表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
190/197

暖かな朝霧家

結局。


ジンは一度着替えさせられる事になった。


池へ盛大に落ちたのだから当然だった。


使用人達に半ば強引に連れて行かれ。


戻ってきた頃には。


すっかり東方の装いになっていた。


濃紺の着物。


帯で締められた腰。


慣れない格好ではあったが。


以前にも何度か着ている。


不思議と違和感は無かった。


「似合っておるな!」


源蔵が満足そうに言う。


「そうですか?」


「うむ!」


「息子だからな!」


「違います」


即答だった。


周囲から笑いが起きる。


その後。


約束通り。


中庭で水蓮と軽く手合わせをした。


源蔵との戦いの後だからか。


水蓮の剣筋は驚くほど見えた。


もちろん強い。


だが。


源蔵が異常だっただけだ。


何度か木刀を交え。


互いに一撃ずつ取った所で終わる。


「むぅ……」


水蓮は少し悔しそうだった。


「ジン殿強くなっております」


「水蓮さんも強くなってますよ」


ジンがそう言うと。


水蓮は少し目を丸くした。


「そうでしょうか?」


「はい」


ジンは頷く。


「前よりずっと剣が鋭くなってます」


「さっきも何度か危なかったですし」


水蓮は少し照れたように笑った。


「それなら嬉しいです」


そう言いながら。


木刀を胸の前で抱える。


どこか誇らしそうだった。


そして。


夜。


宴が始まる。


広間には料理が並ぶ。


魚。


煮物。


焼き物。


汁物。


東方独特の料理達だった。


そして。


中央には大きな釜。


炊きたての白米。


湯気が立っている。


ジンは席へ座るなり。


茶碗を手に取った。


一口。


白米を食べる。


「……うまい」


ぽつりと漏れる。


フィリスが笑った。


「開口一番それですか」


「いや」


ジンは真面目な顔だった。


「やっぱり白米美味いですよ」


南方でも食事は良かった。


果物も。


肉も。


魚も。


美味しかった。


だが。


白米だけは別だった。


慣れ親しんだ味。


ほっとする味。


ジンは黙々と食べる。


もりもり食べる。


ひたすら食べる。


おかわり。


またおかわり。


さらにおかわり。


ミーナが目を丸くする。


「すごい食べるね」


「南方だとあまり食べられませんでしたからね」


「そんなに?」


「米は恋しくなりますよ」


また一口。


白米を頬張る。


幸せそうだった。


アリアはその様子を見ながら微笑む。


グリムヴァルドも酒を飲みながら頷いていた。


「元気になった証拠だな」


確かにそうだった。


以前なら。


ここまで食べられなかった。


身体が弱っていたからだ。


今は違う。


健康だ。


食欲もある。


顔色も良い。


だから。


源蔵は豪快に笑った。


「はっはっはっはっ!」


「良いぞ!」


「もっと食え!」


「食ってますよ!」


「まだ足りん!」


「どれだけ食わせる気ですか!」


広間に笑いが響く。


久しぶりの朝霧家の食事。


久しぶりの東方の味。


そして。


久しぶりの賑やかな夜だった。


ジンは茶碗を手にしながら思う。


やっぱり。


白米は美味い。


それだけは。


何があっても変わらないらしかった。


食事は大いに盛り上がった。


魚も。


酒も。


白米も。


次々と消えていく。


そして。


食事がひと段落した頃。


ジンはようやく落ち着けるかと思った。


思ったのだが。


甘かった。


「ジン殿!」


真っ先に来たのは水蓮だった。


「南方エルフの里はどのような場所だったのですか!?」


「どんな修行を!?」


「魔眼とはどのような感覚なのですか!?」


矢継ぎ早だった。


その横から。


門下生達も集まってくる。


「本当にエルフの里へ行ったんですか!?」


「蔦の魔術見せてください!」


「魔獣はいましたか!?」


「エルフって耳長かったですか!?」


「長かったですよ」


「おおー!」


妙な所で盛り上がる。


さらに。


源蔵まで加わった。


「それでどうじゃ」


「ワシより強い奴はおったか?」


「まずそこなんですか」


「重要じゃ」


真顔だった。


ジンは苦笑する。


気付けば。


完全に囲まれていた。


質問。


質問。


また質問。


南方エルフ。


魔術。


魔眼。


研究所。


ネフェリア。


警備隊。


水煙草。


ありとあらゆる話題が飛んでくる。


普通なら疲れそうなものだった。


だが。


不思議と嫌ではなかった。


むしろ。


心地良かった。


ジンはふと周囲を見る。


楽しそうに話を聞く門下生達。


興味津々な水蓮。


豪快に笑う源蔵。


離れた場所では。


アリア達も酒や食事を楽しんでいる。


グリムヴァルドも珍しく穏やかな顔だった。


賑やかだ。


騒がしい。


少し前なら。


こういう場所は苦手だったかもしれない。


だが。


今は違った。


ここにいていいのだと。


そう思える。


「それでですね」


ジンはまた話し始める。


「蔦の魔術を練習した時なんですが」


「おお!」


門下生達が身を乗り出す。


「花弁の刃を作ろうと思ったんです」


「ほう!」


水蓮も興味深そうだ。


「結果だけ言うと」


ジンは少し苦笑する。


「花のマークになりました」


沈黙。


そして。


爆笑。


「なんですそれ!」


「蔦が応援してくれたんじゃないですか!?」


「優しい!」


広間に笑い声が響く。


ジンもつられて笑った。


昔の自分なら。


こんな風に笑えただろうか。


分からない。


だが。


今は笑える。


それだけで十分だった。


賑やかな夜は続く。


質問責めは終わらない。


それでも。


ジンはどこか嬉しそうだった。


ここには。


自分の帰りを喜んでくれる人達がいる。


その事実が。


何よりも温かかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ