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欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
164/197

水蓮

だが。


驚いたのは野盗達だけではなかった。


こちらが介入した事で。


包囲されていた五人の戦いぶりも見えるようになったのだ。


強い。


それもかなり。


一対一になった瞬間。


勝負が決まる。


野盗の剣が振るわれる。


避ける。


流す。


斬る。


それだけ。


まるで長年身体へ染み付いた動きだった。


「なんだあれ……」


ミーナが思わず呟く。


一人の戦士が野盗の懐へ踏み込む。


片刃の長剣が閃く。


首。


胸。


脇腹。


正確に急所だけを狙っている。


無駄が無い。


そして何より。


躊躇が無い。


戦場に慣れていた。


それも。


数度の戦いでは身に付かないほどに。


フィリスも敵を牽制しながらそちらを見る。


「熟練者ですね」


「ああ」


アリアも頷いた。


だが。


その中でも一人だけ。


明らかに格が違う者がいた。


「……え?」


アリアの動きが一瞬止まる。


月明かり。


その光が戦場を照らす。


そこで初めて見えた。


長い黒髪だった。


風に揺れる。


夜の闇に溶け込むような黒髪。


男ではない。


女性だった。


野盗が二人。


同時に斬り掛かる。


女性は振り返らない。


半歩だけ動く。


そして。


剣が走る。


一閃。


次の瞬間。


二人の野盗が同時に崩れ落ちた。


「なっ――」


近くの野盗が息を呑む。


女性は止まらない。


流れる。


歩くように進む。


そして。


剣を振るう。


誰かが倒れる。


また進む。


また誰かが倒れる。


まるで。


戦場そのものを歩いているようだった。


無理な力みも無い。


派手な技も無い。


ただ。


自然だった。


あまりにも自然だった。


その姿を見たザインも思わず息を呑む。


強い。


それは分かる。


だが。


上手く言葉に出来ない。


戦い方が綺麗だった。


洗練されていた。


何百回。


何千回と剣を振り続けた者だけが辿り着く領域。


そんな印象を受ける。


そして。


アリアだけは別の意味で驚いていた。


「黒髪……?」


思わず呟く。


この辺りでは珍しい。


まして。


あれほどの腕前を持つ剣士となれば尚更だった。


女性は何も言わない。


ただ静かに剣を振るう。


月明かりが黒髪を照らす。


銀色に光る刃が夜を裂く。


そしてまた一人。


野盗が倒れた。


戦場の流れは完全に変わっていた。


もはや野盗達は狩る側ではない。


狩られる側になり始めていた。


戦闘が終わったのはそれから間もなくだった。


もはや勝負は決していた。


野盗達は逃げ始める。


戦意を失っていた。


三十人近くいた集団も。


今や半数以上が地面へ倒れている。


そして。


逃げる者達も無事では済まなかった。


ヒュッ――


アリアの矢が飛ぶ。


夜空を裂く。


逃げ出した野盗の背へ突き刺さる。


男はそのまま地面へ転がった。


最後の一人だった。


そして。


もう一人。


黒髪の女性が前へ出る。


野盗は振り返る。


何かを叫ぼうとする。


だが。


言葉になる前だった。


片刃の長剣が閃く。


一閃。


野盗が崩れ落ちる。


静寂。


それで終わりだった。


夜風が吹く。


小さく血の匂いが漂う。


戦場を包んでいた怒号も。


悲鳴も。


剣戟も。


全て消えた。


残ったのは。


倒れた野盗達と。


立っている者達だけだった。


アリアは弓を下ろす。


フィリスも剣を収める。


ミーナは周囲を警戒する。


グリムヴァルドは探知魔術を広げた。


残敵はいない。


完全に終わった。


「終わったな」


グリムヴァルドが呟く。


誰も反論しない。


そして。


その時だった。


ザインは妙な視線を感じた。


戦場の向こう側。


五人組の中心。


あの黒髪の女性だった。


月明かりが長い黒髪を照らしている。


血に濡れた片刃の長剣。


静かな立ち姿。


その女性は。


他の仲間達が周囲を警戒している中。


ただ一人。


じっとこちらを見ていた。


いや。


違う。


こちらではない。


ザインだけを見ていた。


仮面。


深く被ったフード。


それでも。


彼女の視線は動かない。


まるで。


何かを確かめるように。


何かを思い出そうとするように。


静かに。


ただ静かに。


ザインを見つめていた。


「……?」


ザインは首を傾げる。


知り合いだっただろうか。


記憶を探る。


だが。


思い当たらない。


一方。


アリアもその視線に気付いていた。


蒼い瞳が細くなる。


女性の視線。


そして。


その先にいるザイン。


何となく。


嫌な予感がした。


戦闘は終わった。


だが。


別の何かが始まろうとしている。


そんな空気が。


夜の街道には流れていた。


戦場には静寂が戻っていた。


血の匂い。


倒れた野盗達。


夜風。


そして。


五人の剣士達。


その中心にいた黒髪の女性が歩いてくる。


ゆっくりと。


警戒を見せない足取りだった。


長い黒髪が月明かりを反射する。


手にしていた片刃の長剣を見下ろす。


そして。


静かに鞘へ納めた。


カチリ。


小さな音が響く。


近付くにつれ。


服装も見えてきた。


ザインは少し驚く。


見た事が無い。


少なくとも西方では見かけない服だった。


布を何枚も重ね合わせたような衣装。


上衣と袴のようなもの。


腰帯。


袖も独特な形をしている。


動きやすさと実用性を重視した服装だった。


どこか。


ザインの記憶の奥を刺激する。


懐かしいような。


見覚えがあるような。


そんな感覚だった。


女性は数歩手前で立ち止まる。


そして。


深々と頭を下げた。


「先ほどは助けて頂きありがとうございました」


落ち着いた声だった。


よく通る。


凛とした声。


敵意も警戒も感じられない。


純粋な礼だった。


グリムヴァルドが前へ出る。


「気にするな」


短く答える。


「こちらも野盗を放置する訳にはいかなかった」


女性は顔を上げる。


「それでもです」


静かな微笑み。


そして。


ちらりと視線が動く。


再び。


ザインへ。


仮面。


白髪。


フード。


その姿を見つめる。


だが。


今度はすぐに視線を逸らした。


まるで失礼だと思ったかのように。


「私は水蓮と申します」


その名を名乗る。


東方の響きだった。


同行していた四人も似たような服装をしている。


やはり西方の人間ではない。


フィリスが小さく呟く。


「東方の方々ですか」


水蓮は頷いた。


「はい」


「東方より参りました」


その答えに。


グリムヴァルドは納得したように頷く。


そして。


ザインは思わず水蓮の服を見ていた。


西方では見ない衣装。


片刃の長剣。


黒髪。


どこか懐かしい空気。


それは。


失われた記憶の奥底を微かに揺らしていた。


水蓮はそんなザインを見て。


ほんの一瞬だけ。


不思議そうな表情を浮かべたのだった。


「私は水蓮と申します」


女性はそう名乗った。


東方の名。


長い黒髪。


西方では見ない衣装。


片刃の長剣。


その全てが異質だった。


グリムヴァルドが軽く頷く。


フィリスも挨拶を返す。


ミーナもほっとした様子で武器を下ろした。


戦いは終わったのだ。


誰もがそう思っていた。


だが。


その時だった。


水蓮の視線が動く。


ゆっくりと。


自然な動きで。


仮面を被ったザインへ。


白髪。


仮面。


深く被ったフード。


普通なら目を引く。


それだけの特徴がある。


だから見る事自体は不自然ではない。


だが。


ほんの一瞬。


本当に一瞬だけ。


その目が変わった。


「――」


ザインは気付かない。


フィリスも。


ミーナも。


恐らくグリムヴァルドも。


だが。


アリアだけは見ていた。


戦場で人を見る目。


獣人特有の観察眼。


その一瞬を見逃さなかった。


まるで。


獲物を見つけたような目だった。


驚きではない。


警戒でもない。


興味とも少し違う。


もっと鋭い何か。


長い間探していた物を見つけた時のような。


そんな目。


だが。


それは本当に一瞬だった。


次の瞬間には消えている。


水蓮は穏やかな表情へ戻っていた。


何事も無かったかのように。


「皆様も旅の途中なのですか?」


落ち着いた声。


自然な問い。


違和感は無い。


だが。


アリアの耳がぴくりと動く。


蒼い瞳が細くなる。


視線は水蓮から離れない。


「……」


何だったのだろう。


見間違いだったのか。


そう思うには。


あまりにも鮮明だった。


一方。


ザインは全く気付いていない。


ただ。


どこか懐かしい服装だなと思いながら。


目の前の東方の剣士を見ていた。


夜風が吹く。


月明かりが黒髪を揺らす。


そして。


アリアだけが。


静かに警戒心を強めていた。


アリアが一歩前へ出る。


自然な動きだった。


まるで会話へ加わるためのようにも見える。


だが。


実際には違った。


ザインを隠す位置。


それを選んでいた。


水蓮の視線とザインの間へ入る。


誰にも分からない程度の動き。


だが。


水蓮は気付いたようだった。


黒い瞳が一瞬だけアリアを見る。


そして。


何も言わない。


グリムヴァルドはその様子を横目で見ていたが。


特に触れなかった。


代わりに。


水蓮の問いへ答える。


「一応……私の里帰りでな」


静かな声だった。


「南方へ向かっている」


水蓮は小さく目を見開く。


そして微笑んだ。


「あら」


「南方エルフの里へ行かれるのですね」


驚いた様子は無い。


むしろ納得したような顔だった。


グリムヴァルドも頷く。


「そういう事だ」


「なるほど」


水蓮は少し考える。


そして。


ふと思い出したように言った。


「でしたら港町には寄られますよね?」


その言葉に。


フィリスが反応する。


「港町?」


「はい」


水蓮は頷いた。


「東海岸の港町です」


「南方へ向かう者なら必ず通るはずです」


それは事実だった。


グリムヴァルドも否定しない。


「寄る予定だ」


「補給も必要ですし」


ミーナが言う。


馬車も手に入ったとはいえ。


食料は減る。


水も必要だ。


宿に泊まれるならそれに越した事は無い。


水蓮は少し嬉しそうに微笑む。


「でしたら良かった」


「私達も港町へ向かっているところなのです」


その言葉に。


アリアの耳がぴくりと動く。


嫌な予感がした。


非常に嫌な予感だった。


そして。


その予感はすぐに形になる。


水蓮は自然な笑顔のまま言った。


「もし宜しければ」


「港町まで同行しませんか?」


夜風が吹く。


沈黙。


アリアは即座に断りたかった。


「もし宜しければ」


水蓮は穏やかに微笑む。


「港町までご一緒しませんか?」


その笑みは柔らかい。


人当たりも良い。


だが。


アリアの警戒は解けなかった。


すると。


水蓮はさらに続けた。


「それと」


「宜しかったらお礼をしたいので」


少しだけ首を傾げる。


「私の家にも寄ってくださいな」


ミーナが少し驚く。


「家?」


「はい」


水蓮は頷いた。


「港町にございます」


「命を助けて頂いた恩がありますので」


自然な提案だった。


不自然な点は無い。


だが。


アリアは気付いていた。


水蓮の視線が。


会話の最中も。


何度も。


ザインへ向いている事に。


まるで。


確認するように。


見失わないように。


そんな視線だった。


そして。


当のザインは。


その理由が分からなかった。


アリアの背中に隠れていたが。


少しだけ身体をずらす。


「?」


何故そんなに見られているのだろう。


不思議だった。


その時。


アリアの肩越しに。


ザインが顔を出した。


ほんの少しだけ。


そして。


目が合った。


水蓮と。


黒い瞳。


静かな表情。


長い黒髪。


月明かり。


二人の視線が交差する。


その瞬間。


ザインは気付いた。


水蓮は。


ずっとこちらを見ていた。


戦闘が終わってから。


いや。


もしかすると。


もっと前から。


その視線には敵意は無い。


殺気も無い。


だが。


普通ではない。


初対面の人間へ向ける視線ではなかった。


まるで。


探していた何かを見つけたような。


そんな目だった。


「……?」


ザインは首を傾げる。


やはり思い出せない。


どこかで会っただろうか。


記憶を探る。


だが。


何も出てこない。


一方。


水蓮はその反応を見ていた。


そして。


ほんの僅かに。


本当に僅かにだけ。


目を細める。


何かを確信したように。


何かが繋がったように。


だが。


次の瞬間にはいつもの穏やかな笑みに戻っていた。


「どうかされましたか?」


柔らかな声だった。


ザインは慌てて首を振る。


「いえ」


それ以上は何も言えない。


言葉に出来なかった。


夜風が吹く。


月明かりが黒髪を揺らす。


そしてアリアは。


無意識のうちに。


さらに半歩だけ。


ザインの前へ出ていた。


フィリスは少し考えている。


ミーナは助けた相手だから悪い人では無さそうと思っている。


グリムヴァルドは表情を変えない。


そして。


水蓮は相変わらず穏やかに微笑んでいた。


ただ。


アリアだけは見逃していなかった。


その視線が。


一瞬だけ。


再びザインへ向いた事を。

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