表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
169/197

水蓮と

「まぁ、ごゆるりと過ごしておくれ」


源蔵はそう言って立ち上がった。


話は一区切りついた。


火の国の話。


暁家の話。


ジンの過去の話。


それらはあまりにも重かった。


今すぐ答えが出るものでもない。


源蔵もそれを理解しているのだろう。


「今夜は泊まっていくと良い」


そう言い残し。


客間を後にした。


水蓮も一礼する。


そして。


それぞれ自由に過ごす事になった。


グリムヴァルドは源蔵と話があるらしい。


フィリスは屋敷の書物に興味津々だった。


ミーナは使用人達と台所へ消えていった。


アリアは――


当然のようにジンへ付いて来ようとした。


だが。


「少しだけお借りしても?」


水蓮にそう言われ。


渋々了承したのである。


結果。


今。


ジンは水蓮と共に道場へ来ていた。


昼下がり。


木刀を打ち合う音が響く。


掛け声。


汗。


熱気。


道場は相変わらず賑やかだった。


そして。


ジンは少し困っていた。


「……」


「……」


水蓮がずっと見ている。


本当にずっと見ている。


歩いていても。


座っていても。


道場を眺めていても。


視線を感じる。


ジンは最初こそ気のせいだと思っていた。


だが。


違った。


確実に見られている。


それも。


ものすごく楽しそうな顔で。


「……」


「……」


数分後。


ついに耐えられなくなった。


「あの」


水蓮が微笑む。


「はい?」


「えっと……」


ジンは少し困った顔になる。


「なんですか?」


「何がです?」


「ずっと見てますよね」


水蓮は否定しなかった。


むしろ。


さらに笑顔になる。


ジンは少し後悔した。


聞かなければ良かったかもしれない。


すると。


水蓮は少し身を乗り出す。


黒い瞳が楽しそうに細められる。


そして。


ぽつりと言った。


「ジン殿」


「はい?」


「あなた」


一拍。


「強いですよね?」


その瞬間。


ジンは固まった。


何故そんな話になるのか分からない。


一方。


水蓮の口元は。


楽しそうに吊り上がっていた。


まるで。


面白い玩具を見つけた子供のように。


あるいは。


ずっと確かめたかった事があるように。


「え?」


ジンが間の抜けた声を出す。


水蓮はにやりと笑った。


そして。


道場の中央を見る。


木刀。


稽古場。


汗を流す門下生達。


どう考えても。


嫌な予感しかしなかった。


「ジン殿」


水蓮はにこやかに微笑む。


嫌な予感しかしなかった。


「はい……」


ジンも何となく察し始めている。


道場。


木刀。


剣士。


そして。


楽しそうな水蓮。


嫌な予感しかしなかった。


案の定だった。


「お手合わせしていただいても?」


やはりそう来た。


ジンは思わず固まる。


「え」


水蓮は笑顔である。


「え?」


「お手合わせです」


「いや」


ジンは困った顔になる。


「僕そんなに強くないですよ」


本気でそう思っていた。


左腕は無い。


左目も無い。


剣だって本職ではない。


最近は杖や魔術も使う。


中途半端だ。


すると。


水蓮は少し首を傾げた。


「そうでしょうか?」


「そうですよ」


「そうですかね?」


「そうです」


「本当に?」


「本当にです」


妙な押し問答が始まる。


水蓮は楽しそうだった。


そして。


少しだけ声を落とす。


「野盗との戦い」


ジンの肩がぴくりと動く。


「あの時」


「魔術を使いましたよね」


「はい」


「短剣も使いましたよね」


「はい」


「槍も使いましたよね」


「はい」


「近接戦闘も出来ますよね」


「はい……」


段々嫌な流れになってきた。


水蓮は満足そうに頷く。


「十分強いじゃないですか」


「違いますって」


ジンは慌てる。


だが。


水蓮は聞いていない。


完全に聞いていない。


むしろ確信を深めている。


「それに」


水蓮の目が細くなる。


「父上が褒めるのは珍しいんですよ」


「そうなんですか?」


「滅多にありません」


即答だった。


「大抵は」


『まだまだじゃ』


『未熟じゃ』


『やり直しじゃ』


「です」


ジンは少し源蔵に同情した。


門下生達も大変そうだった。


すると。


水蓮は木刀を一本持ち上げる。


そして。


ジンへ差し出した。


「お願いします」


笑顔だった。


断られるなど一切考えていない笑顔だった。


ジンは木刀を見る。


水蓮を見る。


木刀を見る。


水蓮を見る。


そして。


助けを求めるように周囲を見る。


誰もいない。


アリアもいない。


フィリスもいない。


ミーナもいない。


グリムヴァルドもいない。


味方がいなかった。


「……」


逃げられない。


そう悟ったジンは。


観念したように木刀を受け取った。


その瞬間。


水蓮の笑顔がさらに深くなった。


まるで。


ずっと待っていたと言わんばかりに。


道場が静かになった。


ざわついていた門下生達の声が止まる。


木刀を打ち合う音も消える。


全員が何事かと中央を見る。


そこには。


既に水蓮が立っていた。


木刀を肩に担ぎ。


楽しそうな顔をしている。


「水蓮様だ」


「珍しいな」


「誰とやるんだ?」


門下生達の視線が集まる。


そして。


もう一人。


ジンが中央へ歩み出た。


白髪。


片腕。


まだ若い少年。


それを見た門下生達がざわつく。


だが。


すぐに静かになる。


水蓮が相手だからだ。


皆その実力を知っている。


やがて。


ジンも木刀を握る。


その瞬間だった。


「……あれ」


小さく呟く。


不思議だった。


木刀が手に馴染む。


初めて握ったはずなのに。


まるで昔から持っていたような感覚。


握り方も。


構え方も。


何となく身体が知っている。


無意識に木刀を持ち上げる。


右手一本。


それだけなのに。


妙にしっくり来る。


胸の奥がざわついた。


懐かしい。


そんな感覚だった。


何故だろう。


理由は分からない。


だが。


心が躍る。


戦う前なのに。


怖さよりも先に。


楽しさが湧いてくる。


「……」


ジンは木刀を見る。


知らない感覚だった。


少なくとも。


聖騎士団で剣を持った時とは違う。


もっと深い。


もっと古い何か。


そんな感覚だった。


対面では。


水蓮がその様子を見ていた。


そして。


口元を僅かに緩める。


「やっぱり」


小さな呟き。


誰にも聞こえない。


だが。


確信に近いものがあった。


一方。


門下生達は次々と道場の端へ移動していた。


稽古は止まる。


全員が座る。


息を呑む。


誰も喋らない。


中央に立つ二人を見る。


それだけだった。


やがて。


道場には静寂だけが残る。


窓から差し込む陽光。


揺れる木々の影。


木刀を握るジン。


向かい合う水蓮。


そして。


誰もが気付いていた。


これはただの手合わせではない。


そんな空気が。


道場全体を包んでいた。


水蓮の口元が吊り上がる。


楽しそうだった。


いや。


嬉しそうだった。


まるで長年探していた宝物を見つけた子供のように。


「なるほど……!」


踏み込む。


再び。


今度は先程より速い。


木刀が横薙ぎに走る。


だが。


ジンの身体は自然に動く。


ガンッ!


打ち込まれる直前。


木刀が相手の剣筋へ入り込む。


勢いそのものを潰す。


そして。


流す。


力で受けない。


最小限の動きで軌道を逸らす。


「っ!」


水蓮が驚く。


そのまま二撃目。


三撃目。


四撃目。


激しい連撃。


普通の相手なら防戦一方になる。


だが。


ジンは違った。


受けない。


止めない。


流す。


あるいは。


先に潰す。


木刀が振り下ろされる前に。


軌道へ入る。


相手が力を乗せる前に。


芯を叩く。


カンッ!


カァン!


ガッ!


乾いた音が響く。


道場中に。


門下生達が息を呑む。


「なんだあれ……」


「片腕だぞ……?」


「水蓮様が押されてる……?」


誰も理解できない。


技は派手ではない。


速さも異常ではない。


だが。


おかしい。


明らかにおかしい。


水蓮の剣が。


ことごとく機能していない。


そして。


ジン自身も混乱していた。


何故出来る。


何故分かる。


相手がどこへ打ち込むか。


どこへ力を乗せるか。


何となく見える。


考えるより先に。


身体が知っている。


まるで。


何千回も経験したように。


水蓮はさらに踏み込む。


今度は鋭い突き。


喉元を狙う一撃。


すると。


ジンの木刀が自然に動く。


流す。


身体を捻る。


そして。


気付けば。


木刀の先端が。


水蓮の喉元へ向いていた。


ピタリ。


止まる。


静寂。


水蓮が止まる。


門下生達も止まる。


誰も喋らない。


ジン本人だけが目を丸くしていた。


「……あれ?」


本気で分かっていない。


どうしてそうなったのか。


分からない。


だが。


水蓮だけは違った。


喉元へ向けられた木刀を見つめる。


そして。


震えるように笑った。


「ふふ……」


小さな笑い。


「やっぱり」


黒い瞳が輝いていた。


興奮している。


間違いなく。


「その動き……」


小さく呟く。


まるで。


昔話で聞いた何かを見つけたように。


「暁家の剣だ……」


ジンには。


その意味がまだ分からなかった。



水蓮の口元が僅かに緩む。


楽しそうだった。


まるで長年探していた答えへ近付いているように。


「それではこちらは如何でしょう」


そう言うと。


近くの武器棚から一本の木の棒を手に取った。


槍としても使える。


杖としても使える。


絶妙な長さだった。


ひゅっ。


軽く回転させる。


そして。


ジンへ放り投げた。


「え?」


反射的に受け取る。


右手で握る。


その瞬間だった。


まただ。


木刀以上だった。


手に吸い付くような感覚。


重さが分かる。


重心が分かる。


どう構えれば良いかも分かる。


初めて握ったはずなのに。


身体が知っていた。


「……?」


ジンは棒を見る。


何故だろう。


妙に落ち着く。


懐かしい。


そんな感覚さえあった。


一方。


水蓮も武器棚へ向かう。


そして一本の薙刀を手に取った。


木製の稽古用。


だが。


その長柄武器を持った瞬間。


空気が変わる。


先程までとは違う。


剣士ではない。


武人としての姿だった。


薙刀を静かに構える。


切っ先がジンを捉える。


「槍としても」


「杖としても使えます」


水蓮は微笑む。


「お好きなように」


ジンは棒を握る。


そして。


自然に足が開く。


重心が落ちる。


何も考えていない。


それなのに。


身体が勝手に動いていた。


門下生達がざわつく。


「なんだあの構え」


「見た事ないぞ」


「槍か……?」


「いや違う」


誰も分からない。


だが。


強い事だけは分かる。


それだけだった。


そして。


その頃。


道場の入口には源蔵の姿があった。


いつの間にか様子を見に来ていたらしい。


源蔵は何も言わない。


表情も変わらない。


ただ静かに二人を見ている。


その視線だけが。


ジンの構えへ向けられていた。


水蓮もそれに気付く。


だが何も言わない。


父もまた。


同じものを見ているのだろう。


ジン本人だけが分かっていなかった。


何故こんなにも馴染むのか。


何故こんなにも自然なのか。


その理由を。


そして。


水蓮は楽しそうに笑う。


「では」


薙刀を静かに構える。


「続きをしましょうか」


その瞬間。


道場の空気が張り詰めた。


水蓮が踏み込む。


今度は先程までとは違った。


長い。


薙刀の間合いだ。


ヒュン――


風を切る音。


長い柄から繰り出される斬撃は木刀より遥かに遠くから届く。


ジンは咄嗟に棒を振るう。


カンッ!


木と木がぶつかる。


だが。


押し返せない。


すぐに次が来る。


横薙ぎ。


振り下ろし。


払い。


突き。


薙刀特有の変幻自在な連撃。


水蓮は楽しそうに攻め続ける。


一方のジンは。


器用に棒の中程を握っていた。


まるで刀のように。


あるいは短槍のように。


片手で自在に操る。


棒の先端だけで受けるのではない。


柄全体を使う。


流す。


逸らす。


潰す。


その動きは確かに巧みだった。


だが。


相手は薙刀。


そして。


こちらは片腕。


間合いが圧倒的に不利だった。


カンッ!


ガッ!


カァン!


音が響く。


ジンは防ぐ。


また防ぐ。


さらに防ぐ。


だが。


一歩。


また一歩。


押し込まれる。


「ふふっ」


水蓮が笑う。


楽しそうだった。


「やはりそうなりますよね」


その言葉通りだった。


技量はある。


反応も良い。


だが。


片手では限界がある。


長柄武器同士なら尚更だ。


門下生達もそれを理解していた。


「片腕であそこまでやれるのか……」


「いや十分おかしいだろ……」


「普通ならとっくに打たれてるぞ」


誰もが驚いていた。


だが。


ジン自身は違った。


押されている。


確かに押されている。


なのに。


不思議だった。


嫌ではない。


むしろ。


楽しい。


木の感触。


足運び。


呼吸。


相手との間合い。


全てが妙に心地良かった。


そして。


ふと。


身体の奥が反応する。


何かを思い出しそうになる。


この状況を。


長柄武器を相手にした感覚を。


だが。


掴めない。


思い出せない。


その間にも。


水蓮の薙刀が迫る。


横薙ぎ。


ジンは受ける。


いや。


受けようとして――


その瞬間。


身体が勝手に動いた。


受けるのではなく。


前へ。


薙刀の内側へ潜り込むように。


門下生達が息を呑む。


水蓮の目が細まる。


まるで。


何かを待っていたかのように。


前へ出る。


薙刀の内側へ。


長柄武器の弱点。


そこへ潜り込もうとした瞬間だった。


水蓮の目が笑った。


しまっ――


そう思った時には遅い。


薙刀は刃だけではない。


柄もまた武器だ。


水蓮の両手が滑るように動く。


そして。


逆側。


石突が跳ね上がる。


ガツンッ!!


鈍い音が道場に響いた。


「っっ!?」


ジンの頭が大きく揺れる。


視界が白く弾けた。


そのまま数歩よろめく。


足がもつれる。


危うく転びそうになる。


門下生達が思わず声を上げた。


「入った!」


「水蓮様の一本だ!」


「石突か!」


ジンは頭を押さえる。


痛い。


滅茶苦茶痛い。


涙が出そうだった。


「いっっった……」


本音だった。


水蓮は薙刀を肩へ担ぐ。


そして少し困ったように笑う。


「大丈夫ですか?」


「いや全然大丈夫じゃないです……」


額を押さえながら答える。


すると。


道場のあちこちから笑い声が漏れた。


先程まで張り詰めていた空気が少し和らぐ。


水蓮も口元を隠して笑っていた。


「長柄武器は刃だけではありませんので」


「勉強になりました……」


ジンは本気で痛そうだった。


だが。


不思議と悔しさはあった。


今のは読めなかった。


完全にやられた。


すると。


水蓮は少し真面目な顔になる。


「でも」


薙刀を下ろす。


そして。


真っ直ぐジンを見る。


「今の判断は正しかったですよ」


ジンは顔を上げる。


「え?」


「薙刀相手に外から戦えば負けます」


「だから内側へ入る判断は正しいです」


一拍。


そして。


楽しそうに笑う。


「私がその先を読んでいただけで」


それは慰めではない。


本心だった。


だからこそ。


水蓮は面白そうだった。


ジンの動きは未熟だ。


だが。


発想が違う。


戦い方が違う。


何より。


身体が覚えている。


水蓮は確信し始めていた。


この少年は。


ただ剣を振れるだけではない。


もっと深い何かを持っている。


そして。


道場の入口で見ていた源蔵は。


静かに茶を飲みながら。


何も言わず二人の手合わせを見守っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ