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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
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金の瞳

族長は瓶を手に取る。


そのまま地下室を後にした。


一行も慌てて後へ続く。


重い扉を抜け。


石階段を上がり。


再び長老衆の待つ広間へ戻ってくる。


族長は元の席へ腰を下ろした。


卓の上には先程まで使っていた水煙草が置かれている。


甘い果実と香草の香りが漂っていた。


長老衆の視線が瓶へ集まる。


誰も口を挟まない。


族長は水煙草の吸い口を持ち上げた。


そして。


それをジンへ差し出す。


「吸え」


「え?」


ジンが固まる。


「良いから吸え」


有無を言わせぬ口調だった。


ジンは恐る恐る吸い口を受け取る。


そして。


少しだけ吸う。


ごぽり。


静かな水音。


甘い煙が肺へ流れ込む。


すると。


身体の中を巡っていた魔力が。


ゆっくりと落ち着いていく感覚があった。


「南方の調合じゃ」


族長が言う。


「魔力循環を安定させる」


「移植時の負担を多少和らげる」


多少。


その言葉が妙に引っ掛かった。


ジンが顔を上げる。


族長は何も言わない。


ただ瓶へ手を伸ばした。


部屋が静まり返る。


族長は封印を解く。


カチリ。


小さな音が響く。


次の瞬間。


瓶の中の黄金の魔眼が動いた。


ぎょろり。


そして。


飛び出した。


「っ!?」


ジンが反射的に身を引こうとする。


だが。


族長の手が肩を掴んだ。


「動くでない」


低い声だった。


有無を言わせぬ重みがある。


黄金の魔眼は。


一直線に飛ぶ。


まるで最初から決まっていたかのように。


ジンの失われた左目へ向かって。


「待っ――」


言葉は途中で途切れた。


魔眼が眼窩へ入り込む。


瞬間。


激痛が走った。


「――――ッ!!?」


視界が白く染まる。


頭蓋の内側を焼かれるような痛み。


脳へ直接熱した鉄を突き刺されたような痛み。


思考が吹き飛ぶ。


ジンは絶叫した。


「があああああああああっ!!」


身体が跳ねる。


膝が崩れる。


だが。


族長の手が肩を押さえ付けていた。


「動くな!!」


怒鳴り声が響く。


「ここで暴れると本当に死ぬぞ!!」


ジンは歯を食いしばる。


左目の奥が脈打つ。


熱い。


焼ける。


裂ける。


神経を一本一本無理やり繋ぎ直されているような痛みだった。


汗が噴き出す。


呼吸が乱れる。


アリアが立ち上がった。


「ジン!」


ミーナも顔色を変える。


「大丈夫なのこれ!?」


フィリスですら不安そうに族長を見る。


だが。


族長は首を振らない。


ただ。


ジンを見据えていた。


「耐えろ」


短い言葉だった。


「それはお主を選んだ」


「ならばお主も応えろ」


ジンは拳を握る。


爪が掌へ食い込む。


それでも痛みは消えない。


むしろ強くなる。


脳の奥で何かが弾ける。


視界が歪む。


光が滲む。


色が溢れる。


そして――


突然。


痛みがさらに跳ね上がった。


左目の奥で。


何かが完全に繋がった。


その瞬間だった。


世界が変わる。


「――ッ!」


ジンは息を呑む。


人が見える。


だが。


今までとは違う。


アリア。


ミーナ。


フィリス。


三人の身体が。


うっすらと熱を帯びて見えた。


輪郭の周囲に揺らめく温度。


血の流れ。


生きている証。


色合いに多少の違いはある。


だが。


三人とも同じだ。


生きた者の熱だった。


そして。


視線が族長へ向く。


「……!」


思わず目を見開く。


族長だけが違った。


身体の奥。


特に両目の周囲。


そこに濃密な熱と魔力が渦巻いている。


まるで。


身体の中に二つの炉を抱えているようだった。


「見えるか」


族長が言う。


ジンは言葉を返せない。


額から汗が流れる。


呼吸も荒い。


それでも。


確かに見えていた。


生き物の熱。


身体に残る温度。


そして。


薄暗かったはずの広間。


その隅々までも。


昼間ほどではない。


だが。


今までより遥かに鮮明に。


見えていた。


族長は静かに頷く。


「ほう」


長老衆も息を呑む。


「拒絶せんか」


普通なら。


ここで暴走する。


狂う。


最悪の場合は死ぬ。


だが。


ジンの身体は受け入れていた。


激しい痛みの中で。


黄金の魔眼は少しずつ。


ジン自身の目になろうとしていた。


ジンは荒い呼吸を繰り返していた。


額から汗が流れる。


胸が上下する。


左目の奥ではまだ熱が脈打っていた。


だが。


先程までの激痛は少しずつ引き始めている。


族長はそんなジンへゆっくり近付いた。


そして。


新たに宿った左目を覗き込む。


しばらく。


何も言わない。


広間も静まり返る。


誰もが結果を待っていた。


やがて。


族長の口元が僅かに緩む。


「ふむ」


短い声だった。


だが。


その表情には明らかな安堵があった。


「上手くいったの」


その言葉に。


張り詰めていた空気が少しだけ緩む。


アリアが安堵の息を吐く。


ミーナも胸を撫で下ろした。


フィリスも静かに肩の力を抜く。


そして。


グリムヴァルドもまた。


小さく息を吐いていた。


普段の彼女なら滅多に見せない表情だった。


「成功したか」


その声には。


隠しきれない安心が滲んでいた。


族長は頷く。


「拒絶も無い」


「魔力の流れも安定しておる」


「定着も順調じゃ」


そう言いながら。


ジンの左目を見る。


黄金の虹彩。


縦に裂けた瞳孔。


その瞳は静かに光を反射していた。


長老衆も次々と席を立つ。


そして。


少し離れた場所からジンを見る。


誰もが無事を喜んでいた。


だが。


同時に複雑そうな表情も浮かべていた。


「……ふむ」


老魔術師が静かに呟く。


「人間には珍しい目じゃな」


祭祀長老の女性も頷く。


「それも金色か」


別の長老が腕を組む。


「知らぬ者が見れば驚くじゃろうな」


「うむ……」


誰かが静かに頷く。


その視線に嘲りは無い。


ただ。


ジンという少年が歩んできた道を思うと。


複雑な気持ちになるだけだった。


左腕を失った。


左目を失った。


若過ぎる身体に。


あまりにも多くの傷を負っている。


そして今。


その失われた場所へ。


新たな目が宿った。


族長はそんな長老達を見回す。


そして。


静かに言った。


「構わん」


その一言で。


長老達も口を閉ざす。


族長はジンを見る。


「生きるための目じゃ」


「見た目など些細な事よ」


その声は穏やかだった。


「失ったままより遥かに良い」


誰も反論しない。


アリアも。


ミーナも。


フィリスも。


グリムヴァルドも。


その言葉には頷けた。


どれほど姿が変わろうと。


どれほど傷が増えようと。


ジンが生きている事の方が大切だった。


族長は満足そうに頷く。


そして。


改めてジンの左目を見る。


「良い目じゃ」


その声には。


秘宝が無事受け継がれた喜びと。


暁の子が生き延びた事への安堵が込められていた。



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