風呂で源蔵と
源蔵は酒を口に運ぶ。
広間は賑やかだった。
門下生達は飲み食いしながら談笑している。
誰かが武勇伝を語り。
誰かが失敗談で笑いを取る。
そんな中。
源蔵の視線は時折ジンへ向いていた。
何も言わない。
ただ見ている。
水蓮はその様子に気付いていた。
「父上」
源蔵は返事をする。
「なんじゃ」
「随分気に入っていますね」
源蔵は酒を飲む。
少し考える。
そして。
「そうかもしれんな」
とだけ答えた。
水蓮は少し驚く。
源蔵は滅多にそういう事を口にしない。
「暁の生き残りだからですか?」
「それもある」
源蔵は頷く。
それだけではない。
そう言いたげだった。
しばらくして。
源蔵は再びジンを見る。
ジンは門下生達に捕まっていた。
聖騎士団の話を聞かれたり。
西方の話を聞かれたり。
困ったように笑いながら答えている。
源蔵は小さく鼻を鳴らした。
「片腕じゃ」
「はい」
「それであれだけ動く」
水蓮も思い出す。
先程の手合わせ。
片腕。
しかも長柄武器は不利だった。
それでも。
水蓮は何度も打ち込みを修正させられた。
あの年齢では珍しい。
「強いですね」
「強いな」
源蔵は即座に答えた。
「今はまだ若い」
「技も荒い」
「経験も足りん」
「じゃが」
そこで言葉を切る。
視線はジンへ向いたままだった。
「生き残る武人の動きじゃ」
水蓮は黙る。
源蔵は続けた。
「勝つための剣ではない」
「死なんための剣じゃ」
その言葉に。
水蓮は先程の手合わせを思い出す。
確かにそうだった。
力比べをしない。
受けない。
流す。
避ける。
潰す。
そして。
危険を感じた瞬間には迷わず間合いを変える。
戦場の動きだった。
試合の動きではない。
「それに」
源蔵は酒を置く。
「片腕を失ってから随分経っておるな」
「分かるのですか?」
「分かる」
短く答える。
「腕が無くなった者は最初は身体の使い方を見失う」
「じゃがあやつは違う」
「既に自分の身体として扱っておる」
それがどれほど難しい事か。
武人である二人には分かる。
水蓮も静かに頷いた。
そして。
源蔵は少しだけ笑う。
「面白い若造じゃ」
珍しい言葉だった。
その頃。
当の本人は。
「だからその時魔獣が三匹出てきてですね」
「おお!」
「それでどうした!」
などと門下生達に囲まれていた。
何人かは酒を注ぎ。
何人かは料理を勧めている。
完全に捕まっていた。
その様子を見て。
源蔵はまた小さく笑う。
「人に好かれるな」
「それも才能かもしれん」
水蓮もその光景を見る。
そして。
父の言葉に静かに頷いた。
源蔵は酒を口に運ぶ。
広間は賑やかだった。
門下生達は飲み食いしながら談笑している。
誰かが武勇伝を語り。
誰かが失敗談で笑いを取る。
そんな中。
源蔵の視線は時折ジンへ向いていた。
何も言わない。
ただ見ている。
水蓮はその様子に気付いていた。
「父上」
源蔵は返事をする。
「なんじゃ」
「随分気に入っていますね」
源蔵は酒を飲む。
少し考える。
そして。
「そうかもしれんな」
とだけ答えた。
水蓮は少し驚く。
源蔵は滅多にそういう事を口にしない。
「暁の生き残りだからですか?」
「それもある」
源蔵は頷く。
それだけではない。
そう言いたげだった。
しばらくして。
源蔵は再びジンを見る。
ジンは門下生達に捕まっていた。
聖騎士団の話を聞かれたり。
西方の話を聞かれたり。
困ったように笑いながら答えている。
源蔵は小さく鼻を鳴らした。
「片腕じゃ」
「はい」
「それであれだけ動く」
水蓮も思い出す。
先程の手合わせ。
片腕。
しかも長柄武器は不利だった。
それでも。
水蓮は何度も打ち込みを修正させられた。
あの年齢では珍しい。
「強いですね」
「強いな」
源蔵は即座に答えた。
「今はまだ若い」
「技も荒い」
「経験も足りん」
「じゃが」
そこで言葉を切る。
視線はジンへ向いたままだった。
「生き残る武人の動きじゃ」
水蓮は黙る。
源蔵は続けた。
「勝つための剣ではない」
「死なんための剣じゃ」
その言葉に。
水蓮は先程の手合わせを思い出す。
確かにそうだった。
力比べをしない。
受けない。
流す。
避ける。
潰す。
そして。
危険を感じた瞬間には迷わず間合いを変える。
戦場の動きだった。
試合の動きではない。
「それに」
源蔵は酒を置く。
「片腕を失ってから随分経っておるな」
「分かるのですか?」
「分かる」
短く答える。
「腕が無くなった者は最初は身体の使い方を見失う」
「じゃがあやつは違う」
「既に自分の身体として扱っておる」
それがどれほど難しい事か。
武人である二人には分かる。
水蓮も静かに頷いた。
そして。
源蔵は少しだけ笑う。
「面白い若造じゃ」
珍しい言葉だった。
その頃。
当の本人は。
「だからその時魔獣が三匹出てきてですね」
「おお!」
「それでどうした!」
などと門下生達に囲まれていた。
何人かは酒を注ぎ。
何人かは料理を勧めている。
完全に捕まっていた。
その様子を見て。
源蔵はまた小さく笑う。
「人に好かれるな」
「それも才能かもしれん」
水蓮もその光景を見る。
そして。
父の言葉に静かに頷いた。
宴が終わる頃には。
外はすっかり暗くなっていた。
門下生達も一人、また一人と席を立っていく。
酒に酔って笑う者。
仲間に肩を貸されている者。
明日の朝稽古を気にして早々に引き上げる者。
広間の賑わいも少しずつ小さくなっていった。
そして。
ジン達も客室へ戻っていた。
広い和室だった。
東方らしく床に布団が敷かれている。
ミーナは早速布団へ飛び込んでいた。
「ふかふかだぁ……」
「行儀が悪いですよ」
フィリスが呆れたように言う。
アリアは窓際に立ち。
外の庭を眺めていた。
グリムヴァルドは酒を少し飲み過ぎたのか。
壁にもたれながら静かに目を閉じている。
ジンは仮面を外し。
ぼんやりと天井を見上げていた。
火の国。
暁家。
攫われた子供達。
今日聞いた話が頭の中を巡っている。
その時だった。
コンコン。
障子が叩かれる。
全員の視線が向く。
「入るぞ」
聞き覚えのある声だった。
障子が開く。
源蔵だった。
その姿にアリアが少し姿勢を正す。
フィリスも本を閉じた。
源蔵は部屋へ入る。
手には酒瓶も湯呑みも無い。
宴の続きではなさそうだった。
「夜分にすまんな」
そう言いながら。
部屋の中央へ座る。
グリムヴァルドも片目を開いた。
「何かあったか?」
源蔵は首を振る。
「いや」
短い返事だった。
そして。
視線がジンへ向く。
ジンも自然と姿勢を正した。
しばらく沈黙が流れる。
源蔵は何かを考えているようだった。
やがて。
静かに口を開く。
「昼の手合わせを見ておった」
水蓮との手合わせの事だろう。
ジンは少し気まずそうな顔になる。
石突で頭を叩かれた場面を思い出したらしい。
源蔵は構わず続ける。
「お主」
「はい」
「武器を握った時」
「何か思い出したか?」
部屋が静かになる。
ジンは少し驚いた顔をした。
そして。
考える。
昼間の感覚を。
木刀を握った時。
棒を握った時。
あの妙な感覚を。
「……いえ」
しばらくして首を振る。
「思い出した訳じゃないです」
源蔵は頷く。
予想していた答えだったのだろう。
「そうか」
再び静寂。
だが。
源蔵は帰ろうとしなかった。
何かを確かめに来たようだった。
その視線は。
静かにジンへ向いていた。
◇
源蔵はしばらくジンを見ていた。
そして。
ふっと肩の力を抜く。
「まぁよい」
そう言って立ち上がる。
「汗もかいたじゃろう」
ジンは昼の手合わせを思い出す。
確かにかなり動いた。
「風呂でもどうだ」
その言葉に。
ミーナが勢いよく顔を上げた。
「お風呂!?」
目が輝いている。
数日前。
樽風呂で大喜びしていた事を思い出したらしい。
源蔵は小さく笑う。
「他のお客人方もじゃ」
「湯船の用意は出来ておる」
「遠慮はいらん」
そうして一行は源蔵に案内される。
屋敷の奥。
庭園を抜けた先に湯殿があった。
大きな建物だった。
立派な瓦屋根。
湯気が夜空へ昇っている。
「おお……」
ジンが思わず声を漏らす。
温泉街を出て以来。
まともな大浴場など久しぶりだった。
湯殿へ入る。
中は男女で分かれていた。
だが完全に別ではない。
薄い板壁一枚で仕切られているらしく。
向こうの話し声も僅かに聞こえる造りだった。
「ではこちらじゃな」
グリムヴァルドが言う。
アリア達も頷く。
女湯へ向かうのは。
グリムヴァルド。
アリア。
フィリス。
ミーナ。
そして水蓮。
ミーナは早速駆けていった。
「わーい!」
「走らないでください」
フィリスの声が追いかける。
アリアは水蓮をちらりと見る。
水蓮はそれに気付いて微笑んだ。
何となく。
まだ警戒されている気がする。
そして。
男湯に残ったのは。
源蔵とジンだけだった。
静かになる。
ジンは少し不思議そうな顔をした。
広い湯殿。
立ち昇る湯気。
湯船にはたっぷりと湯が張られている。
源蔵は何も言わない。
先に衣服を脱ぎ始める。
ジンも慌ててそれに続いた。
湯気の向こうで。
源蔵の視線が一瞬だけジンへ向く。
昼の手合わせ。
宴での会話。
そして。
暁という名。
どうやら源蔵には。
まだ聞きたい事があるようだった。
「そうか」
源蔵は静かに頷く。
湯気が立ち昇る。
話はそこで終わるかに思えた。
だが――
「だめー!!」
突然。
板壁の向こうから声が飛んできた。
ジンがびくりと肩を震わせる。
聞き覚えのある声だった。
「絶対だめー!!」
ミーナではない。
フィリスでもない。
アリアだった。
源蔵が片眉を上げる。
ジンは呆然と板壁を見る。
どうやら。
向こう側まで話が聞こえていたらしい。
「絶対だめだからね!?」
アリアの声が続く。
「会った初日に婿入りって何よ!」
「話が飛び過ぎなのよ!」
ジンは思わず顔を覆う。
聞こえていた。
全部。
源蔵は特に気にした様子もない。
「ふむ」
「ふむ、ではない!」
向こうから即座に返ってくる。
湯殿のあちこちから笑い声が漏れる。
どうやら使用人達にも聞こえているらしい。
その時だった。
別の声が響く。
今度は落ち着いた女性の声。
「源蔵」
グリムヴァルドだった。
いつも通りの穏やかな声。
だが。
少しだけ圧がある。
「お主な」
「なんじゃ」
「まずは保護者である私に話を通してくれんと困るぞ」
源蔵が黙る。
グリムヴァルドは続けた。
「ジンは私の息子じゃ」
ジンが固まる。
源蔵も固まる。
板壁の向こうも静かになる。
数秒。
沈黙。
そして。
「息子?」
源蔵が聞き返す。
「うむ」
グリムヴァルドは即答だった。
「私の息子じゃ」
「血は繋がっておらんがな」
「だから尚更じゃ」
向こう側で何か湯を叩く音がした。
恐らくアリアだろう。
「そうよ!」
「まずそこよ!」
「本人より先に保護者でしょ!」
「というか婿入り前提で話進めないで!」
次々と飛んでくる。
フィリスのため息も聞こえた。
「アリア」
「何よ」
「落ち着いてください」
「落ち着いてる!」
全然落ち着いていなかった。
ジンは湯の中で小さくなっていた。
恥ずかしい。
非常に恥ずかしい。
一方。
源蔵は腕を組む。
そして。
少し考えた後。
「なるほど」
と頷いた。
「では順番が逆じゃったな」
「そうじゃ」
グリムヴァルドが答える。
「まず私に話を通せ」
「うむ」
「それから本人じゃ」
「うむ」
「あと水蓮にも確認せい」
「うむ」
まるで商談だった。
ジンはますます小さくなる。
板壁の向こうでは。
アリアが頭を抱えていた。
「何で話が続いてるのよぉ……」
その声を聞きながら。
源蔵は湯に浸かる。
そして。
小さく笑った。
どうやら本気だったらしい。
そこで。
しばらく静かだった女湯側から。
遠慮がちな声が聞こえてきた。
「あの……」
水蓮だった。
湯殿が静かになる。
「ジン殿さえ良ければ」
一拍。
「私は構いませんが……」
ジンが固まる。
源蔵が頷く。
グリムヴァルドが目を瞬かせる。
そして。
次の瞬間だった。
「何言ってるのよ貴女!!」
アリアの声が湯殿に響いた。
「初日でしょ!?」
板壁が震える勢いだった。
「今日会ったばっかりでしょ!?」
「そうですが?」
水蓮は不思議そうだった。
「そうですがじゃないのよ!」
「ですが気になりますし」
「気になるで結婚決めるの!?」
「決めてはいません」
「話が進んでるじゃない!!」
ジンは顔を覆った。
もう勘弁して欲しい。
向こうではまだ続いている。
「だいたい貴女!」
アリアが言う。
「ジンの事何も知らないでしょ!?」
「今日知りました」
「そういう意味じゃないのよ!」
「強いですし」
「そこでもない!」
「礼儀正しいですし」
「違う!」
「面白いですし」
「そこが一番危ないのよ!!」
ミーナの笑い声が聞こえる。
フィリスも堪えきれていないらしい。
グリムヴァルドも小さく息を吐いた。
そして。
静かに口を開く。
「アリア」
「何!?」
「落ち着け」
「無理!!」
即答だった。
源蔵は湯に浸かりながら腕を組む。
「ふむ」
「ふむじゃない!」
またアリアが反応する。
どうやら源蔵も警戒対象らしい。
その様子を見ていたジンは。
しばらく黙っていたが。
やがてぽつりと言った。
「僕の意見は……」
途端に。
男湯も女湯も静かになる。
全員が聞いていた。
ジンは少し考える。
そして。
困ったように笑った。
「その……」
「まだ会って半日も経ってないので……」
至極真っ当な意見だった。
数秒後。
女湯側からフィリスのため息が聞こえる。
ミーナは吹き出した。
アリアは頭を抱えた。
源蔵は頷く。
「うむ」
グリムヴァルドも頷く。
「うむ」
水蓮だけが。
「それもそうですね」
と納得していた。
その答えに。
今度はアリアが湯船へ沈んでいった。




