親父殿
翌朝。
朝霧家の屋敷は早くから動き始めていた。
旅支度。
馬車の整備。
荷物の積み込み。
使用人達が慌ただしく動いている。
ジンもまた。
洗濯され綺麗になった南方の装いへ着替えていた。
浅黒い肌。
短く整えられた白髪。
仮面の奥に隠された魔眼。
そして南方エルフの衣装。
すっかり見慣れた姿になっている。
荷物も確認した。
武器もある。
水煙草も大量にある。
問題無い。
「それじゃあ行ってきます」
ジンは馬車へ乗り込もうとする。
アリア達も既に準備は終わっていた。
すると。
源蔵がふと思い出したように口を開く。
「そうじゃ」
「ん?」
「例の物を持ってきてくれ」
源蔵は近くにいた獣人の使用人へ声を掛けた。
使用人は一礼すると。
屋敷の中へ戻っていく。
ジンは首を傾げる。
しばらくして。
獣人の使用人が戻ってきた。
その手には。
長い包みが抱えられていた。
源蔵が受け取る。
そして。
ジンへ差し出した。
「ほれ」
ずしり。
思ったより重い。
ジンはそれを受け取る。
長い。
杖のようにも見える。
だが。
妙に重心がおかしい。
先端も少し反っていた。
「これは?」
源蔵は満足そうに笑う。
「お主のために用意した」
ジンは包みを解く。
現れたのは。
黒塗りの杖だった。
いや。
杖に見えた。
「杖……ですか?」
「ほれ」
源蔵が顎で促す。
「抜いてみい」
抜く?
ジンは少し眉をひそめる。
そして気付く。
鞘だ。
杖ではない。
刀のように握る部分がある。
ジンはゆっくり引き抜いた。
しゃり。
鋼の音が鳴る。
次の瞬間。
その正体が現れた。
反りのある刃。
長い柄。
そして。
長巻。
ジンの目が見開かれる。
「これは……」
昨日。
初めて握った武器。
だが。
驚くほど身体に馴染んだ武器。
源蔵は腕を組む。
満足そうだった。
「一目で分かったからの」
「お主には刀よりこっちじゃ」
ジンは刃を見る。
美しい。
派手ではない。
だが。
丁寧に作られている事が分かる。
握る。
やはり馴染む。
まるで昔から持っていたかのように。
源蔵は笑う。
「杖に見えるよう細工してある」
「旅では便利じゃろう」
確かにそうだった。
長柄武器を背負っていれば目立つ。
だが。
杖に見えるなら話は別だ。
フィリスが感心した声を漏らす。
「凄いですね」
「職人に無理を言った」
源蔵は誇らしげだった。
水蓮も嬉しそうに頷いている。
「とても似合うと思います」
ジンはしばらく長巻を眺める。
そして。
ゆっくり頭を下げた。
「ありがとうございます」
珍しく素直だった。
源蔵は豪快に笑う。
「うむ!」
「使い潰してこい!」
「壊したら怒りますよ」
「なら壊れる前に戻ってこい!」
館の者達が笑う。
ジンも少し笑った。
そして。
ジンは長巻を鞘へ収める。
しゃり。
静かな音が響く。
改めて手に取る。
黒塗りの鞘。
派手さは無い。
だが丁寧に作られている。
その時だった。
ふと。
鞘の根元へ視線が向く。
「……?」
小さな金具。
そこに刻まれていた紋様を見て。
ジンは固まった。
見覚えがある。
朝霧家の家紋だった。
ジンはゆっくり顔を上げる。
源蔵を見る。
源蔵は。
にっこり笑っていた。
嫌な予感しかしない。
「源蔵さん」
「うむ」
「なんで朝霧家の家紋が入ってるんですか」
源蔵の笑顔がさらに深くなる。
「受け取ってくれたと言うことはアレじゃ」
嫌な予感が完成した。
「正式にお主は朝霧の者じゃ!」
堂々と言い切った。
沈黙。
使用人達が笑いを堪えている。
ミーナは吹き出しそうになっていた。
フィリスは額を押さえている。
アリアは苦笑していた。
だが。
ジンはすぐには返事をしなかった。
長巻を見る。
朝霧の家紋。
そして。
ふと視線を横へ向ける。
水蓮の腰に差された刀。
その鞘にも。
同じ家紋があった。
さらに。
源蔵の腰。
二振りの刀。
そこにも同じ紋。
朝霧家の者達が持つ印。
ジンはしばらく黙る。
この館へ来てからの事を思い出していた。
源蔵。
水蓮。
門下生達。
使用人達。
何度も世話になった。
何度も助けられた。
帰ってくれば歓迎される。
無茶苦茶な扱いもされる。
息子扱いもされる。
正直。
未だによく分からない。
だが。
嫌ではなかった。
不思議と。
嫌ではなかった。
源蔵も何も言わない。
ただ待っている。
やがて。
ジンは小さく息を吐いた。
そして長巻を背負う。
源蔵を見る。
少し困ったように。
少し照れ臭そうに。
それでも。
真っ直ぐに。
口を開いた。
「……親父殿」
その場の空気が止まる。
源蔵が固まる。
水蓮も目を見開いた。
門下生達も固まる。
使用人達も固まる。
ジンはそんな周囲を見ない。
ただ源蔵を見ていた。
そして。
少しだけ笑う。
「行って参ります」
静かな声だった。
だが。
確かにそう言った。
沈黙。
次の瞬間。
源蔵の顔が崩れた。
満面の笑みだった。
「うむ!!」
今までで一番大きな声だった。
「うむ!!」
二回言った。
本当に嬉しそうだった。
隣では。
水蓮がぱぁっと顔を明るくしている。
使用人達もどこか誇らしげだ。
門下生達など拍手し始めている。
フィリスは笑いを堪えていた。
ミーナは肩を震わせている。
アリアも優しく微笑んでいた。
源蔵は大きく頷く。
「行ってこい!!」
豪快な声が響く。
「そしてまた帰ってこい!!」
「はい」
ジンは素直に頷いた。
そして馬車へ乗り込む。
グリムヴァルドも。
アリアも。
ミーナも。
フィリスも続いた。
馬車がゆっくり動き始める。
見送りの声が響く。
その中で。
源蔵は最後まで笑っていた。
そして。
ジンも一度だけ振り返る。
朝霧の家紋が入った長巻が背中で揺れていた。
不思議と。
その重みは嫌ではなかった。




