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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
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里での生活に慣れた

気付けば。


南方エルフの里へ滞在して一月が過ぎていた。


時間は思っていたより早かった。


魔眼の経過観察。


ネフェリアの検査。


グリムヴァルドの魔術指導。


警備隊との交流。


色々な事があった。


その間に。


ザイン自身も少しずつ変わっていた。


まず髪だった。


里の理髪を任されているエルフに頼み。


伸びていた髪を整えてもらった。


横は短く刈り込まれ。


後ろは少し残している。


随分すっきりした。


そして。


髪を切った時に気付いた事がある。


根元だった。


白くなっていた髪の根元に。


うっすらと黒が混じり始めていた。


以前の髪色。


暁家の黒髪。


魔眼が定着したからなのか。


義手が戻ったからなのか。


それとも。


この一月を穏やかに過ごせたからなのか。


理由は分からない。


ネフェリアは大騒ぎだった。


当然である。


研究対象の身体に変化が起きているのだから。


だが。


ザイン自身はそこまで気にしていなかった。


むしろ。


この一月。


心が軽かった。


それが一番大きかった。


追われていない。


戦っていない。


誰かを失っていない。


そんな時間を過ごしたのは久しぶりだった。


服装も変わった。


南方は暑い。


東方や西方の服では汗だくになる。


そこで。


グリムヴァルドやネフェリアが何着か服を見繕ってくれた。


薄手の布。


風通しの良い仕立て。


南方エルフらしい装いだった。


胸元や肩。


腕は比較的開放的だ。


だが。


左脚と胸だけは隠している。


雷傷。


聖騎士団時代に刻まれた傷。


あれを見る度。


アリアが少し悲しそうな顔をする。


だから。


そこだけは隠した。


それ以外は開けっぴろげだった。


肩も。


腕も。


腹も。


南方では珍しくない格好だった。


おかげで肌も焼けた。


元々白かった肌は。


今では浅黒く健康的な色になっている。


そして。


身体付きも変わっていた。


毎日の稽古。


夜の素振り。


警備隊との手合わせ。


特にバルグ達との試合は良い鍛錬になった。


南方エルフの戦士達は強かった。


魔術だけではない。


身体も使う。


だから。


ザインも自然と鍛えられた。


肩。


腕。


背中。


胸。


以前より明らかに筋肉が付いている。


細身ではある。


だが。


戦士らしい引き締まった身体になっていた。


左腕の義手も安定していた。


以前は。


黒い塊を維持する事すら出来なかった。


だが今は違う。


指も動く。


握れる。


支えられる。


武器も持てる。


両手で槍を扱える。


それがどれほど嬉しい事か。


ザイン自身が一番理解していた。


ある日の夕方。


研究所の窓へ映る自分を見る。


左目は金色の魔眼。


短く整えられた白髪。


その根元には少しずつ黒が戻り始めている。


浅黒く焼けた肌。


南方の服。


そして。


自然に構築されている左腕の義手。


少し前の自分とは。


随分違う姿だった。


温泉街で死にかけていた頃。


義手すら維持出来なかった頃。


左目を失い。


まともに魔術も扱えなくなっていた頃。


あの時の自分と比べれば。


今はずっと良い。


「……変わったな」


ぽつりと呟く。


その言葉に。


後ろから声が飛んできた。


「良い意味でね」


振り返る。


アリアだった。


彼女は少し笑っている。


「最初に会った時より」


「ずっと元気そう」


ザインは少しだけ照れ臭そうに頭を掻いた。


確かにそうかもしれない。


少なくとも今は。


鏡の中の自分が。


以前より少しだけ生きているように見えた。


そして何より。


ここには。


自分が傷付く事を悲しんでくれる仲間がいた。


それだけで。


十分だった。


そして。


もう一つ。


ザインがすっかり気に入ったものがあった。


水煙草だった。


最初は。


ネフェリアに無理やり吸わされていた。


魔力循環。


痛み止め。


精神安定。


睡眠補助。


そんな理由を付けて。


半ば薬扱いだった。


だが。


一月も経つ頃には。


ザイン自身が好んで吸うようになっていた。


特に気に入っていたのは夜だった。


稽古を終えた後。


海辺へ行く。


波の音を聞きながら。


一人で煙を燻らせる。


ごぽり。


静かな水音。


夜風に混じる甘い香り。


何も考えない時間。


それが妙に心地良かった。


聖騎士団にいた頃は。


そんな時間は無かった。


休憩時間ですら。


訓練をしていた気がする。


だからこそ。


今の時間は新鮮だった。


ある時は。


警備隊員達と一緒に吸う事もあった。


海辺。


詰所。


夜警の交代時間。


色々な場所だった。


だが。


意外な事も分かった。


「隊長は吸わないんですか?」


ザインが聞く。


バルグは笑った。


「吸うぞ」


そう言って自分の煙管を持ち上げる。


だが。


周囲の若い警備隊員達は微妙な顔をしていた。


「俺はいいかな……」


「たまになら」


「嫌いじゃないんですけどね」


「なんか面倒で」


そんな反応だった。


ザインは少し意外そうな顔をする。


「吸わないんですね」


すると。


若い隊員の一人が肩を竦めた。


「美味いんすけどね」


「美味いは美味いんです」


「でも毎日はなぁ……」


「酒の方が好きです」


別の隊員も頷く。


「分かる」


「親父達は好きなんだけどな」


どうやら。


若い世代ではあまり流行っていないらしい。


ザインは少し考える。


そして。


ごぽり。


煙を吸った。


甘い香りが広がる。


「俺は好きですけどね」


そう言うと。


若い隊員達は笑った。


「ザインさん絶対ハマると思ってました」


「魔術師系の方は好みますからね!それにしても吸いすぎですよ!」


「まだ一月なんだけどな……」


ザインが苦笑する。


その横で。


バルグが豪快に笑った。


「良いではないか」


「好きなものが一つ増えるというのは悪い事ではない」


その言葉に。


ザインも少し笑った。


確かにそうかもしれない。


剣や槍だけだった人生に。


少しだけ別の楽しみが増えた。


それだけの事だった。


ごぽり。


波の音。


夜風。


そして甘い煙。


ザインは空を見上げながら。


静かに煙を吐いた。


こんな穏やかな時間が。


ずっと続けば良いのにと。


ほんの少しだけ思っていた。


ネフェリアの研究所を出たザインは。


一人。


族長の館を訪れていた。


今日の診察は特別だった。


魔眼の定着。


その最終確認である。


長かった。


最初は激痛から始まった。


頭痛もあった。


熱も出た。


視界がぶれる事もあった。


だが。


それも今では無い。


夜も見える。


温度も見える。


日常生活にも支障は無かった。


族長は椅子へ腰掛けたまま。


ザインの左目を覗き込む。


黄金の瞳。


縦長の瞳孔。


しばらく観察した後。


満足そうに頷いた。


「ふむ」


ザインは黙って待つ。


そして。


族長はにっこりと笑った。


「もう問題は無いな」


その言葉に。


ザインは少しだけ肩の力が抜ける。


族長は続けた。


「これでもうお主の眼じゃ」


「完全に定着しておる」


「拒絶反応も無い」


「魔力の流れも安定しておる」


そう言って。


軽く頷く。


「後はいつも通り生活しておれば良い」


「何も問題は無い」


その言葉は。


医師としての診断でもあり。


長老としての太鼓判でもあった。


ザインは思わず左目へ触れる。


失った左目。


もう戻らないと思っていたもの。


だが今は。


ちゃんと見えている。


夜も。


温度も。


そして仲間達の顔も。


「そうですか」


自然と笑みが浮かぶ。


族長も穏やかに頷いた。


「うむ」


「良かったの」


その声音は。


どこか祖父が孫へ向けるものに似ていた。


「ワシとしても安心したわい」


「せっかく生き延びた暁の子じゃ」


「ここで眼が駄目になっては寝覚めが悪い」


冗談めかして言う。


だが。


その目は優しかった。


ザインは静かに頭を下げた。


「ありがとうございました」


族長は手を振る。


「礼など良い」


「元々ワシがやりたくてやった事じゃ」


そう言いながら。


ふと。


懐かしそうな顔をした。


「しかしの」


「まさか暁の血を引く者が今になって現れるとは思わなんだ」


「それもこんな形でな」


族長は笑う。


そして。


ゆっくりと立ち上がった。


「さて」


「これで医者としての話は終わりじゃ」


そう言って。


少しだけ悪戯っぽく笑う。


「後は里を出る前に」


「飯でも食っていくかの?」


「せっかく一月もおったんじゃ」


「最後くらいは爺の相手をしてくれ」


その表情は。


もう族長ではなく。


ただの老人だった。


どこか嬉しそうに。


そして少しだけ寂しそうに笑っていた。

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