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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
188/197

朝霧家に帰る

里を出てしばらく。


一行は森の街道を歩いていた。


見送りの声も。


里の景色も。


少しずつ遠ざかっていく。


そんな中。


ジンは立ち止まった。


「ん?」


アリアが首を傾げる。


ジンは背負っていた荷物の一部へ手を伸ばした。


正確には。


大量の水煙草である。


ネフェリアから貰った物。


族長から貰った物。


警備隊から貰った物。


どう考えても多い。


「何してるの?」


ミーナが聞く。


「収納魔術です」


ジンはそう答え。


魔力を流した。


淡い光が浮かぶ。


そして。


大量の箱や袋が一つずつ消えていく。


ぽん。


ぽん。


ぽん。


気付けば。


かなりの量が収納されていた。


ミーナが目を丸くする。


「結構入るんだね」


ジンも少し驚いていた。


以前なら無理だった。


ここまで大量の物は収納出来なかったはずだ。


「容量増えてますね……」


思わず呟く。


グリムヴァルドも頷いた。


「魔眼の影響もあるだろう」


「魔力制御が以前より安定している」


「収納空間も広がったのだろうな」


ジンは何度か確認する。


まだ余裕がある。


かなり余裕がある。


以前とは比べ物にならない。


「便利になりましたね……」


素直な感想だった。


そして。


収納した水煙草を思い出す。


研究所特製。


族長特製。


警備隊御用達。


普通の娯楽用。


全部合わせると。


とんでもない量だった。


ジンは少し笑う。


「これ」


「どうしたの?」


アリアが聞く。


ジンは収納空間を確認しながら苦笑した。


「一人じゃ吸い切れないですね」


その言葉に。


ミーナが吹き出す。


フィリスも小さく笑った。


「当然では?」


「そうですよね」


ジンは頭を掻く。


だが。


その顔はどこか嬉しそうだった。


貰った物が嬉しいのだ。


それだけ気に掛けてもらえた事が。


少し照れ臭くて。


少し嬉しい。


アリアはそんな様子を見て微笑む。


「そのうち皆で吸えばいいじゃない」


「そうですね」


ジンは頷いた。


ネフェリアにもらった甘い物。


族長の調合した物。


警備隊のおすすめ。


どれから試そうか。


そんな事を考える。


旅の楽しみが一つ増えた気がした。


収納魔術の中には。


大量の水煙草。


そして。


南方エルフ達との思い出が詰まっていた。


ジンは少しだけ笑う。


「帰ったらカティアさん達にも分けましょうか」


「絶対喜ぶと思う」


ミーナが即答する。


「というか量が量だしね」


フィリスも頷く。


「しばらく水煙草には困らなさそうですね」


「十年くらいは困らないんじゃない?」


アリアが言う。


「そこまでは無いと思います」


そう言いつつ。


ジンは少し自信が無かった。


収納空間の中には。


本当に大量の水煙草が詰まっている。


思い出すだけで苦笑してしまう。


それでも。


不思議と嫌ではなかった。


里の者達が。


また来いと。


元気でいろと。


そう言って持たせてくれた物だからだ。


ジンはもう一度収納空間を閉じる。


そして歩き出した。


旅路はまだ続く。


けれど。


その足取りは軽かった。


背負っている荷物は増えたはずなのに。


心は以前よりずっと軽くなっていた。



街道を歩きながら。


グリムヴァルドはふと思い出したように荷物を漁った。


そして。


小さな包みを取り出す。


「ザイン」


「はい?」


「ほれ」


投げ渡される。


ジンは慌てて受け取った。


包みを開く。


中に入っていたのは仮面だった。


「あ」


思わず声が漏れる。


以前使っていた仮面によく似ている。


だが。


大きな違いがあった。


両目が開いていた。


左目を失っていた頃の仮面ではない。


今のザインのために作られた物だった。


「普段はまだ付けておきなさい」


グリムヴァルドが言う。


ジンは仮面を見る。


「そんなに変ですか?」


「変だ」


即答だった。


アリアも頷く。


ミーナも頷く。


フィリスも頷く。


全員だった。


「全員即答なんですね」


少し傷付いた。


グリムヴァルドは苦笑する。


「鏡を見てみろ」


そう言われ。


ジンは仮面を装着した。


かちり。


顔へ収まる。


すると。


アリアが目を丸くした。


「へぇ」


「これは凄いですね」


フィリスも感心した声を漏らす。


ジンは首を傾げる。


「何がです?」


ミーナが答えた。


「目」


「目?」


グリムヴァルドが小さな手鏡を差し出す。


ジンは覗き込んだ。


そして。


少し驚く。


左目の魔眼が消えていた。


いや。


消えたように見えていた。


仮面の細工だった。


両目とも。


淡い金色の瞳になっている。


それも。


グリムヴァルドとよく似た色だった。


「すごいなこれ」


思わず呟く。


グリムヴァルドは満足そうに頷いた。


「簡単な魔術細工だ」


「視界には影響しない」


「外から見た瞳の色だけ変えておる」


ジンはもう一度鏡を見る。


確かに自然だった。


魔眼の金色とも違う。


人間離れした縦長の瞳孔も見えない。


ただのエルフのような瞳になっている。


グリムヴァルドは真面目な顔になる。


「黒い瞳に」


「金色の縦長の瞳孔」


「そんな組み合わせはこの世にほぼ存在せん」


ジンも頷く。


確かに目立つ。


目立つどころではない。


一目で異常だと分かる。


「だから隠しておけ」


「面倒事を呼ぶ」


「そうですね」


ジンは素直に頷いた。


温泉街の件もある。


今更目立ちたいとも思わない。


グリムヴァルドは満足そうに笑う。


「うむ」


「よく似合っているぞ」


すると。


アリアが少しだけ目を細めた。


「なんか」


「どうした?」


「親子みたい」


その一言だった。


ミーナが吹き出す。


フィリスも笑う。


グリムヴァルドは呆れた顔をした。


ジンは少しだけ困ったように頭を掻く。


だが。


鏡の中には。


確かに似た色の瞳をした二人がいた。


片方は本物。


片方は仮面の細工。


それでも。


不思議と悪い気はしなかった。


ジンは仮面を付け直す。


そして。


再び歩き出した。


旅路は続く。


その横では。


グリムヴァルドがどこか満足そうに歩いていた。


南方エルフの里を出て半日ほど。


一行は港町へ戻って来ていた。


潮の香りが鼻をくすぐる。


波止場には船が並び。


漁師達の声が響く。


見慣れた景色だった。


「帰ってきましたね」


フィリスが小さく呟く。


アリアも少し肩の力を抜いていた。


ミーナなどは既に館の夕飯を楽しみにしている顔である。


そして。


港町の一角に建つ大きな屋敷。


朝霧源蔵の館が見えてきた。


「相変わらず大きいですね」


ジンが呟く。


「港町の領主みたいなものだからな」


グリムヴァルドが答える。


そのまま門へ近付く。


すると。


門番の男がこちらを見た。


一瞬。


ぽかんとした顔になる。


そして。


次の瞬間。


顔をぱっと綻ばせた。


「おおおおっ!!」


大声だった。


「息子殿が帰ってきたぞーーー!!」


館中へ響き渡る。


ジンは固まった。


「え?」


門番は構わず続ける。


「息子殿が帰還されたぞー!」


「皆の者ー!」


「息子殿がお戻りだー!」


館の中が急に騒がしくなる。


窓が開く。


人影が動く。


誰かが走り回る音まで聞こえてきた。


ジンは困惑する。


「いやあの」


誰も聞いていない。


「息子になった覚えは無いんですが……」


真顔だった。


アリアが吹き出す。


ミーナは腹を抱えて笑い始めた。


フィリスも肩を震わせている。


グリムヴァルドですら口元を押さえていた。


「笑わないでください」


誰も助けてくれない。


門番は満面の笑みで言った。


「何を仰る」


「皆そう思っておりますぞ」


「思われても困るんですが」


すると。


館の奥から。


どたどたどたどたどた。


凄まじい勢いで誰かが走って来る音が聞こえた。


ジンは嫌な予感しかしなかった。


門番は嬉しそうに笑う。


「ああ」


「お館様に伝わりましたな」


ジンは額を押さえた。


「帰ろうかな……」


「今更?」


アリアが笑う。


その直後だった。


館の奥から聞き覚えのある大声が響く。


「ジイイイイイイイイン!!!!!」


港町中に響きそうな声だった。


ジンは遠い目をする。


「ああ……」


来た。


間違いなく来た。


そして。


門番達は満面の笑みで門を開く。


まるで本当に帰省した息子を迎えるかのように。


館の者達も次々と顔を出してくる。


皆笑顔だった。


どうやら。


ジン本人が認めていなくても。


この館では既にそういう扱いらしかった。

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