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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
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警備隊長バルグ

それから。


一行はしばらく南方エルフの里へ滞在する事になった。


族長の判断だった。


魔眼は無事定着している。


だが。


完全に馴染むにはまだ時間が必要だった。


そのため。


ジンは定期的に族長の診察を受けていた。


「ふむ」


族長はジンの左目を覗き込む。


「問題無いの」


「違和感は?」


「少しあります」


「それで良い」


族長は頷く。


「無い方が逆に怖いわい」


そんなやり取りを何度も繰り返した。


温度感知。


夜間視力。


魔力への反応。


魔眼の機能も少しずつ確認されていく。


一方で。


ネフェリアは相変わらずだった。


「ジーン」


「何ですか」


「検査」


「またですか」


「またよ」


毎日のように研究所へ呼ばれる。


魔眼。


義手。


魔力。


血液。


蔦。


時には食事量まで記録されていた。


完全に研究対象だった。


そして。


他の三人も遊んでいた訳ではない。


グリムヴァルドが教師役となり。


南方魔術を教えていた。


まずアリア。


結果から言うと。


南方魔術との相性は壊滅的だった。


「違う」


グリムヴァルドが額を押さえる。


「そこは魔力を流すのではなく循環させるのだ」


「やってるわよ!」


「やれておらん」


即答だった。


収納魔術は失敗。


植物魔術も失敗。


感知魔術も失敗。


生活魔術すら上手くいかない。


アリアは机へ突っ伏した。


「向いてない……」


「向いておらんな」


グリムヴァルドも否定しなかった。


だが。


それは南方魔術の話だった。


試しに弓を持たせれば話は変わる。


アリアは矢を番える。


魔力を流し込む。


すると。


矢へ青白い雷が纏わり付いた。


雷弓。


アリアの得意とする戦闘技術だった。


放たれた矢は雷光を引きながら飛び。


遥か先の標的を正確に射抜く。


轟音。


標的が弾け飛ぶ。


「ほれ」


グリムヴァルドが肩を竦める。


「魔術の才能が無い訳ではない」


「南方魔術との相性が悪いだけじゃ」


アリアは複雑そうな顔をした。


少し安心したような。


少し納得いかないような。


そんな顔だった。


そして。


ミーナ。


こちらは意外と器用だった。


特に収納魔術。


最初こそ苦戦したものの。


数日後には小物程度なら収納出来るようになっていた。


「出来た!」


空間から果物を取り出しながら喜ぶ。


「便利!」


「便利じゃろう?」


グリムヴァルドも満足そうだった。


南方魔術の基礎としては十分な成果だった。


そして。


フィリス。


彼女は少し違った。


収納魔術も扱える。


植物魔術も最低限使える。


だが。


一番適性を見せたのは別の魔術だった。


気配察知。


グリムヴァルドが旅の最中に度々使っていた魔術。


森の気配。


動物の存在。


人の位置。


魔力の流れ。


そうしたものを感じ取る技術。


フィリスはそれを驚くほど早く習得した。


「……あちらですね」


ある日。


フィリスが森の一角を指差した。


しばらくすると。


その方向から鹿が姿を現す。


グリムヴァルドが目を細めた。


「当たっておるな」


「何となく分かります」


フィリスは不思議そうに答える。


そして。


数日後には。


森を歩く小動物の位置。


木々に止まる鳥の数。


近くを流れる魔力の流れまでも把握出来るようになっていた。


「お主」


グリムヴァルドが感心したように言う。


「思ったより筋が良いの」


フィリスは少し困ったように笑う。


「記録官ですから」


「観察するのは得意なんです」


その言葉に。


グリムヴァルドは納得したように頷いた。


結局。


三人の中で最も南方魔術の才能を見せたのはフィリスだった。


アリアは魔弓。


ミーナは収納魔術。


フィリスは感知系魔術。


それぞれ得意な方向が違う。


そんな事を知れたのも。


この平和な滞在期間があったからこそだった。



夜だった。


里の灯りも少なくなり。


聞こえるのは波の音だけ。


月明かりが海を照らしている。


その海岸で。


ザインは一人。


鉄の棒を振っていた。


ぶん。


風を切る音。


ぶん。


もう一度。


黙々と。


ただひたすらに。


南方エルフの兵士達の詰め所から借りた訓練用の棒だった。


槍の穂先は付いていない。


だが。


ザインにはそれで十分だった。


構え。


踏み込み。


突き。


引き戻す。


何百回。


何千回。


聖騎士団時代から続けている動き。


考える必要も無い。


身体が勝手に動く。


だから。


ザインは何か考え事をしたい時。


あるいは逆に。


何も考えたくない時。


こうして棒を振る。


ぶん。


汗が飛ぶ。


左目は馴染みつつある。


義手も戻った。


魔術も以前より扱える。


それなのに。


身体を動かしていないと落ち着かなかった。


そして。


少し離れた岩場では。


アリアがその様子を眺めていた。


声は掛けない。


ただ見ている。


それだけだった。


聖騎士団にいた頃も。


似たような光景を見た事がある。


皆が寝静まった後。


一人で訓練しているジンを。


今も。


何も変わっていない。


そんな事を思っていた。


その時だった。


「ほう」


低い声が聞こえた。


アリアが振り返る。


そこには一人の男が立っていた。


エルフだった。


だが。


普通のエルフではない。


肩幅が広い。


腕も太い。


筋肉で服が張っている。


エルフらしい繊細さより。


戦士らしい迫力が先に目へ入る。


歳は四十代ほどだろうか。


頬には古い傷跡もある。


男は腕を組みながら。


ザインの素振りを見ていた。


「随分振るな」


ぶん。


ザインは止まらない。


男は少し感心したように笑った。


「昼も訓練しておったろうに」


アリアが口を開く。


「癖みたいなものよ」


男はなるほどと頷く。


そして。


改めてザインを見る。


踏み込み。


体重移動。


振り抜き。


一つ一つは派手ではない。


だが。


積み重ねられた年月が見えた。


「綺麗な槍じゃな」


男が呟く。


その言葉で。


ザインが初めて動きを止めた。


汗を拭う。


「こんばんは」


「うむ」


男は頷く。


「初めましてじゃな」


そして。


大きな手を腰へ当てる。


「ワシはバルグ」


「南方エルフの里の警備隊長をやっておる」


そう名乗った。


その目は。


ただの見物人の目ではなかった。


長年戦場を歩いてきた戦士の目。


そんな目で。


バルグはザインを見ていた。


特に。


その足運びを。


その構えを。


その槍を。


興味深そうに見つめていた。


バルグと名乗った男は。


腕を組みながらザインを見つめていた。


その視線は鋭い。


だが。


敵意は無い。


むしろ興味に近かった。


ザインは鉄の棒を肩へ担ぐ。


「警備隊長でしたか」


「うむ」


バルグは頷く。


そして。


少し笑った。


「実はな」


「?」


「さっき詰所で聞いたのだ」


ザインが首を傾げる。


バルグは続けた。


「グリムヴァルド殿の所の少年が訓練用の棒を借りに来たと聞いてな」


「それで気になった」


海風が吹く。


波の音が響く。


バルグはザインの手にある鉄の棒を見る。


「こんな時間に借りに来るのじゃ」


「てっきり何かあると思ってな」


そして。


訓練場ではなく。


海岸へ来てみれば。


そこには一人で素振りを繰り返す少年がいた。


「なるほど」


バルグは笑う。


「確かに気になる訳じゃ」


ザインは少し困ったように頭を掻いた。


「癖みたいなものです」


「毎日やらないと落ち着かないので」


その言葉に。


アリアが小さく苦笑する。


まったくその通りだった。


聖騎士団時代から。


誰よりも早く起き。


誰よりも遅くまで訓練していた。


だから今さら驚かない。


だが。


バルグは少し感心したようだった。


「なるほどな」


そう言いながら。


地面に残る足跡を見る。


踏み込みの跡。


砂を抉った痕跡。


そして。


ザインの肩や腕についた汗。


どれも。


今始めた訓練ではない事を示していた。


「その歳でそこまで身体に染み付いておるか」


バルグはそう呟く。


そして。


少しだけ目を細めた。


「その槍」


「誰に習った?」


ザインは少し考えた。


そして答える。


「聖騎士団で」


「色んな人に教わりました」


ルシャ。


ハインリヒ。


そして多くの騎士達。


今となっては名前も思い出せない者もいる。


だが。


彼らに叩き込まれた基礎だけは。


今も身体に残っていた。


バルグは静かに頷く。


「そうか」


そして。


もう一度ザインを見る。


今度は以前より真剣な目だった。


ただ訓練好きな少年を見る目ではない。


戦士を見る目だった。


「もう少し見せてみい」


そう言って。


バルグは腕を組んだ。


「せっかく来たんじゃ」


「警備隊長の暇潰しに付き合え」


そう言って豪快に笑った。


「もう少し見せてみい」


そう言われ。


ザインは再び鉄の棒を構えた。


海風が吹く。


波の音が響く。


そして。


ぶん。


再び棒が風を切る。


突き。


引き戻し。


踏み込み。


基本の反復。


何百回。


何千回と身体へ刻み込まれた動きだった。


バルグは黙って見ている。


アリアも岩へ腰掛けたまま眺めていた。


そして。


ふと。


ザインの動きが変わる。


「ん?」


バルグが眉を上げる。


槍術ではない。


薙ぐ。


払う。


回す。


穂先の長い武器を扱うような動き。


水蓮の薙刀術だった。


ザイン自身。


意識していた訳ではない。


ただ。


ふと思い出したのだ。


水蓮が戦っていた姿を。


すると。


身体が自然と動いた。


ぶん。


横薙ぎ。


流れるような足運び。


続けて切り返し。


鉄の棒が月明かりを反射する。


妙にしっくり来た。


「……あれ?」


ザイン自身も少し驚く。


以前より動かしやすい。


左腕が自然に付いてくる。


義手がある。


しかも。


今の義手は以前とは違う。


握れる。


支えられる。


両手で武器を扱える。


ただそれだけで。


出来る事が増えていた。


ぶん。


もう一度薙ぐ。


やはり悪くない。


バルグは静かに頷いていた。


「ほう」


その声だけだった。


だが。


興味を持ったのは分かった。


気付けば。


ザインはかなりの時間動いていた。


汗が流れる。


額から。


首から。


背中から。


止まらない。


気付けばマントは外していた。


シャツも脱いでいる。


夜風が心地良かった。


そして。


ようやく棒を下ろした時。


「ほれ」


声が飛んできた。


見ると。


バルグが何かを放ってくる。


ザインは反射的に受け取った。


丸い果実だった。


「オレンジじゃ」


バルグはもう一つをアリアへ放る。


アリアも受け取る。


「ありがとう」


「礼はいらん」


バルグは笑った。


「見物料じゃ」


ザインは少し笑う。


皮を剥く。


ぱちり。


柑橘の香りが広がる。


一房口へ入れる。


「……美味しい」


思わず呟いた。


酸味が強い。


だが。


その後に甘さが来る。


汗をかいた身体には丁度良かった。


喉へ染み渡る。


アリアも頬張る。


「ほんとね」


「酸っぱいけど美味しいわ」


二人とも夢中になって食べていた。


バルグはそんな様子を見ながら笑う。


「若いのぉ」


海風が吹く。


波が寄せては返す。


しばらく。


誰も何も言わなかった。


ただ。


果実を食べながら。


夜の海を眺めていた。


それだけなのに。


不思議と心地良い時間だった。

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