野盗との戦闘
「急ぐぞ」
グリムヴァルドが手綱を握る。
馬車が速度を上げる。
車輪が街道を走る音が夜へ響いた。
前方ではまだ戦闘が続いている。
怒号。
剣戟。
悲鳴。
そして血の匂い。
やがて。
戦場が見えてきた。
三十人近い野盗達。
そして包囲されている五人。
その時だった。
野盗達の一人がこちらへ気付く。
「おい!」
声が上がる。
「馬車だ!」
何人かが振り返る。
野盗達の視線が街道の先へ向いた。
夜の街道を走る馬車。
それだけなら珍しくない。
だが。
近付くにつれ。
彼らの表情が変わった。
「……誰もいねぇ?」
御者台。
無人。
幌の入口。
無人。
馬だけが馬車を引いている。
まるで幽霊馬車だった。
「なんだありゃ」
「逃げたのか?」
「いや待て――」
その瞬間だった。
野盗達の意識が馬車へ向いた。
ほんの一瞬。
その隙。
それだけで十分だった。
街道脇の闇。
木々の上。
そこからアリアが飛び出した。
「遅い!」
短弓が鳴る。
ヒュッ!!
一矢。
野盗の首へ。
二矢。
喉を射抜く。
三矢。
目へ突き刺さる。
三人がほぼ同時に倒れた。
「なっ――!?」
野盗達が混乱する。
そして。
もう一方。
森の影から。
グリムヴァルドが姿を現した。
杖を構える。
既に魔術は完成している。
「吹き飛べ」
静かな声。
次の瞬間。
轟音。
圧縮された風が解き放たれる。
ドォォォォン!!
野盗達の横列へ直撃した。
人間が宙を舞う。
木へ叩き付けられる。
悲鳴が響く。
戦線が崩壊する。
「魔術師だ!!」
「伏せろ!!」
「伏せ――」
最後まで言えなかった。
二撃目。
風の刃。
夜空を裂く。
数人が倒れる。
血飛沫が舞う。
混乱。
恐慌。
そして。
突然の襲撃。
野盗達は完全に対応が遅れた。
五人を包囲していた陣形が崩れる。
そこへ。
仮面を被った一人の影が現れる。
ザインだった。
杖を握る。
フードを深く被ったまま。
月明かりの中へ踏み出す。
戦場は一瞬で変わった。
追い詰められていた五人。
包囲していた野盗達。
その均衡を。
グリムヴァルドとアリアの奇襲が完全に叩き壊したのだった。
戦場へ飛び出したザインは。
迷う事なく杖を構えた。
魔力を練る。
風。
圧縮。
放つ。
「――っ!」
風の刃が飛ぶ。
だが。
まだ不安定だった。
ヒュンッ!!
野盗の横を掠める。
木を切り裂き。
闇の中へ消えていった。
「外した!」
ザインが舌打ちする。
狙いが定まらない。
左目を失ってから。
どうしても距離感が狂う。
なら。
次だ。
「行ってください!」
蔦の魔術を発動する。
地面から蔦が飛び出す。
うねる。
絡み付く。
野盗の足へ巻き付いた。
「なっ!?」
一人が転倒する。
もう一人も足を取られる。
拘束は成功。
だが。
今度は野盗達がザインへ気付いた。
「魔術師だ!!」
「ガキをやれ!!」
数人が一斉に向きを変える。
その瞬間。
ザインは杖を捨てた。
「え?」
近くにいた野盗が思わず声を漏らす。
魔術師が杖を捨てる。
予想外だった。
次の瞬間。
ザインの手は腰へ伸びていた。
短剣。
抜く。
一歩踏み込む。
野盗の剣が振り下ろされる。
ガキンッ!!
短剣で受ける。
流す。
弾く。
そして。
首筋へ。
一閃。
野盗の身体が崩れ落ちた。
だが。
終わりではない。
横から槍が突き込まれる。
速い。
訓練を受けた動きだった。
ザインは半歩下がる。
身体を捻る。
槍先が脇腹を掠める。
避け切れない。
それでも致命傷ではない。
そして。
槍を握る手首へ。
短剣を突き込んだ。
「ぎゃっ!?」
男が悲鳴を上げる。
ザインはそのまま手首を薙ぐ。
鮮血。
槍が地面へ落ちる。
その瞬間。
ヒュッ!!
矢が飛んだ。
アリアだった。
槍を落とした野盗の喉を正確に射抜く。
男は声も出せず倒れた。
そして。
アリアが怒鳴る。
「ザイン!!」
蒼い瞳が吊り上がる。
「前に出過ぎだって!!」
完全に保護者の顔だった。
ザインは振り返る。
「でも――」
「でもじゃない!!」
即答だった。
その時。
さらに野盗が二人迫る。
だが。
その前へ飛び込んだ影がある。
フィリスだった。
剣を抜く。
冷静な一閃。
野盗の剣を受け流す。
「下がってください!」
さらに。
反対側からミーナも飛び込む。
ショートソードを構える。
「怪我人は後ろ!」
「怪我人じゃないです!」
「肩撃たれてたでしょ!」
反論は認められなかった。
そのままミーナが一人を牽制する。
フィリスがもう一人を受け持つ。
ザインは一瞬だけ呆然とした。
そして。
気付く。
自分を守るように。
二人が前へ出ている事に。
遠くでは。
グリムヴァルドの魔術が再び炸裂する。
アリアの矢が夜空を裂く。
そして。
戦場の流れは完全に野盗側から離れ始めていた。
「下がってください!」
フィリスの声が響く。
だが。
戦場に出た以上。
そう簡単に下がれる状況ではなかった。
ミーナが前へ出る。
小柄な身体。
だが。
その足取りに迷いは無い。
ショートソードを構える。
野盗の剣を受ける。
ガキンッ!!
火花が散る。
力では敵わない。
だから受け流す。
逸らす。
足を使う。
補給班とはいえ。
聖騎士団で生き残ってきた人間だ。
戦い方は知っている。
「ふっ!」
野盗の脛を斬る。
男が体勢を崩す。
そこへさらに踏み込む。
小柄な身体が素早く動く。
思わずザインも目を見開いた。
なかなか様になっていた。
その間に。
フィリスが一歩下がる。
剣を構えたまま。
静かに詠唱を始めた。
魔力が集まる。
冷気。
周囲の空気が冷える。
そして。
「――穿て」
魔術が完成する。
複数の氷槍。
青白い光を帯びたそれらが宙へ現れた。
次の瞬間。
放たれる。
ヒュンッ!!
一本。
二本。
三本。
夜空を裂く。
野盗達が気付く頃には遅かった。
氷槍が肩を貫く。
脚を貫く。
悲鳴が上がる。
戦線がさらに崩れる。
だが。
その時だった。
一人の野盗がミーナへ斬り掛かる。
死角。
ミーナはまだ気付いていない。
「っ!」
ザインの身体が先に動いた。
地面を見る。
落ちていた。
先程の槍だ。
拾う。
握る。
そして。
踏み込む。
一歩。
二歩。
野盗がミーナへ剣を振り上げる。
その瞬間。
ザインは槍を突き出した。
ドスッ!!
穂先が男の脇腹へ深く突き刺さる。
「がっ!?」
男が目を見開く。
勢いのまま倒れる。
ミーナもようやく振り返った。
「ザイン!?」
ザインは槍を引き抜く。
息を吐く。
「大丈夫ですか?」
「それはこっちの台詞!」
即答だった。
だが。
その表情は少し安心している。
フィリスも氷槍を維持しながら言った。
「援護は助かりますが」
一拍。
「前に出過ぎないでください」
アリアと同じ事を言われた。
ザインは少しだけ視線を逸らす。
その間にも。
遠くではグリムヴァルドの風魔術が野盗達を吹き飛ばし。
アリアの矢が次々と敵を射抜いている。
戦況は完全にこちらへ傾いていた。
そして。
包囲されていた五人もまた。
こちらの介入に気付き始めていた。




