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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
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忘れられた血脈

「あの……」


ジンが恐る恐る口を開く。


部屋の視線が集まる。


「何故そこまで知っているんです?」


素直な疑問だった。


暁家。


攫われた子供達。


死んだと思われていた事。


族長達はまるで当時を知っているような口ぶりだった。


だが。


ここは南方エルフの里だ。


東方の人間の国ではない。


ジンは首を傾げる。


「皆さんは東方の方じゃないですよね?」


族長は小さく笑った。


そして。


煙を一度燻らせる。


「そうじゃな」


甘い香りが漂う。


「じゃが港町との交流は昔から盛んでな」


「港町……」


「うむ」


族長は頷く。


「朝霧家とも古い付き合いじゃ」


その言葉に。


何人かの長老も頷いた。


「暁家が滅んだ頃」


族長は目を細める。


「朝霧家から使者が来たのじゃ」


ジンが顔を上げる。


「使者が?」


「そうじゃ」


族長は静かに続けた。


「暁家の子供達が攫われた」


「追った者達も戻らない」


「力を貸して欲しい」


「探して欲しい」


「そう懇願されてな」


部屋が静まる。


ジンは息を呑んだ。


「朝霧家は暁家と親交が深かった」


老弓士が口を開く。


「必死じゃったよ」


「何としても子供達を見つけたいとな」


別の女性長老も頷く。


「泣きながら頭を下げた者もおった」


「暁家の血を絶やしてはならぬと」


族長は煙管を持ち直す。


「そこで」


「我らも捜索へ加わった」


「南方エルフの魔術は探し物と相性が良い」


「人探し」


「痕跡探し」


「魔力の流れを追う事」


「そうした術は得意分野じゃからな」


ジンは黙って聞いていた。


族長の表情が少し曇る。


「じゃが」


「見つからなんだ」


その一言で。


部屋の空気が重くなる。


「何も残っておらんかった」


老魔術師が呟く。


「魔力も」


「足跡も」


「手掛かりも」


「途中で消えておった」


「まるで最初から存在せぬようにな」


族長も頷く。


「だから」


「我らも諦めるしかなかった」


「子供達は死んだのだろうと」


「二度と見つからぬのだろうと」


そして。


族長は改めてジンを見る。


白髪の少年。


失われた左腕。


左目。


数々の傷。


それでも。


確かに生きている。


「じゃから驚いておるのじゃ」


族長は静かに言った。


「我らが見つけられなかった子が」


「今こうして目の前におる」


「それも」


「生きてな」


部屋は静まり返る。


長老衆も誰も口を挟まない。


ただ。


暁ジンという名を持つ少年を見つめていた。


かつて見つけられなかった子供を。


族長はしばらくジンを見つめていた。


その視線は傷ではない。


もっと奥。


身体の内側を見ているようだった。


やがて。


族長が静かに言う。


「じゃが……」


部屋が静まる。


「お主」


「はい?」


「何を仕込まれたのじゃ?」


ジンが目を瞬かせる。


意味が分からない。


族長は椅子から少し身を乗り出す。


「少し失礼するぞ」


そう言って。


ジンの左肩へ手を伸ばした。


ローブを少しずらす。


失われた左腕の付け根。


そこに残る古い傷跡を観察する。


指先が触れる。


まるで魔力の流れを辿るように。


静かに。


丁寧に。


長老衆も身を乗り出していた。


誰も口を挟まない。


やがて。


族長の眉が深く寄る。


「何故じゃ……」


小さく呟く。


「何故……生きておる……?」


ジンは困惑する。


族長はゆっくり顔を上げた。


その瞳には明らかな困惑が浮かんでいた。


「お主は人間じゃ」


「はい」


「血も」


「魂も」


「肉体も」


「正真正銘の人間じゃ」


そして。


次の瞬間。


族長の声が低くなる。


「なのに」


部屋の空気が変わる。


「何故お主の中に」


「魔族の魔力が流れておる」


沈黙。


長老衆がざわめく。


アリアが目を見開く。


フィリスも息を呑んだ。


ミーナは困惑したように周囲を見回している。


グリムヴァルドだけが静かに族長を見つめていた。


ジンは黙っていた。


驚きはあった。


だが。


初めて聞く話ではなかった。


脳裏に浮かぶ。


レヴィアナの顔。


あの時の言葉。


『お前……魔族なのか?』


その記憶が蘇る。


そして。


祠で見た紫の魔石。


失われた記憶。


自分の知らない過去。


全てが少しずつ繋がり始めている気がした。


「また……その話ですか」


思わず口から漏れる。


族長が目を細めた。


「また?」


「以前にも言われた事があります」


ジンは静かに答える。


「魔族かもしれないって」


部屋がざわつく。


だが。


ジンは続けた。


「でも」


そこで言葉を切る。


自分の身体を見る。


失った左腕。


失った左目。


数え切れない傷。


それでも。


自分は自分だった。


「僕は人間です」


その言葉には迷いが無かった。


族長はゆっくり頷く。


「うむ」


「お主は人間じゃ」


その答えは即座だった。


「そこは間違いない」


だが。


族長の表情は険しい。


「じゃから分からんのじゃ」


「人間のお主の中に」


「何故そこまで濃い魔族の魔力があるのか」


ジンは俯く。


胸の奥が重かった。


また自分の知らない話だった。


だが。


全く心当たりが無い訳ではない。


脳裏に浮かぶ。


あの祠。


あの紫色の魔石。


そして――


左腕。


魔石へ触れた瞬間の事を思い出す。


吸い込まれるように。


いや。


喰われるように。


魔石が左腕へ溶け込んだ。


あの異様な感覚。


今でも忘れられない。


「……一つだけ」


ジンがぽつりと呟く。


部屋の視線が集まる。


「心当たりがあります」


族長の目が細くなる。


「話してみよ」


ジンは少し迷う。


だが。


ここまで来て隠す理由も無かった。


「昔」


「祠で不思議な魔石に触れた事があります」


長老衆が顔を見合わせる。


「魔石?」


「はい」


ジンは頷く。


「紫色の魔石でした」


その瞬間。


族長の眉が動く。


老魔術師が息を呑む。


祭祀長老の女性が顔を上げた。


部屋の空気が変わる。


ジンは続けた。


「触った途端」


「その魔石が」


失われた左腕の付け根へ視線を落とす。


「僕の左腕へ吸収されたんです」


沈黙。


誰も言葉を発さない。


長老衆の表情が変わっていた。


先程までの困惑ではない。


何かを知る者の顔だった。


そして。


族長はゆっくりと目を閉じる。


「なるほどな……」


静かな声だった。


「そういう事か」


その声音には。


先程までの疑問が一つ解けたような響きがあった。


そして族長は。


静かに目を開く。


「その魔石」


「どこにあった?」


「祠です」


「誰かがおったか?」


「いえ」


ジンは首を振る。


「ただ……」


そこで言葉を止める。


断片的な記憶。


紫色の光。


祠。


血。


何かがあった気がする。


だが思い出せない。


族長はそんなジンを見つめ。


深く息を吐いた。


「そうか……」


その声には。


安堵ではなく。


長い年月埋もれていた謎へ辿り着いた者の重さがあった。


族長はしばらく黙っていた。


そして。


ゆっくりとジンの左肩を見る。


失われた左腕。


その付け根に残る傷跡。


「……その左腕」


静かな声だった。


「どこへやったのじゃ?」


その瞬間だった。


アリアの表情が曇る。


ミーナも俯く。


フィリスも静かに目を伏せた。


長老衆はその変化に気付く。


グリムヴァルドもまた三人を見た。


ジンは少し困ったように笑う。


「切り落とされました」


静かな声だった。


「聖王国の女王命令で」


部屋が静まり返る。


長老衆の顔色が変わる。


ジンは続けた。


「僕の左腕は」


失われた肩へ視線を落とす。


「新型魔導砲の炉心に使われました」


誰も言葉を発しない。


老弓士が目を見開く。


祭祀長老の女性が口元を押さえた。


「人間を……?」


「炉心にしたというのか……?」


ざわめきが広がる。


だが。


族長は別のものを見ていた。


アリア。


ミーナ。


フィリス。


三人とも顔を上げない。


拳を握り締める者。


俯く者。


唇を噛む者。


まるで。


その光景を今も見続けているような顔だった。


族長の目が細くなる。


「……」


何かを言いかける。


だが。


言葉は続かなかった。


代わりに。


小さく息を吐く。


それだけで十分だった。


長く生きた者には分かる。


聞かなくとも。


何があったのか。


誰が何を見たのか。


そして。


誰が今も自分を責め続けているのか。


族長は静かに目を閉じる。


「そうか……」


短い言葉だった。


その声には怒りが滲んでいた。


だが。


向けられている先はこの部屋には無い。


既に歴史の中へ消え去った。


今は無き聖王国だった。


「人を炉心にするとは」


族長が呟く。


「魔族より余程魔族らしいではないか」


部屋が静まり返る。


誰も反論しない。


長老衆もまた険しい顔をしていた。


族長は煙管を手に取る。


ゆっくりと煙を吸い込む。


そして。


白い煙を吐き出した。


「滅びるべくして滅びたのかもしれんな」


誰へ向けた言葉でもない。


ただ。


かつて存在した国家への。


静かな怒りと失望だった。


やがて。


族長は再びジンを見る。


失われた左腕。


若過ぎる身体に刻まれた傷。


そして。


先程見た魔族の魔力。


「お主」


族長が静かに言う。


「本当によう生きておるな」


その言葉に。


ジンは少しだけ苦笑した。


「皆が助けてくれましたから」


そう言って。


アリア達を見る。


三人は顔を上げない。


だが。


その言葉は確かに届いていた。


族長はそんな四人を見つめる。


そして。


今度はジンの左目へ視線を向けた。


空白となった眼窩。


そこに残る傷跡。


先程までとは違う沈黙が落ちる。


族長は何も聞かなかった。


ただ。


アリア達の表情を見る。


そして。


ゆっくりと目を閉じる。


どうやら。


こちらもまた。


聞かなくても良い話らしかった。


だから。


族長は話題を戻す。


「紫の魔石の話じゃ」


静かに言う。


「お主の身体に流れる魔族の魔力」


「そして暁家の子である事」


「その二つは恐らく無関係ではない」


その言葉に。


長老衆も真剣な表情になった。


今ようやく。


失われた暁家と。


暁ジンという少年の物語が。


一つの線で繋がり始めようとしていた。

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