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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
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平和な旅

温泉街への帰り道。


馬車はゆっくりと街道を進んでいた。


かつては雪に覆われていた景色。


だが今は違う。


白く積もっていた雪はすっかり消え。


大地には新しい緑が顔を出している。


吹く風も暖かい。


春の気配が漂っていた。


馬車の窓から外を眺めながら。


ジンはふと呟く。


「暖かくなりましたね」


「そうだねぇ」


ミーナも窓の外を見る。


少し前まで凍えるような寒さだったのが嘘のようだった。


アリアは座席へ寄り掛かりながら目を細める。


「もう春か」


季節は確実に進んでいた。


南方エルフの里へ向かった頃とは。


空気そのものが違う。


馬車は心地よく揺れる。


ジンは長巻へ視線を向けた。


朝霧の家紋が入った新しい武器。


そして収納魔術の中には。


大量の水煙草。


南方エルフの土産。


思い出。


色々な物が詰まっている。


温泉街を出てから。


随分と色々な事があった。


左目を失った。


義手を失った。


そして。


取り戻した。


魔眼を得た。


義手も戻った。


身体も以前より健康になった。


髪の根元には黒が戻り始めている。


左腕も自由に動く。


以前の自分では考えられないほどだった。


馬車の反対側では。


グリムヴァルドが静かに本を読んでいる。


フィリスは何やら書き物をしていた。


ミーナはうとうとしている。


アリアは窓の外を眺めていた。


穏やかな時間だった。


戦いも無い。


事件も無い。


ただ旅をしているだけ。


それが妙に心地良い。


ジンは窓の外を見る。


遠くには山々。


青い空。


暖かな風。


そして。


帰る場所。


温泉街が待っている。


カティア達もいるだろう。


ギルドの面々も。


金級パーティも。


皆元気にしているだろうか。


そんな事を考える。


すると。


ミーナが目を開ける。


「そういえば」


「はい?」


「帰ったらまず何するの?」


ジンは少し考える。


そして。


真面目な顔で答えた。


「水煙草吸います」


沈黙。


「帰って最初に?」


アリアが聞く。


「はい」


「それ最優先?」


フィリスも顔を上げる。


「族長の調合したやつ試したいですし」


真顔だった。


ミーナが吹き出す。


アリアも笑う。


グリムヴァルドですら口元を緩めた。


暖かな春の空気の中。


馬車は温泉街へ向かって進んでいく。


旅は終わりに近付いていた。


けれど。


その終わりは。


どこか穏やかで。


心地の良いものだった。


道中は驚くほど平和だった。


馬車は街道を進む。


春の陽気。


暖かな風。


遠くで鳥の鳴き声が聞こえる。


魔獣の襲撃も無い。


野盗も現れない。


実に平和だった。


ミーナなどは途中から完全に気を抜いていた。


「平和だねぇ」


「平和ですね」


ジンも頷く。


以前なら考えられないほど静かな旅だった。


もっとも。


野盗が少ないのは分かる。


春だ。


畑を耕す時期。


木を切る時期。


街道整備もある。


商人達も動き始める。


冒険者ギルドにも依頼が増える。


真っ当な仕事が増える季節だった。


わざわざ命懸けで野盗をするより。


普通に働いた方が稼げる。


そういう者も多いのだろう。


だから野盗が少ない事には納得できた。


だが。


ジンは窓の外を見ながら首を傾げる。


「魔獣も少ないですね」


その一言に。


グリムヴァルドが本から顔を上げた。


「私も気になっていた」


フィリスも頷く。


「確かに」


「この辺りなら何度か遭遇してもおかしくありません」


温泉街と港町を結ぶ街道。


整備はされている。


だが周囲には森もある。


魔獣が全く出ない方がおかしい。


アリアも腕を組んだ。


「静か過ぎる」


ジンは窓から森を見る。


魔眼は使っていない。


それでも。


どこか違和感があった。


魔獣の気配が無い。


まるで。


何かを避けているような。


そんな印象だった。


「大移動でもあったんですかね」


ミーナが言う。


グリムヴァルドは首を横に振る。


「この時期に一斉移動する魔獣は少ない」


「縄張り争いでも起きていない限りな」


フィリスは手帳を開く。


「そういえば」


「最近のギルド報告にも魔獣討伐依頼が少ないですね」


その言葉に。


全員が少し黙る。


偶然にしては出来過ぎている。


だが。


理由は分からない。


馬車は進む。


暖かな春の街道を。


静かな森の横を。


その時だった。


窓の外を眺めていたジンが。


ふと眉をひそめた。


「……?」


「どうしたの?」


アリアが聞く。


ジンは少し考える。


そして。


小さく首を傾げた。


「いや」


「なんでもないです」


そう言った。


だが。


何となく気になった。


森の奥。


遥か遠く。


ほんの一瞬だけ。


何か大きな熱源が見えた気がしたのだ。


魔眼を使った訳でもない。


気のせいかもしれない。


けれど。


胸の奥に小さな違和感だけが残った。


春の街道は穏やかだった。


穏やか過ぎるほどに。



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