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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
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火の国

「そうですか……」


ジンは静かに呟いた。


自分でも驚くほど落ち着いた声だった。


「他に」


少し迷う。


そして。


続けた。


「攫われた子供達の情報ってあるんですかね?」


客間が静かになる。


源蔵はしばらく考えていた。


記憶を探るように。


だが。


やがて小さく首を横に振った。


「すまんな」


「儂も当時はまだ若かった」


「詳しい記録を持っておる訳ではない」


ジンは小さく頷く。


期待していなかったと言えば嘘になる。


だが。


源蔵はさらに続けた。


「じゃが」


腕を組む。


「何人かの名は覚えておる」


客間の空気が少し変わる。


ジンも顔を上げた。


源蔵は遠い記憶を辿るように呟く。


「暁ゼンジ……」


一人目の名。


「暁ジロー……」


二人目。


「暁ジン……」


そこで源蔵の視線がジンへ向く。


「暁ケイ……」


さらに続く。


そして。


少し苦笑した。


「何しろそれなりの数がおってな」


「全員は覚えておらん」


水蓮も静かに頷く。


どうやら彼女も同じらしい。


源蔵は申し訳なさそうに言う。


「当時の情報で覚えておるのはこれくらいじゃ」


「詳しい年齢も」


「顔も」


「もう分からん」


「生きておるかどうかもな」


客間は静かだった。


ジンは考える。


ゼンジ。


ジロー。


ケイ。


そして。


ジン。


知らない名前だった。


聞いた事も無い。


だが。


どこか胸の奥がざわつく。


同じ暁の姓。


同じ頃に攫われた子供達。


もしかすると。


自分と同じように。


どこかで生きている者もいるのだろうか。


それとも。


もう誰も残っていないのだろうか。


「……」


ジンは膝の上の仮面を見る。


自分の過去だと思っていなかったものが。


少しずつ形を持ち始めていた。


その時。


源蔵がぽつりと呟く。


「もし生きておるなら」


低い声だった。


「お主と同じくらいの歳になっておるだろうな」


その言葉に。


客間は再び静かになった。


そしてジンは初めて。


自分以外にも。


同じ運命を辿った者がいたのかもしれないと思ったのであった。


客間は静かだった。


誰もすぐには言葉を返せない。


ジンも黙っていた。


膝の上の仮面を見る。


白い髪が肩へ落ちる。


失われた左腕。


知らない故郷。


知らない一族。


そして。


知らない名前達。


暁ゼンジ。


暁ジロー。


暁ケイ。


頭の中で繰り返してみる。


だが。


何も思い出せない。


顔も。


声も。


記憶も。


何も無い。


それでも。


ふと。


一つの考えが浮かぶ。


「……もしかしたら」


源蔵が顔を上げる。


ジンは少し迷いながら口を開いた。


「兄弟……だったのかもしれませんね」


その言葉に。


客間が静かになる。


アリアも。


フィリスも。


ミーナも。


源蔵も。


誰もすぐには言葉を返さなかった。


ジン自身も分からない。


ただ。


自然とそう思った。


同じ姓。


同じ頃に攫われた子供達。


火の国の武家。


そして。


自分だけが名前を知らない。


「兄さんとか」


少し苦笑する。


「弟とか」


「いたのかもしれません」


記憶は無い。


顔も知らない。


本当に兄弟だったかも分からない。


だが。


初めてだった。


自分の過去を想像したのは。


源蔵はしばらく黙っていた。


そして。


静かに頷く。


「あり得るな」


否定しなかった。


「武家は子が多い家もある」


「従兄弟かもしれん」


「兄弟かもしれん」


「あるいは全く違う血筋かもしれん」


源蔵も確証は持っていない。


だが。


一つだけ分かる事があった。


「少なくとも」


源蔵は静かに言う。


「お主は独りではなかった」


その言葉に。


ジンの瞳が少し揺れる。


独りではなかった。


その言葉が妙に胸へ残った。


記憶は無い。


家族も覚えていない。


それでも。


どこかで自分を知る者がいたのかもしれない。


どこかで一緒に遊んだ者がいたのかもしれない。


どこかで笑い合った者がいたのかもしれない。


そして。


その誰かもまた。


あの日。


攫われたのかもしれない。


ジンは窓の外を見る。


知らない海。


知らない東方。


知らない故郷。


だが。


初めてだった。


帰る場所というものを。


少しだけ想像したのは。


「他に」


ジンは少し考えてから口を開いた。


「暁家についての情報ってありますか?」


源蔵は腕を組む。


「そうじゃな……」


しばらく考え込む。


そして。


少し苦笑した。


「正直なところ」


「儂も暁家の内情までは知らん」


「じゃが」


そこで源蔵の顔が少し緩む。


「一つだけ有名な話がある」


客間の全員が耳を傾ける。


源蔵は続けた。


「とにかく強い」


即答だった。


ジンは目を瞬かせる。


「強い……?」


「ああ」


源蔵は頷く。


「とにかく強い」


二回言った。


妙な説得力があった。


「血が強いのかもしれん」


「育て方なのかもしれん」


「あるいは両方かもしれんな」


源蔵は茶を飲む。


「何しろな」


「暁の人間はやたら生き残る」


グリムヴァルドが少し興味を示す。


「ほう」


「戦場で死なん」


源蔵は言った。


「普通なら死ぬ傷を負っても生きて帰ってくる」


「腕を失っても戦う」


「脚を失っても前線へ戻る」


「腹を裂かれても何故か生きておる」


ミーナが思わず吹き出しそうになる。


「なんですかそれ……」


「儂もそう思う」


源蔵は真顔だった。


「だが本当じゃ」


フィリスも少し呆れた顔になる。


「人間ですか?」


「儂もそう思う」


二回目だった。


客間に小さな笑いが起きる。


だが。


源蔵は真面目だった。


「怪我を負ってもケロっとしておる」


「翌日には飯を食っておる」


「数日後には剣を振っておる」


「そしてまた戦場へ行く」


源蔵は肩を竦める。


「昔からそういう連中だった」


アリアがちらりとジンを見る。


フィリスも見る。


ミーナも見る。


グリムヴァルドも見る。


全員の視線が集まる。


「?」


ジンだけが理由が分からない。


源蔵はそんなジンを見て。


しばらく黙った後。


小さく笑った。


「……今思えば」


「確かにそれらしいな」


ジンは首を傾げる。


「何がですか?」


源蔵は答えない。


代わりに。


失われた左腕を見る。


白髪を見る。


火傷跡を見る。


そして。


何事も無かったように座っている少年を見る。


普通ならとっくに心が折れていてもおかしくない。


普通なら戦う事すら諦めていてもおかしくない。


それなのに。


この少年は旅を続けている。


源蔵は茶を飲みながら呟いた。


「なるほどな」


その声には。


妙な納得が混じっていた。


「確かに暁の血かもしれん」


ジン本人だけが。


その意味をまだ理解していなかった。


火の国。


ジンはその名を頭の中で繰り返していた。


知らない国。


知らない故郷。


知らない家。


だが。


初めてだった。


自分に繋がるかもしれない話を聞いたのは。


暁家。


攫われた子供達。


ゼンジ。


ジロー。


ケイ。


そして。


暁ジン。


胸の奥が少しざわつく。


もしかしたら。


火の国へ行けば。


何か分かるかもしれない。


自分が何者なのか。


なぜ西方にいたのか。


No003とは何だったのか。


失われた記憶に繋がる何かが。


残っているかもしれない。


「火の国……か」


思わず呟く。


その声は小さかった。


だが。


源蔵も水蓮も聞いていた。


二人は何も言わない。


急かすつもりも無いのだろう。


ジンはしばらく考える。


窓の向こうを見る。


港町の空。


そのさらに東。


海の向こう。


そこに火の国がある。


だが。


やがて視線を横へ向けた。


グリムヴァルドがいる。


静かに茶を飲んでいる。


今回の旅の目的。


南方エルフの里への帰郷。


それはまだ終わっていない。


ジンは小さく息を吐いた。


そして首を振る。


「……いや」


源蔵が視線を向ける。


ジンは少しだけ笑った。


「今は違いますね」


そう言ってグリムヴァルドを見る。


「まずは南方エルフの里です」


グリムヴァルドは何も言わない。


ただ。


少しだけ口元が緩んだ。


ジンは続ける。


「火の国は逃げませんし」


「もし本当に僕に繋がる場所なら」


「後からでも行けると思います」


その言葉に。


源蔵は静かに頷いた。


「そうじゃな」


穏やかな声だった。


「故郷は逃げん」


水蓮も微笑む。


「いつでも来られます」


ジンは頷いた。


焦る必要は無い。


今まで何も知らずに生きてきたのだ。


数ヶ月。


あるいは数年遅れたところで変わらない。


それよりも。


今は治療する方が先だった。


南方エルフの里。


その後で。


もし機会があるなら。


火の国へ。


自分の知らない過去を探しに行こう。


そう思ったのだった。

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