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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
166/197

朝霧の家の中で

客間には穏やかな空気が流れていた。


茶が注がれる。


東方特有の香りが漂う。


ミーナは恐る恐る口を付けていた。


フィリスは周囲の調度品へ興味を示している。


アリアは相変わらず警戒を解いていない。


グリムヴァルドは源蔵と向かい合っていた。


「なるほど」


源蔵が頷く。


「南方エルフの里へ向かっておるのか」


「ああ」


グリムヴァルドが答える。


「久しぶりの帰郷だ」


源蔵は少し笑う。


「それは良い」


「故郷へ帰れるうちに帰っておくべきだ」


どこか実感のこもった言葉だった。


戦争を知る者の言葉。


そんな響きがあった。


話は自然と旅の話へ移る。


街道の様子。


野盗の増加。


港町の状況。


東方から来た水蓮達の事。


そして。


戦争の終わった西方の現状。


源蔵も時折頷きながら聞いている。


「ふむ」


「こちらでも似たような話は聞いておる」


「食い扶持を失った者はどこにでもおるからな」


グリムヴァルドも頷いた。


「戦争が終われば平和になる訳でもない」


「そういうものだ」


源蔵は苦笑する。


その言葉には妙な重みがあった。


きっとこの男も。


多くの戦場を見てきたのだろう。


そして。


話している間も。


源蔵の視線は時折ザインへ向く。


自然なようで。


自然ではない。


まるで確認しているようだった。


その度に。


アリアの耳がぴくりと動く。


視線を返す。


だが源蔵は何も言わない。


水蓮も部屋の隅に控えている。


そして彼女もまた。


時折ザインを見ていた。


本人だけが気付いていない。


いや。


気付いてはいる。


だが理由が分からない。


「?」


ザインは茶を飲みながら首を傾げる。


不思議だった。


何か顔についているのだろうか。


仮面か。


白髪か。


それとも別の何かか。


すると。


源蔵がふと口を開いた。


「ところで」


低い声だった。


「そこの若者」


視線が向く。


今度は完全にザインだった。


「はい?」


ザインは思わず返事をする。


源蔵はしばらく黙る。


その黒い瞳が。


仮面の奥を見ようとするように細められる。


そして。


静かに尋ねた。


「お主」


一拍。


「東方の生まれか?」


客間の空気が僅かに変わった。


アリアの耳が動く。


フィリスも顔を上げる。


ミーナは目を丸くした。


そして。


部屋の隅で控えていた水蓮だけが。


まるで答えを知っていたかのように静かにザインを見つめていた。


ザインは少し困ったような顔になる。


「分かりません」


素直な答えだった。


「物心付いた頃には聖王国にいましたので」


源蔵は静かに頷く。


予想していた答えだったらしい。


「そうか」


短く返す。


そして。


再びザインを見る。


今度は足元へ。


歩き方。


座り方。


茶碗の持ち方。


視線の動かし方。


それらを観察しているようだった。


やがて。


ふむ、と頷く。


「強いな、お主」


突然の言葉だった。


ザインは目を瞬かせる。


「え?」


「まだ若い」


「未熟でもある」


源蔵はそう言いながら茶を飲む。


「じゃが」


黒い瞳が細められる。


「強い」


アリアが少し眉をひそめる。


源蔵は続けた。


「歩き方で分かる」


「重心の置き方で分かる」


「視線の配り方で分かる」


そして。


視線がザインの左肩へ向く。


空の袖。


そこには何も無い。


「なるほどな」


源蔵は静かに呟く。


「左腕を失っておるのか」


客間が静かになる。


ミーナは視線を落とした。


フィリスも何も言わない。


アリアだけが少し身を固くする。


源蔵は続ける。


「残念じゃな」


責めるような声ではない。


本当に惜しむような声だった。


「仮面を見るに」


「左目も無いのか」


ザインは少しだけ沈黙した。


そして。


静かに頷く。


「はい」


源蔵も頷く。


「そうか」


短い返事だった。


だが。


その目に同情は無い。


哀れみも無い。


ただ事実を見ていた。


そして。


それでもなお立っている若者を見ていた。


「左腕が無い」


「左目も無い」


源蔵は腕を組む。


「普通なら剣を捨てる」


「戦いを諦める者も多い」


一拍。


そして。


少しだけ笑った。


「じゃがお主は違うようじゃな」


ザインは返事に困る。


源蔵はさらに続けた。


「欠けた身体で生きる者特有の癖がある」


「それを隠そうともしておらん」


「受け入れておる」


その言葉に。


グリムヴァルドが僅かに目を細めた。


源蔵は達人だ。


見ている場所が違う。


「だから強い」


そう言って茶を飲む。


そして。


その横では。


水蓮が静かに微笑んでいた。


まるで。


父の言葉を聞きながら。


自分の見立てが間違っていなかった事を確認するように。


「そういえば」


源蔵が茶を置く。


「まだ名を聞いておらなんだな」


その言葉に。


一行は順番に自己紹介を始めた。


「グリムヴァルドだ」


最初にエルフが名乗る。


源蔵は頷く。


続いて。


「アリア・エルレインです」


「フィリス・アーカインです」


「ミーナ・フェルトンです」


三人も名乗った。


源蔵はそれぞれの名を反芻するように頷いている。


そして。


最後に視線がザインへ向いた。


「お主は?」


客間が静かになる。


ザインは一瞬だけ黙った。


そして。


隣に座るグリムヴァルドを見る。


名乗って良いのか。


そんな確認だった。


グリムヴァルドは気付いていた。


何を迷っているのかも。


静かに頷く。


それだけだった。


ザインは小さく息を吸う。


そして。


ぽつりと口を開いた。


「……暁」


一同の視線が集まる。


「ジン……と申します」


静かな声だった。


だが。


その名が客間へ落ちた瞬間だった。


空気が変わった。


源蔵の目が見開かれる。


今まで微動だにしなかった男が。


初めて明確に反応した。


そして。


部屋の隅に控えていた水蓮も。


息を呑む。


黒い瞳が揺れる。


「……」


沈黙。


誰も口を開かない。


アリアが眉をひそめる。


フィリスも違和感を覚える。


ミーナも源蔵と水蓮を見る。


二人の反応が明らかにおかしかった。


源蔵はしばらくジンを見つめていた。


仮面。


白髪。


失われた左腕。


そして。


黒い髪。


やがて。


低い声で呟く。


「やはり……」


それは誰に向けた言葉でもなかった。


水蓮も同じだった。


彼女はずっと探していた答えに辿り着いたような顔をしている。


まるで。


その名前を聞くのを待っていたかのように。


ジンだけが状況を理解出来ていなかった。


「……?」


首を傾げる。


何故そんな顔をするのだろう。


何故そんなに驚いているのだろう。


すると。


源蔵がゆっくりと姿勢を正した。


先程までの穏やかな主人の顔ではない。


何かを確信した者の顔だった。


そして。


静かに問いかける。


「その名は」


一拍。


「誰から聞いたのだ?」


客間の空気は。


先程までとは全く別のものへ変わっていた。


「聞いた訳じゃありません」


ジンは少し首を振った。


「僕が聖王国に拾われた時」


「持っていたプレートにそう書いてあったそうです」


源蔵と水蓮が静かに聞いている。


客間には誰も口を挟まない。


ジンは続けた。


「No003」


一拍。


「暁ジン……と」


沈黙。


先程とは違う。


重い沈黙だった。


源蔵は目を閉じる。


水蓮も視線を落とした。


二人とも何も言わない。


だが。


その表情は変わっていた。


驚きではない。


確信でもない。


悲しみだった。


まるで。


ずっと探していた者を見つけたのに。


その姿が想像していたものとあまりにも違っていたような。


そんな顔だった。


「そうか……」


源蔵が呟く。


低い声だった。


「お主が……」


その続きを言わない。


言えなかった。


しばらく沈黙が続く。


やがて。


源蔵はゆっくりと顔を上げた。


「顔を」


一拍。


「見せてはくれんか?」


客間が静かになる。


アリアの耳が動く。


フィリスも視線を向ける。


ミーナも黙っている。


ジンは戸惑った。


何故そこまで知りたがるのか。


何故そんな顔をしているのか。


分からない。


だが。


敵意は感じない。


グリムヴァルドを見る。


エルフは静かに頷いた。


ジンも小さく頷く。


そして。


仮面へ手を掛けた。


ゆっくりと外す。


客間にいる全員の視線が集まる。


仮面が外れる。


現れた顔はまだ若い。


幼さが残る顔立ち。


だが。


その左側には。


痛々しい火傷跡が走っていた。


雷に焼かれた痕。


皮膚は歪み。


過去の傷が消えずに残っている。


さらに。


白髪。


本来黒かったはずの髪は。


今や雪のように白く変わっていた。


客間が静まり返る。


源蔵は何も言わない。


水蓮も。


ただ見ている。


長い時間が流れたように感じられた。


そして。


水蓮が小さく息を呑む。


源蔵は拳を握った。


わずかに。


本当にわずかに。


震えていた。


「……そうか」


その声には。


隠しきれない悲しみが滲んでいた。


「そんな姿になっておったか」


ジンは意味が分からない。


何故そんな顔をするのか。


何故そんなに悲しそうなのか。


自分の顔を見た人間は今まで何人もいた。


驚く者はいた。


怯える者もいた。


だが。


悲しそうな顔をした者は。


目の前の二人が初めてだった。

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