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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
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ネフェリアの魔術研究所

族長はゆっくり腰を下ろした。


「とはいえ」


そう言ってジンを見る。


「しばらくはこの里で休んで行きなさい」


ジンが顔を上げる。


「え?」


「それなりに身体へ負担はかけたじゃろう」


族長は当然のように言う。


「魔眼移植などそう何度もやるものではない」


「定着はした」


「じゃが身体はまだ馴染ませる最中じゃ」


そう言って。


ジンの左目を指差した。


「今無理をすれば視力を失うやもしれん」


アリアの表情が強張る。


ミーナも不安そうな顔になる。


族長は続けた。


「頭痛も出るじゃろう」


「熱も出る」


「魔力も安定せん」


フィリスが小さく頷く。


文献で読んだ事がある話だった。


「だからじゃ」


族長は言う。


「数日はここで休め」


「部屋もある」


「飯も出る」


「森の空気も良い」


そして。


少し考えるように顎へ手を当てた。


「ふむ……」


「そうじゃな」


何か思いついたように頷く。


「ネフェリアの研究所に泊まると良いじゃろう」


グリムヴァルドの眉がぴくりと動く。


「族長」


「何じゃ」


「何じゃではない」


グリムヴァルドは頭を押さえた。


「ネフェリアじゃぞ?」


「だからじゃ」


族長は平然としていた。


「魔術研究者じゃ」


「魔眼の経過観察も出来る」


「何かあればすぐ対応出来る」


「適任ではないか」


確かに理屈は通っていた。


だが。


グリムヴァルドの表情は微妙だった。


その時だった。


「私を呼んだ?」


聞き覚えのある声が響く。


全員が振り向く。


いつの間にか。


部屋の入口にネフェリアが立っていた。


誰も気付かなかった。


本人は分厚い本を抱えたまま。


不思議そうに首を傾げている。


「ネフェリア……」


グリムヴァルドが呆れたように言う。


「何故いる」


「たまたま通りかかっただけよ?」


全く信用できない返答だった。


族長は楽しそうに笑う。


「ちょうど良い」


「お主の研究所に客人を預ける」


ネフェリアは瞬きをする。


そして。


ジンを見る。


黄金の左目を見る。


もう一度見る。


さらに近付く。


「……あっ」


目が輝いた。


嫌な予感がした。


グリムヴァルドも同じ事を思ったらしい。


「族長」


「なんじゃ」


「やはり別の場所に――」


「駄目じゃ」


即答だった。


ネフェリアは既にジンの周りをぐるぐる回り始めている。


「すごい」


「本当に定着してる」


「拒絶反応は?」


「視界は?」


「熱は見える?」


「暗所視は?」


質問が止まらない。


ジンは圧倒される。


族長は満足そうに頷いた。


「うむ」


「元気そうじゃな」


「元気なのはお主だけじゃ」


グリムヴァルドが深いため息を吐いた。


ジンはゆっくり立ち上がった。


まだ少し足元はふらつく。


だが。


先程までの激痛は落ち着いていた。


黄金の左目にも違和感はある。


それでも。


見える。


確かに見えていた。


ジンは族長へ向き直る。


そして深く頭を下げた。


「ありがとうございました」


静かな声だった。


「目の事も」


「僕の事も」


「助けて頂いて」


言葉を探すように少しだけ間を置く。


「本当にありがとうございました」


族長はしばらくジンを見ていた。


やがて。


ふっと目を細める。


「礼などいらん」


そう言って手を振る。


「ワシらが出来なかった事を少し取り返しただけじゃ」


その言葉に。


長老達も静かに頷いた。


族長は続ける。


「それに」


「暁の子が生きておると分かった」


「それだけでも十分な土産話じゃ」


ジンは少し困ったように笑った。


族長も笑みを浮かべる。


「元気でおれ」


「それだけで良い」


その言葉に。


ジンはもう一度頭を下げた。


そして。


一行は長老達へ挨拶を済ませると広間を後にした。


――――――――――


しばらくして。


一行はネフェリアの魔術研究所へ通されていた。


海を見下ろす高台。


里の建物の中でも少し離れた場所に建てられている。


白い石造りの建物。


だが。


近付くほど違和感が増していく。


窓際には謎の植物。


屋根には意味不明な金属器具。


壁には魔法陣らしき模様。


煙突からは時折色付きの煙まで上がっている。


「……大丈夫なんですかここ」


ジンが思わず呟く。


「私も今同じ事を思ったわ」


アリアが即答した。


ミーナも不安そうに建物を見上げる。


グリムヴァルドは深いため息を吐いた。


「まぁ……爆発していない日は安全じゃ」


「してる日があるんですか?」


「ある」


即答だった。


ジンは聞かなければ良かったと思った。


その時。


研究所の扉が勢いよく開く。


ばんっ。


「いらっしゃい!」


ネフェリアだった。


本を抱え。


眼鏡を少しずらしながら。


満面の笑みを浮かべている。


「歓迎するわ!」


「魔眼の経過観察!」


「身体検査!」


「適性調査!」


「魔力測定!」


「視界確認!」


「いっぱいやる事があるわね!」


「休ませるんじゃなかったんですか?」


ジンが思わず聞く。


ネフェリアはきょとんとした。


「休むわよ?」


そして。


不思議そうに首を傾げる。


「研究しながら」


全員が黙った。


グリムヴァルドだけが。


「やはりこうなったか……」


と頭を抱えていた。


研究所へ入った一行は。


そのまま奥の広いリビングへ通された。


大きな窓。


海の見える景色。


本棚にはぎっしりと魔術書が並んでいる。


机の上には資料の山。


見た事もない魔道具。


そして何故か半分解体されたランプ。


研究者の部屋だった。


「今日はだけど」


ネフェリアが眼鏡を押し上げながら言う。


「とりあえず目の定着が優先よね」


そう言って。


ジンを大きなソファへ座らせる。


いや。


座らせるというより。


押し込んだ。


「しばらく安静」


「今日は絶対無理しない」


「分かった?」


「はい……」


ジンは素直に頷いた。


正直。


反論する元気も無かった。


頭の奥が重い。


左目も熱を持っている。


身体全体が気怠かった。


ネフェリアは満足そうに頷く。


「よし」


そう言うと奥の部屋へ消えていった。


しばらくして。


戻ってくる。


両手で抱えていたのは。


一台の水煙草だった。


透明なガラス瓶。


青い装飾。


長いホース。


ほのかに甘い香りが漂っている。


ネフェリアは慣れた手付きで机へ置いた。


「ほら」


そう言ってホースを持ち上げる。


「吸って」


「え?」


ジンが固まる。


ネフェリアは当然のように言った。


「中身は私が調合した物」


「魔力循環の安定」


「鎮痛」


「それとリラックス効果かな」


フィリスが少し驚いた顔をする。


「そんな事まで出来るのか」


「南方では割と普通よ?」


ネフェリアはさらりと答える。


そして。


半ば強引に。


ジンの口元へ吸い口を押し付けた。


「ほら」


「吸う」


「はい」


逆らえる空気ではなかった。


ジンは恐る恐る吸い込む。


ごぽり。


静かな水音が響く。


甘い煙が肺へ流れ込む。


果実。


香草。


そしてどこか花のような香り。


不思議と刺激は少ない。


ゆっくりと吐き出す。


白い煙が揺れる。


「どう?」


ネフェリアが覗き込む。


ジンは少し考えた。


そして。


驚いたように目を瞬く。


「……楽になった気がします」


実際。


頭の重さが少し軽い。


左目の疼きも和らいでいる。


身体を巡る魔力も。


先程より滑らかだった。


ネフェリアは満足そうに頷いた。


「当然」


「私の調合だもの」


胸を張る。


少し得意げだった。


アリアはそんなジンを見て。


ようやく少し安心したように息を吐く。


ミーナも隣へ腰掛けた。


グリムヴァルドも近くの椅子へ座る。


研究所へ来てから初めて。


一行の空気が少しだけ緩んだ。


ネフェリアはそんな様子を見ながら。


机にメモ帳を広げる。


羽根ペンを持つ。


そして。


きらきらした目でジンを見た。


「さて」


嫌な予感がした。


「魔眼の経過観察を始めましょうか」


ジンは思った。


やっぱり休ませる気はあまり無いのではないかと。

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