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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
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南方エルフの里

朝霧家の館を出発して。


半日ほどが経っていた。


港町の気配はとうに消えている。


海岸線から離れ。


一行は深い森の中を進んでいた。


木々は高い。


空もほとんど見えない。


獣道とも呼べないような場所だ。


その先頭を歩いているのはグリムヴァルドだった。


迷いが無い。


だが。


ジンには不思議だった。


しばらく真っ直ぐ進んだかと思えば。


急に右へ曲がる。


しばらくすると今度は左へ。


時には来た道を戻るような動きまで見せる。


「……」


ジンは周囲を見る。


変わらない森。


変わらない木々。


目印らしいものも無い。


しばらく我慢していたが。


ついに聞いた。


「グリムヴァルドさん」


「うむ」


「迷ってません?」


後ろを歩くミーナが吹き出した。


フィリスも口元を押さえる。


アリアも耳を揺らして笑っている。


グリムヴァルドは振り返らない。


「迷っておらん」


即答だった。


「本当ですか?」


「本当じゃ」


そして。


少しだけ笑う。


「迷わせておるのじゃ」


「え?」


ジンが首を傾げる。


グリムヴァルドは前を向いたまま答えた。


「この森にはな」


「里へ続く道が存在せぬ」


意味が分からない。


ジンはますます首を傾げた。


「存在しない?」


「正確には」


グリムヴァルドは言う。


「見つけられぬ」


風が吹く。


木々が揺れる。


「結界じゃ」


フィリスが補足する。


「侵入者を迷わせる結界ですね」


「なるほど……」


ジンは理解した。


だからわざと複雑な道を歩いていたのだ。


知らなければ。


同じ場所を延々と彷徨う事になるのだろう。


そう思った時だった。


ふっと空気が変わる。


ジンが顔を上げる。


アリアも耳を動かした。


「……人?」


思わず口から漏れる。


気配があった。


一人や二人ではない。


十人。


二十人。


もっとだ。


森の奥から。


多くの人の気配が流れてくる。


ミーナも気付いたらしい。


「わぁ……」


グリムヴァルドが立ち止まる。


そして。


目の前を指差した。


木々の隙間。


その先に。


巨大な門が見えた。


木と石で造られた古い門。


自然と一体化しているような造りだった。


その両脇には見張りのエルフ達。


長弓を携え。


静かにこちらを見ている。


門の向こうには。


建物が見えた。


木々の上に建てられた家。


吊り橋。


畑。


行き交う人々。


森の中に広がる一つの街。


いや。


一つの里。


グリムヴァルドが静かに息を吐く。


その顔は。


どこか懐かしそうだった。


「着いたぞ」


一拍。


そして。


少しだけ微笑む。


「ここが私の故郷」


「南方エルフの里じゃ」


ジンは思わず見上げていた。


今まで見たどの街とも違う。


森と共に生きる者達の里を。


「止まれ」


低い声が響く。


門の前に立っていた見張りのエルフ達が長弓へ手を掛ける。


視線はグリムヴァルドではない。


その後ろ。


ジン達へ向いていた。


「後ろに控えている者達は誰だ」


男のエルフが前へ出る。


警戒していた。


当然だった。


里へ入る見知らぬ者達。


しかもエルフではない。


獣人もいる。


人間もいる。


簡単に通せるはずもない。


だが。


その時だった。


「構わん」


グリムヴァルドが一歩前へ出る。


「私の客人じゃ」


静かな声だった。


だが。


有無を言わせない響きがあった。


「門を通せ」


見張りの男は眉をひそめる。


グリムヴァルドを見る。


旅装束。


長旅の汚れ。


それに加えて以前より少し痩せている。


一瞬。


誰なのか分からなかった。


訝しげな顔になる。


そして。


次の瞬間。


目を見開いた。


「……まさか」


男の顔色が変わる。


慌てて姿勢を正す。


周囲の見張り達も同様だった。


「し、失礼致しました!」


男が頭を下げる。


「グリムヴァルド殿でしたか!」


その声に。


門の周囲がざわつく。


見張り達が顔を見合わせる。


驚いているらしい。


グリムヴァルドは小さくため息を吐く。


「久しいな」


「はっ!」


男は顔を上げる。


その表情には緊張が浮かんでいた。


「ご無事で何よりです!」


「長老方もお待ちでした」


「そうか」


グリムヴァルドは頷く。


特に気にした様子もない。


男は改めてジン達を見る。


今度は先程のような警戒ではない。


驚きだった。


グリムヴァルドが自ら客人と認める者達。


しかも里へ連れてくる程の。


珍しい事だった。


「門を開けろ!」


男が叫ぶ。


重い音が響く。


巨大な門がゆっくりと開き始める。


森の奥。


エルフ達の里がその姿を現す。


その光景を見ながら。


ジンは隣のアリアへ小声で聞いた。


「グリムヴァルドさんって偉い人なんですか?」


アリアは少し考える。


そして。


門番達を見る。


長老方もお待ちでした。


その言葉を思い出して。


「……多分」


そう答えた。


一方。


グリムヴァルドは聞こえていたらしい。


「多分とはなんじゃ」


そう呟きながら。


どこか疲れたような顔で里の中へ足を踏み入れたのであった。


ザイン一行は門をくぐる。


森の中へ続く道を進む。


しばらくは木々に囲まれていた。


高い木々。


張り巡らされた蔦。


木漏れ日。


まるで森そのものが里を隠しているかのようだった。


だが。


やがて視界が開ける。


「わぁ……」


ミーナが思わず声を漏らした。


森の向こう。


青い海が広がっていた。


断崖の先には果てしない水平線。


潮風が吹く。


森の香りと混ざり合う。


湿った土の匂い。


木々の匂い。


そして海の匂い。


不思議な香りだった。


ジンは立ち止まりそうになる。


こんな景色は初めてだった。


「綺麗ですね……」


ぽつりと呟く。


グリムヴァルドも少しだけ目を細めた。


「変わっておらんな」


故郷を見る目だった。


道はそのまま里の中心へ続いている。


木の上に建てられた家。


枝と枝を繋ぐ吊り橋。


森と共に生きるための工夫が至る所に見えた。


そして。


当然ながら。


一行は目立っていた。


里を歩くエルフ達が次々と足を止める。


買い物帰りの女性。


弓を背負った若者。


遊んでいた子供達。


皆こちらを見ている。


人間。


獣人。


それだけでも珍しい。


だが。


特に視線を集めていたのはジンだった。


深く被ったローブ。


仮面。


白い髪はほとんど隠れている。


左腕の無い身体。


その姿はどう見ても目立つ。


「誰だあれ」


「旅の魔術師か?」


「いや怪しくないか?」


「南方の人間じゃないよな」


ひそひそ声が聞こえる。


子供達は遠慮が無い。


「あのお兄ちゃん顔隠してる!」


「悪い人?」


「馬鹿、聞こえるって」


母親らしきエルフに頭を叩かれている。


ジンは少し肩を縮めた。


「見られてますね……」


「見られておるな」


グリムヴァルドは平然としていた。


アリアは隣を歩きながら周囲を見回す。


「そりゃ目立つわよ」


「そんなにですか?」


「かなり」


即答だった。


フィリスも頷く。


「仮面を外しても目立ちます」


「外さなくても目立ちます」


「どっちなんですか……」


ミーナが笑う。


「ジンだしねぇ」


「何ですかそれ」


そんなやり取りをしながら。


一行は里の奥へ進んでいく。


その様子を。


里の住人達は興味深そうに見送っていた。


そして。


グリムヴァルドの姿を見つけた者達は。


驚いたように目を見開き。


慌てて誰かに知らせに走っていくのだった。


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