心したのだろう。
しばらくして。
ジンが首を傾げた。
「というか」
「はい?」
「なんでエルナさんがここにいるんですか?」
当然の疑問だった。
エルナは少し困ったように笑う。
「ああ」
「実はですね」
抱えていた書類を持ち直す。
「温泉街ギルドの受付嬢さんが足りないらしくて」
ジンの表情が少しだけ曇る。
エルナも理由は理解している。
だが。
互いにそこには触れない。
代わりに笑顔で続けた。
「応援です」
「応援?」
「はい」
エルナは頷く。
「しばらくこちらへ出張して業務を手伝っているんです」
「なるほど」
ジンも納得した。
確かに今の温泉街ギルドは人手不足だろう。
スタンピードまで起きたのだ。
なおさらだった。
「大変じゃないですか?」
「大変ですよぉ」
エルナが苦笑する。
「書類は山みたいにありますし」
「冒険者さんも多いですし」
「毎日大忙しです」
そう言いながらも。
どこか楽しそうだった。
すると。
奥から落ち着いた声が聞こえた。
「騒がしいと思ったら」
ギルドマスター室の扉が開く。
エルカ・フォルステアだった。
長い赤茶色の髪。
揺れる狐耳。
金色の瞳が一行を見渡す。
そして。
仮面を外したジンを見る。
少しだけ目を細めた。
「なるほど」
その一言で。
全て察したらしい。
エルカはゆっくりと近付く。
ジンを見る。
左目を見る。
左腕を見る。
そして。
以前より遥かに健康そうな顔を見る。
やがて。
小さく微笑んだ。
「お帰りなさい」
短い言葉だった。
だが。
温泉街へ帰ってきた冒険者へ向ける歓迎の言葉だった。
「無事で何よりです」
ジンも自然と笑う。
「ただいま戻りました」
エルカは満足そうに頷く。
そして。
狐耳を僅かに揺らした。
「話は聞いています」
「スタンピードの対応、ご苦労様でした」
「特に今回は」
エルカの視線が一行を見渡す。
「皆さんのおかげで街の被害は最小限で済みました」
その言葉に。
エルナも何度も頷いていた。
本当にそう思っているのだろう。
そしてエルカは続ける。
「褒賞金と討伐報告の件があります」
ギルドマスター室の扉を開く。
「どうぞ」
「中でお話しましょう」
その言葉に。
ジン達は顔を見合わせる。
どうやら。
思っていた以上に大きな話になりそうだった。
ギルドマスター室へ入る。
中は思っていたより賑やかだった。
長机を囲むように。
既に何人かが席についている。
「おう」
真っ先に声を掛けてきたのはリザリアだった。
椅子へ座りながら手を振る。
その隣には。
レヴィアナ。
ヴァレル。
シオン。
ルドヴィカ。
金級パーティの面々も揃っていた。
「ザイン」
レヴィアナが軽く手を振る。
「後で色々聞くから」
「まだ聞くんですか……」
「聞くわよ」
即答だった。
ジンは少し肩を落とす。
その様子を見てリザリアが笑った。
「諦めろ相棒」
「お前しばらく質問攻めだぞ」
「そんな気はしてました」
席へ着く。
グリムヴァルド。
アリア。
フィリス。
ミーナもそれぞれ座った。
そして。
最後にエルカが席へ着く。
机の上には分厚い資料が積まれていた。
エルカはその中から一枚を取り出す。
「さて」
狐耳が僅かに揺れた。
「まず今回のスタンピードについてですが」
室内の空気が引き締まる。
エルカは資料を机へ広げた。
「今回のスタンピードは今年三回目です」
ジンは思わず顔をしかめた。
「本当に三回だったんですね」
「はい」
エルカが頷く。
「一回目と二回目も原因は同じです」
「今回討伐された大ミミズ型魔獣」
「過去二回は発見には成功しましたが、地中へ逃走され討伐に失敗しています」
リザリアが深いため息を吐いた。
「マジでしぶとかったんだよアイツ」
「追い詰めても逃げる」
「追い詰めても逃げる」
「また出る」
「それを二回繰り返した」
ヴァレルも頷く。
「今回は運が良かったな」
「運だけではありません」
エルカが資料を閉じる。
そして。
視線をジンへ向けた。
「今回は拘束に成功した事が大きいですね」
紫の蔦。
あの巨体を止めた拘束魔術。
あれが無ければ。
今回も逃げられていた可能性が高い。
「その後のレヴィアナさんとグリムヴァルドさんによる大魔術」
「さらに前衛陣の連携」
「全てが噛み合った結果です」
エルカは満足そうに頷いた。
「温泉街としても非常に助かりました」
すると。
リザリアがにやりと笑う。
「で?」
双剣使いらしく遠慮が無い。
「本題はそこじゃねえだろ?」
「その通りです」
エルカも否定しない。
資料を一枚取り出した。
「今回の褒賞金についてです」
その瞬間。
フィリスの目が輝いた。
ミーナも姿勢を正す。
アリアも少し真面目な顔になる。
ジンも耳を傾けた。
エルカは紙を見ながら説明する。
「まず通常のスタンピード討伐報酬」
「次に大ミミズ型魔獣の討伐報酬」
「さらに今回は三度に渡り温泉街へ被害を出していた個体の討伐という事で、温泉街自治会及び商業組合から特別報奨金が出ています」
室内が静かになる。
フィリスが嫌な予感ならぬ。
良い予感を感じ取った。
「それで」
「総額はいくらです?」
エルカは紙を確認する。
そして。
少し笑った。
「金級パーティを除いた皆さんへの配分だけでも――」
金額を告げる。
その瞬間。
ミーナが固まった。
フィリスも固まった。
アリアが思わず二度見する。
ジンも目を丸くした。
「え?」
思わず声が漏れる。
エルカは肩を竦めた。
「スタンピードですから」
「しかも原因個体の討伐込みです」
「むしろ安い方ですよ」
リザリアが大笑いする。
「ははは!」
「相棒!」
「しばらく金に困らねぇな!」
レヴィアナ達も苦笑していた。
どうやら。
今回の遠征。
そしてスタンピード討伐。
その全てが予想以上の成果になったらしかった。
だが。
エルカはまだ資料を閉じなかった。
「実は」
その一言で。
室内が静かになる。
エルカは一枚の書類を取り出した。
そして。
まずリザリアを見る。
「リザリアさん」
「ん?」
「今回の功績ですが」
エルカは資料へ目を落とす。
「三度発生したスタンピード全てへ参加」
「三度とも前線での防衛に成功」
「そして今回」
「金級パーティと共に原因個体の討伐へ貢献」
リザリアが少し照れ臭そうに頭を掻く。
「まぁ」
「頑張ったからな」
「ええ」
エルカは頷く。
そして続けた。
「そのためギルドとしては」
「リザリアさんを金級冒険者へ推薦したいと考えています」
数秒。
沈黙。
そして。
「は?」
リザリアが固まった。
ヴァレルが吹き出す。
シオンも珍しく口元を緩める。
ルドヴィカは静かに拍手した。
レヴィアナは笑う。
「当然ね」
「いや待て待て待て」
リザリアが慌てる。
「ちょっと待て」
「本当に?」
「本当です」
エルカは即答した。
「実力」
「実績」
「人格評価」
「全て基準を満たしています」
「温泉街ギルドとして正式に推薦します」
リザリアはしばらく言葉を失った。
そして。
照れ臭そうに鼻を擦った。
「そりゃ……」
「悪くねぇな」
少し嬉しそうだった。
すると。
エルカはもう一枚の書類を手に取る。
そして。
今度はジンを見る。
「ザインさん」
「はい」
ジンは背筋を伸ばした。
エルカは静かに読み上げる。
「今回のスタンピードにおいて」
「前線での戦闘参加」
「原因個体への拘束魔術による決定的な貢献」
「そして」
エルカの視線がジンへ向く。
「温泉街外縁部へ蔦による防護柵を構築」
「あれにより被害は大幅に軽減されました」
アリアが頷く。
フィリスも頷く。
ミーナも頷いた。
事実だった。
あの蔦が無ければ。
温泉街へ魔獣が雪崩れ込んでいた。
負傷者も建物被害も比較にならなかっただろう。
エルカは続ける。
「さらに」
「原因個体討伐への直接参加」
「及び大魔術発動への支援」
室内が静かになる。
そして。
エルカは書類を閉じた。
「以上を総合して」
「温泉街冒険者ギルドは」
「ザインさんを金級冒険者へ推薦したいと考えています」
今度は。
ジンが固まった。
「……え?」
思わず声が漏れる。
レヴィアナが吹き出した。
リザリアも笑う。
「おい相棒」
「お前もだよ」
「いや」
ジンは本気で困惑していた。
「早くないですか?」
「早くないわ」
レヴィアナが即答する。
「むしろ今まで銀級だったのが不思議なくらいよ」
ヴァレルも大きく頷く。
「同感だな」
シオンも珍しく賛同した。
「妥当です」
ルドヴィカも短く言う。
「妥当」
グリムヴァルドは楽しそうに笑っていた。
アリアもどこか誇らしそうだった。
フィリスとミーナに至っては。
完全に納得した顔をしている。
エルカはそんな反応を見回し。
静かに微笑んだ。
「もちろん」
「推薦ですので最終決定ではありません」
「ですが」
狐耳が僅かに揺れる。
「恐らく問題なく承認されるでしょう」
そう言って。
二人の前へ書類を置いた。
一枚はリザリア。
もう一枚はジン。
春の終わり。
温泉街を守った戦いの報酬は。
金貨だけではなかった。
冒険者としての新たな階級もまた。
二人の前へ差し出されていたのだった。
だが。
エルカはそこで話を終えなかった。
書類を整え。
静かに続ける。
「ただし」
その一言で。
室内が再び静かになる。
「金級冒険者への昇格は銀級までとは異なります」
リザリアが腕を組む。
ジンも耳を傾けた。
エルカは頷く。
「推薦だけでは昇格しません」
「都市連合での審査」
「そして昇格試験があります」
ジンが首を傾げた。
「試験ですか」
「はい」
エルカは資料を一枚取り出す。
そこには都市連合の紋章が押されていた。
「金級は都市連合直属の上位冒険者です」
「国家間問題」
「大規模魔獣災害」
「迷宮災害」
「対軍規模の戦力運用」
そういった案件へ関わる事になります」
室内の空気が少し変わる。
銀級とは責任の重さが違う。
エルカは続ける。
「そのため」
「実力だけでなく」
「人格」
「判断力」
「指揮能力」
「危機対応能力」
これらも審査対象になります」
リザリアが苦笑した。
「俺そういうの苦手なんだが」
「だから推薦人がいるんですよ」
レヴィアナが即答した。
ヴァレルも笑う。
「お前は人望だけで合格しそうだな」
「失礼だなおい」
室内に笑いが起きる。
そして。
エルカは二人へ視線を向けた。
「ですので」
狐耳がゆっくり揺れる。
「リザリアさん」
「ザインさん」
「お二人には都市連合へ赴き」
「金級昇格試験を受けてもらいたいと考えております」
その言葉に。
ジンとリザリアは顔を見合わせた。
数秒。
沈黙。
そして。
リザリアが先に口を開く。
「へぇ」
口元が吊り上がる。
「面白そうじゃねぇか」
完全に前向きだった。
エルカも予想通りという顔をする。
一方。
ジンは少し考え込む。
都市連合。
金級昇格試験。
今まで自分とは無縁だと思っていた話だ。
だが。
周囲を見る。
レヴィアナ。
ヴァレル。
シオン。
ルドヴィカ。
皆金級だ。
そして。
グリムヴァルドも静かに頷いていた。
「行ってこい」
優しい声だった。
「今のお前なら問題無い」
アリアも頷く。
「私もそう思う」
フィリスとミーナも同じだった。
ジンは少しだけ笑う。
そして。
エルカを見る。
「分かりました」
そう答えた。
「受けます」
その言葉に。
エルカは満足そうに頷く。
「ありがとうございます」
そして。
新しい資料を机へ置く。
「それでは」
「次は日程の話をしましょう」
どうやら。
スタンピードが終わったと思ったら。
今度は新しい冒険が始まるらしかった。
エルカは資料をめくる。
金級昇格試験の話が一段落したところで。
ふと別の書類を手に取った。
「ああ、それと」
視線がフィリスへ向く。
「フィリスさん」
「はい」
フィリスが背筋を伸ばす。
エルカは資料を確認した。
「確か青銅級冒険者資格は取得済みでしたよね?」
「ええ」
「一応持っています」
フィリスが頷く。
冒険者活動が本職ではないが。
資格自体は取得済みだった。
エルカは微笑む。
「今回の功績を考慮しまして」
「フィリスさんを銅級冒険者へ昇格とします」
数秒。
沈黙。
そして。
「えっ」
フィリスが固まった。
「私ですか?」
「はい」
エルカは頷く。
「スタンピード防衛戦への参加」
「後方支援」
「現場での判断能力」
「十分な実績です」
「おめでとうございます」
フィリスはしばらく呆然としていた。
その横でミーナが拍手する。
「フィリスちゃんおめでとー!」
「えっ、いや、あの」
「本当に?」
珍しく動揺していた。
レヴィアナも笑う。
「良かったじゃない」
「ありがとうございます……」
まだ少し信じられないらしい。
エルカはそんな様子に微笑む。
そして。
今度はアリアとミーナを見る。
「それでですね……」
少しだけ困った顔になる。
「あー……」
珍しく言葉を選んでいた。
アリアが首を傾げる。
「どうかしました?」
「いえ」
「お二人についてなんですが……」
エルカは咳払いする。
「アリアさんは帝国猟兵隊長格」
「ミーナさんは帝国補給兵班長」
「ですよね?」
「そうね」
アリアが頷く。
ミーナも手を挙げた。
「そうだよー」
エルカは申し訳なさそうな顔になる。
「お金での報酬はこちらから出ます」
「当然です」
「ですが……」
少し困ったように笑った。
「昇格などの話は出来ないんです」
「軍部所属の方になりますので」
「そちらは帝国軍の管轄になります」
「あー」
アリアが納得する。
「そういう事」
「はい」
エルカは頭を下げた。
「申し訳ありません」
すると。
ミーナが慌てて手を振る。
「いやいや!」
「気にしてないよ!」
アリアも苦笑した。
「当然でしょう」
「むしろ軍人に冒険者昇格を渡された方が困るわ」
室内から笑いが起きる。
エルカも安心したように笑った。
「そう言っていただけると助かります」
そして。
書類を閉じる。
「ですが」
「今回のお二人の功績については」
「正式な報告書として帝国側へ提出させていただきます」
アリアが少し驚く。
「帝国へ?」
「はい」
エルカは頷く。
「恐らく帝国軍内部で何らかの評価はあると思います」
その言葉に。
ミーナの顔が少し引きつった。
「補給兵なのに?」
「補給兵なのに」
アリアが即答する。
「多分面倒な事になるわね」
「やだぁ……」
ミーナが机へ突っ伏した。
その様子を見て。
室内から笑いが漏れる。
どうやら。
昇格試験を受ける者もいれば。
別の意味で頭を抱える者もいるらしかった。
その様子を見て。
エルカも苦笑した。
どうやら。
二人とも別の意味で問題を抱えているらしい。
アリアは額へ手を当てる。
「私はまだ良いのよ」
「ん?」
リザリアが首を傾げる。
アリアはため息を吐いた。
「私は今」
「暗部を追っている事になっているからね」
その場にいた何人かが納得した顔になる。
帝国猟兵隊。
特にアリアの立場なら。
単独行動も珍しくない。
スタンピードに遭遇した。
協力した。
それだけでも十分説明が付く。
「まあ確かに」
レヴィアナも頷く。
「アリアならそういう任務で通るでしょうね」
「でしょう?」
アリアは肩を竦めた。
「問題は――」
全員の視線がミーナへ向く。
ミーナは既に嫌な顔をしていた。
「やだなぁ……」
ぽつりと漏らす。
「絶対やだなぁ……」
そして頭を抱えた。
「私なんて補給兵だよ?」
「補給兵だよ?」
二回言った。
よほど言いたいらしい。
「なんでスタンピードの最前線にいるのさぁ……」
正論だった。
フィリスが吹き出す。
ヴァレルも笑いを堪えている。
ミーナは本気で悩んでいた。
「どうしよう……」
「うーん……」
しばらく考える。
そして。
恐る恐るアリアを見る。
「一応……」
「うん」
「道中の補給の補佐として付いて来てました……」
「うん」
「って話にしておこうかしら……」
沈黙。
数秒。
そして。
アリアが天井を見上げた。
「まあ」
「一応通るわね」
「通るかなぁ!?」
「通ると思う」
「本当に!?」
「本当に」
アリアは真面目な顔で頷く。
「補給兵が現地へ同行する事自体は珍しくないもの」
「ただ」
「ただ?」
アリアが少し笑う。
「その補給兵が剣持って魔獣斬ってました、は説明しない方が良いわね」
室内が爆笑した。
ミーナは机へ突っ伏す。
「ですよねぇぇ……」
耳まで赤くなっていた。
ジンも思わず笑う。
実際。
ミーナは補給兵とは思えない動きをしていた。
むしろ並の冒険者より強い。
リザリアが腹を抱えて笑う。
「ははは!」
「補給兵がスタンピードで前線出てくるか普通!」
「だってしょうがないじゃん!」
ミーナが抗議する。
「ジン達だけ行かせられないし!」
その言葉に。
少しだけ場が静かになる。
アリアが横を見る。
フィリスも。
グリムヴァルドも。
ミーナはそこで気付いた。
「あ」
顔を赤くする。
「いやその」
「違うの」
「そういう意味じゃなくて」
慌て始める。
だが。
アリアは小さく笑った。
「分かってるわ」
フィリスも微笑む。
「ええ」
グリムヴァルドも頷いた。
ミーナは顔を伏せる。
「うぅ……」
どうやら。
スタンピードより。
報告書の方が厄介らしかった。




