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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
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ジンの正体

ジンは戸惑っていた。


何故。


そんな顔をするのだろう。


何故。


そんなに悲しそうなのだろう。


理由が分からない。


源蔵も。


水蓮も。


明らかに自分を知っているような反応をしている。


だが。


自分には二人の記憶が無い。


客間には重い沈黙が流れていた。


アリアも警戒している。


フィリスも状況を整理しようとしている。


ミーナは不安そうにジンを見ていた。


そして。


グリムヴァルドだけが静かに源蔵を見つめている。


源蔵は拳を握ったままだった。


何かを堪えるように。


何かを決めかねているように。


何度か口を開きかける。


だが。


言葉が続かない。


「……」


沈黙。


源蔵ほどの男が。


明らかに迷っていた。


話すべきか。


話さぬべきか。


その狭間で揺れている。


水蓮も何も言わない。


父の横顔を見つめている。


まるで。


その答えを待っているようだった。


やがて。


源蔵が小さく息を吐く。


深く。


長く。


そして。


ジンを見る。


白髪。


火傷跡。


失われた左腕。


失われた左目。


その姿を見つめる。


「……」


再び口を開く。


だが。


また閉じる。


その様子を見ていたアリアが眉をひそめた。


「何なんですか」


静かな声だった。


「何か知っているなら話してください」


客間が静まり返る。


源蔵はアリアを見る。


そして。


再びジンを見る。


その目には迷いがあった。


恐らく。


話してしまえば。


目の前の若者の人生を変えてしまう。


そんな重さを感じているのだろう。


グリムヴァルドも静かに口を開く。


「源蔵」


低い声だった。


「知っている事があるのなら」


「本人に決めさせるべきだ」


源蔵は目を閉じる。


しばらく何も言わない。


客間には時計の音すら聞こえそうな静寂が流れる。


そして。


ようやく。


源蔵は決心したように目を開いた。


「……そうだな」


小さく頷く。


だが。


その表情はまだ苦い。


「話す前に」


一拍。


「一つだけ聞かせてくれ」


源蔵の黒い瞳が真っ直ぐジンを見つめる。


「お主は」


静かな声だった。


「自分の過去を知りたいか?」


その問いだけが。


重く客間へ落ちた。



「自分の過去……?」


ジンは思わず呟いた。


源蔵の問い。


その意味を考える。


だが。


すぐには答えられなかった。


過去。


自分の過去。


考えた事が無かった。


本当に無かった。


物心付いた頃には。


自分は聖王国にいた。


聖騎士団にいた。


ベリアリアがいて。


ルシャがいて。


アリアがいて。


ミーナがいて。


フィリスがいて。


セレナがいて。


それが全てだった。


それ以前の記憶など。


考えた事も無い。


知らないものだった。


「僕は……」


言葉が続かない。


客間は静かだった。


誰も急かさない。


ジンは膝の上に置いた自分の手を見る。


右手だけ。


左腕は無い。


そして。


ふと思い出す。


黒髪。


東方の服。


東方の剣。


自分だけが持っている東方の名前。


暁ジン。


No003。


何も知らない。


本当に何も。


「分からないです」


正直な答えだった。


源蔵は黙って聞いている。


ジンは続けた。


「考えた事がありませんでした」


「僕にとっては」


少しだけ視線を上げる。


グリムヴァルド。


アリア。


フィリス。


ミーナ。


その顔を見る。


「聖騎士団が全部だったので」


客間が静かになる。


アリアの表情が少し揺れた。


ミーナも何も言わない。


フィリスは目を伏せる。


源蔵もまた黙る。


その言葉の重みを理解していた。


記憶を失った少年。


故郷も。


家族も。


名前の意味すら知らない。


ただ与えられた場所で生きてきた。


そして。


その場所すら失った。


ジンは少し考える。


長い沈黙だった。


やがて。


ぽつりと呟く。


「でも」


源蔵が顔を上げる。


ジンは続けた。


「知れるなら」


仮面を膝の上で握る。


「知りたいかもしれません」


その声は小さかった。


だが。


確かな本音だった。


自分は何者なのか。


なぜ東方の名前なのか。


なぜ黒髪なのか。


なぜNo003なのか。


今まで考えなかった疑問が。


少しずつ形になり始めていた。


源蔵は静かに目を閉じる。


そして。


ゆっくり頷いた。


「そうか」


低い声だった。


隣では。


水蓮も静かに息を吐いていた。


まるで。


長い長い旅路の終わりが。


ようやく見え始めたかのように。


源蔵はしばらく黙っていた。


何から話すべきか。


どこまで話すべきか。


言葉を選んでいるようだった。


やがて。


静かに口を開く。


「お主がなぜ西方の聖騎士団にいたのか」


低い声だった。


「考えた事はないのか?」


ジンは目を瞬かせる。


「……」


考えた事が無い。


と言えば嘘になる。


だが。


考えても答えは出なかった。


自分には記憶が無い。


気付いた時には聖騎士団にいた。


だから。


そういうものだと思っていた。


源蔵は続ける。


「暁」


その姓を口にする。


「その名はな」


客間は静まり返る。


水蓮も静かに父の言葉を聞いている。


「ここからさらに東」


「海を越えた先にある島国」


「火の国の姓じゃ」


ジンの瞳が僅かに揺れる。


源蔵は続けた。


「火の国は昔から戦乱の絶えぬ土地だった」


「武家同士が争い」


「勢力を競い合っておった」


「暁家もその一つじゃ」


源蔵の目が遠くを見る。


まるで昔を思い出しているようだった。


「暁家は武家だった」


「そして戦の家系だった」


「代々剣を継ぎ」


「代々戦場へ出た」


「名の知れた家だったぞ」


「強く」


「誇り高く」


「火の国で知らぬ者は少なかった」


だが。


そこで源蔵の表情が曇る。


「じゃが」


長い沈黙。


客間の空気が重くなる。


「ある日」


「暁家の若い男児達が攫われた」


ジンは顔を上げる。


アリアも眉をひそめる。


フィリスは息を呑んだ。


「一人や二人ではない」


「何人もじゃ」


源蔵は静かに続ける。


「当然」


「暁家は追った」


「父親が」


「兄弟が」


「家臣が」


「一族総出でな」


拳が握られる。


「じゃが帰ってこんかった」


低い声だった。


「追った者達も死んだ」


「行方知れずになった者もおる」


「誰一人として子供達を取り戻せなんだ」


客間は静まり返る。


水蓮も目を伏せている。


その話を何度も聞いてきたのだろう。


源蔵は続けた。


「その事件を境に暁家は衰退した」


「跡継ぎを失い」


「戦力を失い」


「一族も散った」


「そして」


一拍。


「今は誰一人残っておらん」


静寂。


「少なくとも」


「火の国ではそう認識されておる」


ジンは何も言えなかった。


知らない話だった。


知らない家だった。


それなのに。


胸の奥が少しだけ痛んだ。


源蔵は真っ直ぐジンを見る。


「だからな」


「儂も水蓮も」


「お主の名を聞いた時」


「まさかと思った」


「あり得んと思った」


その声にはまだ驚きが残っていた。


「暁の名を持つ者など」


「もうこの世にはおらぬと思っておったからな」


客間は静かだった。


誰も口を挟まない。


そして源蔵は。


ゆっくりとジンの白髪を見る。


火傷跡を見る。


失われた左腕を見る。


仮面の外された左目を見る。


そして。


静かに告げた。


「No003」


「その番号も気になる」


「儂には分からん」


「何故お主が西方にいたのかも分からん」


「何故記憶を失っておるのかも分からん」


「じゃが」


源蔵の声が低くなる。


「攫われた男児達の中に」


「暁ジンという名の子がおった」


客間の空気が止まる。


水蓮が静かに目を閉じた。


まるで確信していた事実を改めて聞くように。


源蔵は続ける。


「だから儂らは驚いておる」


「死んだと思われていた子供が」


「ここにいるかもしれんのだからな」


そして。


静かに息を吐いた。


「儂には確証は無い」


「じゃが」


「もしお主がその暁ジンなら」


その言葉は重かった。


「お主は」


「暁家最後の生き残りかもしれん」

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