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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
194/197

ミミズの魔獣

「来ます!!」


ジンが叫ぶ。


その瞬間だった。


裂け目の奥。


巨大な熱源が動く。


ずずずずずずず―――


大地が盛り上がる。


岩が砕ける。


木々が倒れる。


そして。


巨大なミミズ型魔獣が姿を現した。


その巨体に。


帝国兵達が息を呑む。


だが。


既に戦闘は始まっていた。


轟音。


巨大な魔術が魔獣へ叩き込まれる。


その中心には。


長杖を構えた金髪の魔術師。


レヴィアナ・アストレイ。


前方では。


ヴァレル・ハイムが長槍を振るい。


魔獣達の侵攻を押し留めている。


後方からは。


シオン・ラビエルの矢が正確に急所を射抜く。


さらに。


ルドヴィカ・ベルグレインが巨大な大斧を振るい。


魔獣をまとめて吹き飛ばしていた。


金級パーティ。


既に前線へ到着している。


そして。


その少し横。


銀髪の女性が大型の双剣を振るっていた。


リザリアだった。


「春になってもう三回目だぞコイツ!!」


双剣が閃く。


魔獣が吹き飛ぶ。


「いい加減にしろ!!」


また一体。


「穴を開けるな!!」


さらに二体。


「街の近くに出るな!!」


本気で怒っていた。


その時。


ジンが長巻を構えながら前へ出る。


黒い仮面。


浅黒く焼けた肌。


短く刈り込まれた白髪。


南方エルフの装い。


以前とはまるで別人だった。


レヴィアナがちらりと視線を向ける。


知らない冒険者。


そう認識した。


ヴァレルも。


シオンも。


ルドヴィカも。


誰一人として気付かない。


それほど変わっていた。


だが。


グリムヴァルドは知っている。


アリアも知っている。


フィリスも。


ミーナも。


この姿になるまでを見てきた。


だからこそ。


少しだけ可笑しかった。


かつて温泉街で誰よりも目立っていた少年が。


今では誰にも気付かれていないのだから。


ジンはそんな事など気にせず。


長巻を握り締める。


その視線はただ一つ。


巨大ミミズ型魔獣へ向いていた。


巨大ミミズが咆哮する。


大地が揺れる。


その周囲では。


無数の魔獣達がなおも溢れ出していた。


このままでは前衛が巨大魔獣へ集中できない。


誰かが露払いを続ける必要がある。


リザリアは双剣を振るう。


右の剣で首を飛ばし。


左の剣で胴を裂く。


だが。


数が多い。


「ちっ!」


舌打ちする。


その時だった。


横を風が駆け抜けた。


ひゅん―――


銀色。


いや。


白髪の青年だった。


仮面を付けたその冒険者が。


長巻を抜き放つ。


一閃。


魔獣がまとめて吹き飛ぶ。


さらに。


左腕が光った。


地面から蔦が噴き出す。


数体の魔獣を拘束。


直後。


風の刃が飛ぶ。


まとめて切断された。


そのまま。


青年はリザリアの横へ並ぶ。


「援護します」


短い言葉。


だが。


声は落ち着いていた。


リザリアはちらりと横を見る。


見覚えのない冒険者。


銀級だろうか。


だが。


動きは良い。


かなり良い。


魔獣を捌く速度も。


判断も。


そして何より。


前へ出過ぎない。


周囲がよく見えている。


リザリアは思わず笑う。


「お、おお……」


双剣で飛び掛かってきた魔獣を斬り飛ばす。


「助かるぜ」


そう言って。


再び前を向く。


ジンも頷く。


「はい」


長巻を振るう。


一体。


二体。


三体。


魔獣が倒れる。


リザリアも双剣を振るう。


二人の周囲だけ。


不思議なほど魔獣が近付けなくなっていた。


息も合っている。


初めて共闘する相手のはずなのに。


まるで以前から一緒に戦っていたような感覚だった。


だが。


リザリアはまだ気付かない。


横で戦うその青年が。


かつての相棒。


ザイン本人だとは。


夢にも思っていなかった。


魔獣の群れは徐々に数を減らしていく。


アリアの雷撃。


グリムヴァルドの広域魔術。


帝国兵達の迎撃。


冒険者達の奮戦。


そして。


リザリアとジンによる露払い。


ついに。


巨大ミミズの周囲にいた魔獣達はあらかた排除されていた。


「今だ!」


誰かが叫ぶ。


巨大ミミズが身体を持ち上げる。


地面が揺れる。


だが。


その瞬間だった。


ジンが一歩前へ出る。


左腕の義手へ魔力を流した。


禍々しい紫色の魔力。


義手の隙間から漏れ出す。


どくり。


生き物のように脈打つ。


そして。


地面へ手を向けた。


「――止まれ」


次の瞬間。


大地が割れた。


轟音。


地中から巨大な蔦が飛び出す。


一本ではない。


二本。


三本。


十本。


まるで大蛇のような紫色の蔦。


それらが巨大ミミズへ巻き付いた。


ぎしぎしぎしっ――


外殻が軋む。


巨大ミミズが暴れる。


だが。


蔦は離れない。


さらに締め上げる。


遂には。


巨大な身体がその場へ縫い付けられた。


「何っ!?」


ヴァレルが目を見開く。


ルドヴィカも僅かに驚いた表情を見せる。


あの巨体を。


力尽くで拘束している。


並の魔術ではない。


そして。


レヴィアナが振り返った。


彼女はその魔力を見た。


紫色。


異質な魔力。


どこか見覚えのある。


いや。


忘れようとしても忘れられない魔力。


「……っ」


一瞬だけ。


表情が動く。


だが。


今は戦場だ。


考えている暇は無い。


レヴィアナは即座に意識を切り替えた。


長杖を構える。


膨大な魔力が集まり始める。


風が渦巻く。


空気が震える。


大魔術。


金級魔術師レヴィアナ・アストレイ最大級の攻撃魔術。


その詠唱が始まった。


「――悠久の空を巡る星々よ」


静かな声。


だが。


周囲の魔力が呼応する。


グリムヴァルドが振り返る。


その規模を理解していた。


「なるほど」


僅かに笑う。


「派手にやるつもりだな」


その間。


前衛達が動く。


ヴァレルが槍を構えた。


「詠唱終わるまで守るぞ!」


「当然だ」


ルドヴィカが大斧を握る。


シオンは既に矢を番えていた。


そして。


三人が同時に飛び出す。


ヴァレルの槍が巨大ミミズの頭部へ突き刺さる。


轟音。


巨体が揺れる。


ルドヴィカは側面へ回り込む。


大斧が振り下ろされる。


外殻が砕ける。


シオンの矢が飛ぶ。


眼球。


関節。


柔らかい部位。


正確に射抜いていく。


巨大ミミズが暴れる。


だが。


動けない。


紫の蔦が拘束している。


さらに。


ジンも前へ出る。


長巻を構える。


グリムヴァルドも魔力を練る。


アリアは雷撃弓を引き絞る。


全員が理解していた。


今。


この瞬間。


レヴィアナの大魔術へ繋げる。


それが最善だと。


巨大ミミズは咆哮する。


拘束を破ろうと暴れる。


だが。


もう遅い。


レヴィアナの詠唱は。


既に最終段階へ入っていた。


レヴィアナの詠唱が続く。


膨大な魔力。


周囲の空気そのものが震えていた。


金級魔術師の本気。


その場にいる誰もが理解している。


これが決まれば終わる。


だが。


その時だった。


グリムヴァルドが前へ出る。


杖を掲げた。


「ほう」


レヴィアナの魔力を見る。


そして。


静かに笑った。


「ならば私も合わせよう」


膨大な魔力が解放される。


南方魔術。


それも遠距離殲滅用の高火力魔術。


炎の魔力が集まる。


熱風が吹き荒れる。


空気が揺らぐ。


周囲の帝国兵達が思わず後退る。


「なっ……」


「まだ上がるのか……」


魔力の密度が異常だった。


レヴィアナも一瞬だけ視線を向ける。


グリムヴァルド。


南方最高峰の魔術師。


その名に恥じぬ魔力だった。


そして。


さらにもう一人。


レヴィアナの側へ近付く影があった。


ジンだった。


「危ない!」


近くにいた冒険者が叫ぶ。


大魔術の発動直前。


普通なら近寄る場所ではない。


だが。


ジンは止まらない。


そのままレヴィアナの隣へ立った。


レヴィアナが僅かに目を向ける。


仮面の青年。


先程から異質な魔術を使っている冒険者。


何をするつもりなのか。


その答えはすぐに分かった。


ジンは左腕へ魔力を流す。


南方魔術。


補助系統。


酸素操作。


目立たない。


派手さも無い。


だが。


極めて危険な魔術。


「――」


詠唱は無い。


ただ魔力だけを流す。


次の瞬間。


巨大ミミズの周囲。


空間そのものへ酸素が集まり始める。


見えない。


だが。


グリムヴァルドは気付いた。


思わず目を見開く。


「なるほど」


そういう事か。


炎。


そして酸素。


火力を増幅する最適解。


南方魔術らしい合理性だった。


レヴィアナはそこまで理解していない。


だが。


空気が変わった事だけは分かる。


そして。


詠唱が終わる。


「――降り注げ」


レヴィアナが杖を振るう。


同時に。


グリムヴァルドも杖を振り下ろした。


世界が白く染まった。


轟音。


巨大な光。


レヴィアナの大魔術が巨大ミミズへ直撃する。


その瞬間。


グリムヴァルドの炎が重なる。


爆発。


いや。


爆発という言葉では足りない。


災害だった。


ジンが集めた酸素が。


その炎をさらに増幅する。


熱。


衝撃。


光。


全てが混ざり合う。


巨大な火柱が空へ伸びる。


温泉街からも見えた。


雲を焦がすほどの業火。


そして。


その中心には。


巨大ミミズがいた。


拘束されたまま。


逃げる事も出来ず。


二人の大魔術を受け止めるしかなかった。


誰も言葉を失う。


帝国兵も。


冒険者も。


金級パーティも。


ただその光景を見ていた。


まるで。


伝承に語られる英雄達の戦いを。


目の当たりにしているようだった。


そして。


爆炎の中。


巨大ミミズの断末魔が響いた。

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