スタンピード、終局
轟音が世界を揺らす。
炎。
光。
熱。
巨大ミミズを中心に。
災害そのもののような爆炎が吹き荒れていた。
レヴィアナの大魔術。
グリムヴァルドの炎の魔術。
そして。
その威力を異常なまでに引き上げた酸素の魔術。
爆炎はなおも燃え続ける。
巨大ミミズの断末魔が響く。
その時だった。
レヴィアナは違和感を覚えた。
「……え?」
一瞬だけ。
思考が戦闘から離れる。
今の炎。
威力が上がり過ぎている。
グリムヴァルドの炎が強力なのは分かる。
だが。
それだけではない。
この感覚。
知っている。
以前にもあった。
レヴィアナの脳裏にある光景が蘇る。
王蜜ダンジョン。
巨大な蟹型魔獣。
自分が炎の魔術を放った時。
隣にいた少年。
そして。
直後に異常なまでに膨れ上がった炎。
あの時も。
「酸素が増えた……?」
レヴィアナの瞳が揺れる。
そうだ。
あの時も同じだった。
炎が急激に膨張した。
そして。
その原因は。
ザインだった。
「まさか……」
レヴィアナが横を見る。
少し離れた場所。
仮面の青年。
浅黒い肌。
短く刈り込まれた白髪。
南方の装い。
知らない冒険者。
そのはずだった。
だが。
今の魔術。
あれは。
あの時と同じ。
ザインしか使えない。
いや。
少なくともレヴィアナは他に見たことがない。
そして。
さらに思い出す。
先程の紫色の蔦。
異質な魔力。
どこか見覚えのある気配。
今まで結び付かなかったものが。
一気に繋がる。
「……うそ」
思わず呟く。
だが。
まだ確信は無い。
確かめたい。
だが。
今は戦闘中だ。
巨大ミミズはまだ倒れたか分からない。
だから。
レヴィアナは杖を握り直す。
視線だけをその青年へ向けながら。
小さく呟いた。
「ザイン……?」
その声は爆炎の轟音に掻き消された。
本人の耳には届かなかった。
だが。
レヴィアナの胸の鼓動だけは。
少しずつ早くなっていた。
爆炎が徐々に収まっていく。
熱風が吹き抜ける。
焦げた臭いが辺りへ広がる。
巨大ミミズがいた場所は。
もはや巨大なクレーターになっていた。
帝国兵達も。
冒険者達も。
金級パーティも。
その光景に息を呑んでいる。
そんな中。
レヴィアナだけは別の事を考えていた。
紫色の蔦。
酸素の魔術。
そして。
どこか見覚えのある魔力。
視線が自然と仮面の青年へ向く。
「……まさか」
小さく呟く。
その瞬間だった。
青年がこちらを見る。
そして。
ぱちり。
仮面を外した。
白髪。
整った顔立ち。
そして。
黄金の魔眼。
レヴィアナが固まる。
ヴァレルも固まる。
シオンも。
ルドヴィカも。
リザリアも。
全員固まった。
数秒。
誰も何も言わない。
そして。
ジンが首を傾げた。
「え?」
きょとんとしている。
「気付いてなかったんですか?」
沈黙。
さらに続ける。
「いや」
少し困ったように笑う。
「僕、あの時も仮面してたじゃないですかぁ」
その言葉で。
レヴィアナの思考がようやく動き出す。
確かにそうだ。
王蜜ダンジョンの時も。
温泉街の事件の後も。
仮面を付けていた。
だが。
今は全然違う。
肌は浅黒い。
髪は短い。
身体つきも違う。
左腕もある。
そして何より。
左目がある。
レヴィアナは杖を持ったまま指を差した。
「いやいやいやいや!」
珍しく取り乱していた。
「気付く訳ないでしょ!?」
「そうですか?」
「そうよ!!」
ヴァレルも頷く。
「そうだぞ!」
シオンも珍しく同意した。
「流石に無理があります」
ルドヴィカも頷く。
「別人」
リザリアは額を押さえていた。
「お前なぁ……」
双剣を肩に担ぐ。
「俺達からしたら左目失ったまま行方不明みたいなもんだったんだぞ」
「そうなんですか?」
「そうなんだよ!」
全員がツッコんだ。
ジンは少しだけ申し訳なさそうな顔をする。
「すみません」
「そこじゃない!」
レヴィアナが叫ぶ。
「左目!?」
「はい」
「あるじゃない!!」
「ありますね」
「左腕も!?」
「あります」
「髪も短いし!」
「切りました」
「肌焼けてるし!」
「南方ですから」
「だからって!」
もはや収拾が付かない。
周囲の帝国兵達や冒険者達も。
ぽかんとして見ていた。
なんだかよく分からないが。
どうやら知り合いだったらしい。
そんな空気だった。
そして。
レヴィアナはようやく一つ息を吐く。
改めてジンを見る。
以前より健康そうな顔。
しっかりした身体。
そして。
生きている。
元気そうに。
それを確認して。
レヴィアナは少しだけ笑った。
「……元気そうじゃない」
その言葉に。
ジンも少し笑う。
「はい」
短い返事だった。
だが。
それだけで十分だった。
そのやり取りを聞いていたリザリアが腕を組む。
「ったく」
呆れたように息を吐く。
すると。
ジンが首を傾げた。
「そういえば」
「ん?」
「行方不明ってなんですか」
リザリアが瞬きをする。
「は?」
「ちゃんと帰ってきますからねって言ったじゃないですか」
ジンは不思議そうだった。
本当に不思議そうだった。
リザリアはしばらく固まる。
そして。
盛大に吹き出した。
「相棒!!」
双剣を肩へ担ぐ。
「そりゃおめえ!」
思い切り指を差す。
「見た目がからっきし変わっちまったら分かんねえよ!!」
「そうですか?」
「そうだよ!!」
即答だった。
ヴァレルも頷く。
シオンも頷く。
レヴィアナも頷く。
ルドヴィカまで頷いた。
満場一致だった。
ジンは少しだけ納得していない顔をする。
「そんなに変わりました?」
「変わった!」
「変わりました」
「変わったわよ!」
「変わった」
全員だった。
そして。
リザリアがふと気付く。
「あ?」
顔を近付ける。
ジンの左目。
先程から気になっていた。
思わず顔を掴む。
がしっ。
「ちょっ」
逃がさない。
リザリアは強引に顔を向けさせた。
「お!?なんだその目!」
黄金の瞳。
以前は無かった。
失われたはずの左目。
今はそこにある。
「治ったのか!?」
声が明るくなる。
「良かったなぁ!」
本当に嬉しそうだった。
そして。
ぐいっと顔を寄せる。
至近距離。
ジンが少し困る。
「近いですって」
「黙ってろ」
リザリアは目を細めた。
そして。
そのまま。
左目を覗き込む。
黄金の瞳。
縦長の瞳孔。
そこで。
リザリアが固まった。
「……あ?」
目を瞬かせる。
もう一度見る。
間違いない。
金色。
自分と同じ。
いや。
瓜二つだった。
周囲も気付く。
レヴィアナが目を丸くする。
シオンも珍しく表情を変えた。
ヴァレルが唸る。
「おい」
リザリアが呟く。
「なんだこれ」
ジンが首を傾げる。
「魔眼です」
「そうじゃねえ」
リザリアはなおも見つめる。
その瞳を。
まるで鏡を見るようだった。
「俺の目と同じじゃねえか」
静かな声だった。
ジンも少し驚く。
そう言われてみれば。
確かに似ている。
いや。
似ているどころではない。
色も。
輝きも。
ほとんど同じだった。
しばし。
二人は見つめ合う。
そして。
リザリアがぽつりと呟く。
「なんか…似合わなねえなぁ」
「酷くないですか?」
即座に返された。
その瞬間。
周囲から笑いが起きた。
戦場だった。
スタンピードだった。
巨大魔獣もいた。
だが。
それでも。
こうして笑えるくらいには。
状況は落ち着いていたのだった。
周囲から笑いが起きる。
戦場の緊張も少しずつ解けていく。
だが。
リザリアはまだジンの顔を掴んだままだった。
「ちょっと離してくださいって」
「嫌だ」
即答だった。
そして。
リザリアは改めてジンを上から下まで眺める。
じーっと。
本当に隅々まで。
「……なんだよ」
ジンが居心地悪そうに言う。
すると。
リザリアは大きくため息を吐いた。
「それにな」
「はい?」
「なんだよその格好」
ジンは自分を見る。
南方エルフの衣装。
左脚と胸の傷を隠し。
それ以外はかなり露出の多い格好だ。
暑い南方では普通だった。
だが。
リザリアは納得していない。
「お前」
指を差す。
「街を出る時は黒いローブに黒いフードだったろ?」
「そうですね」
「なんでそんなに身体を露出させちまってるんだよ」
「暑いですから」
「そういう問題じゃねえ!」
即座に返された。
周囲から笑いが漏れる。
リザリアは頭を抱えた。
「本当に……」
呆れたように。
だけどどこか安心したように。
笑う。
「お姉さんは悲しいぜぇ?」
わざとらしく目元を拭う真似をする。
ジンは苦笑した。
「別に変な格好じゃないですよ」
「いや変わったよ」
「変わってないです」
「変わった」
「変わってません」
言い合いになる。
すると。
レヴィアナが横から口を挟む。
「変わったわね」
「レヴィアナさんまで」
「変わった」
ルドヴィカも頷く。
「変わりましたね」
シオンまで同意する。
ヴァレルは腕を組みながら笑った。
「坊主の頃より随分逞しくなったな」
「だから誰も気付かなかったんですよ」
それを聞いて。
リザリアが大きく頷いた。
「そう!」
「それだ!」
ジンを指差す。
「肌焼けてる!」
「はい」
「髪短い!」
「はい」
「身体デカくなってる!」
「そうですか?」
「なってる!」
そして。
最後に黄金の瞳を見る。
「目まで増えてる!」
「増えてはないです」
また周囲から笑いが起きる。
リザリアはしばらくジンを見ていた。
以前より健康そうな顔。
しっかりした身体。
ちゃんと両目で前を見ている。
そして。
ちゃんと生きている。
それを確認して。
リザリアはようやく手を離した。
「ま」
双剣を肩に担ぐ。
「元気そうで何よりだ」
その言葉だけは。
冗談ではなかった。
ジンも少しだけ笑う。
「はい」
短い返事だった。
だが。
それで十分だった。
巨大ミミズは動かない。
その巨体は黒く焼け焦げ。
ところどころから煙を上げていた。
レヴィアナの大魔術。
グリムヴァルドの炎。
そしてジンの補助魔術。
その全てを受けてなお生きていられる魔獣などそうはいない。
周囲の冒険者達から歓声が上がる。
帝国兵達も安堵の息を吐いた。
温泉街は守られた。
少なくとも。
最大の脅威は排除されたのだ。
すると。
リザリアが双剣を肩へ担ぐ。
巨大ミミズの死骸を見上げ。
ふんと鼻を鳴らした。
「さぁて」
双剣をくるりと回す。
そして。
今度は温泉街方面へ視線を向けた。
そこではまだ魔獣達が暴れている。
スタンピードの残党。
数は減った。
だがまだ多い。
「このデカブツをようやく倒せた事だし」
双剣を構える。
獰猛な笑み。
完全に戦闘態勢だった。
「後は雑魚を蹴散らすだけだな」
その言葉に。
ヴァレルが槍を肩へ担ぐ。
「そうだな」
シオンは新しい矢を番える。
「まだ終わっていません」
ルドヴィカも大斧を握り直した。
「狩る」
短い一言。
レヴィアナは杖を突く。
流石に大魔術の直後だ。
多少疲労は見える。
それでも。
笑っていた。
「全く」
「休む暇も無いわね」
そして。
ジンへ視線を向ける。
「ザイン」
「はい?」
「その話は後で聞くから」
「え?」
「色々ね」
意味深だった。
ジンは少し嫌な予感がした。
だが。
今はそれどころではない。
アリアが雷撃弓を構える。
グリムヴァルドも魔力を練る。
フィリスとミーナも剣を抜いた。
帝国兵達も隊列を整える。
冒険者達も武器を構える。
そして。
リザリアが先頭で叫んだ。
「行くぞ野郎ども!!」
歓声が上がる。
「おおおおおっ!!」
温泉街の守り手達が一斉に駆け出した。
スタンピードはまだ終わっていない。
だが。
今ここにいる者達の顔に不安は無かった。
巨大ミミズを倒したのだ。
残る魔獣など恐れるに足りない。
リザリアの双剣が閃く。
ヴァレルの槍が唸る。
シオンの矢が空を裂く。
ルドヴィカの大斧が振り下ろされる。
その後ろから。
雷。
炎。
風。
蔦。
様々な魔術が戦場を駆け抜けた。
そして。
温泉街へ向かう最後の戦いが始まった。
戦いは―――
終わってみれば呆気なかった。
巨大ミミズが倒れた時点で。
勝敗はほぼ決まっていた。
スタンピードを引き起こしていた元凶。
それが排除された。
残された魔獣達は統率を失い。
ただ暴れるだけの獣となる。
そして。
この温泉街には。
それを狩る者達が多過ぎた。
ヴァレルの槍が魔獣を貫く。
シオンの矢が逃げる個体を射抜く。
ルドヴィカの大斧が群れを吹き飛ばす。
レヴィアナの魔術が遠距離から焼き払う。
リザリアの双剣が閃く度に魔獣が倒れる。
帝国兵達も。
冒険者達も。
次々と魔獣を討伐していく。
気付けば。
温泉街へ向かっていた群れはほぼ壊滅していた。
そして。
最後の一体が倒れる。
静寂。
春の風が吹き抜ける。
誰かがぽつりと呟いた。
「終わったな……」
その言葉を切っ掛けに。
歓声が上がった。
帝国兵達。
冒険者達。
皆が武器を掲げる。
温泉街は守られた。
しかも。
被害は驚くほど少ない。
死者はほぼ無し。
負傷者も軽傷が大半。
奇跡的な勝利だった。
ジンも長巻を鞘へ収める。
しゃり。
朝霧の家紋が刻まれた鞘が小さく鳴った。
その時。
リザリアが双剣を肩へ担ぎながら近付いてくる。
「おーい!」
その後ろには。
レヴィアナ。
ヴァレル。
シオン。
ルドヴィカもいた。
レヴィアナはジンを見る。
先程の戦いを思い返す。
紫の蔦。
酸素の魔術。
そして。
あの戦い方。
王蜜ダンジョンで見たものと何も変わっていない。
違うのは見た目だけだった。
だから。
レヴィアナは呆れたように笑った。
「やっぱりザインだったじゃない」
ジンは首を傾げる。
「だからそう言ったじゃないですか」
「言ってないわよ」
「言いましたよ」
「言ってない」
ヴァレルが吹き出す。
シオンも僅かに笑う。
ルドヴィカも口元を緩めた。
そして。
レヴィアナは改めてジンを見る。
肌は焼けている。
髪は短い。
体付きも変わった。
左腕もある。
左目もある。
だが。
魔術だけは変わらなかった。
だからこそ。
彼女は安心したように微笑む。
「無事だったのね」
その言葉だけは。
冗談ではなかった。
ジンも少し笑う。
「はい」
短い返事。
だが。
それだけで十分だった。




