表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
欠けた少年の帰る場所  作者: 羽衣月
冒険者
162/197

夜の剣戟

森を抜けてから。


景色は少しずつ変わり始めていた。


街道も広い。


踏み固められている。


馬車の轍も多い。


人の往来が増えていた。


「増えましたね」


フィリスが周囲を見回す。


グリムヴァルドも頷いた。


「ああ」


理由は単純だった。


港町が近い。


東海岸最大級の交易都市へ向かう街道なのだ。


人が集まる。


物が集まる。


金が集まる。


当然。


街道も賑やかになる。


前方から大きな商隊がやって来る。


荷馬車が五台。


護衛の冒険者が十人ほど。


革鎧と剣を装備している。


熟練者らしい。


「結構な規模ですね」


ミーナが感心する。


「港町へ向かうのだろう」


グリムヴァルドが答える。


「あるいは港町から帰る途中か」


海産物。


南方の香辛料。


魔獣素材。


木材。


様々な物資が行き交っている。


商人達にとって重要な街道だった。


しばらく進むと。


今度は別の集団とすれ違う。


豪華な馬車。


紋章付き。


護衛も多い。


鎧を着た兵士が十数人。


馬上から周囲を警戒していた。


「貴族ですね」


フィリスが呟く。


「恐らくな」


グリムヴァルドは興味なさそうに答えた。


貴族の一団はそのまま通り過ぎていく。


こちらへ視線を向ける者もいた。


だが。


幌馬車の旅人など珍しくない。


特に気にも留めなかったようだ。


その間。


ザインはいつものように幌の奥へ押し込まれていた。


「見えなくなりましたか?」


「まだ」


アリアが即答する。


「まだですか」


「まだ」


ザインは大人しく引っ込んだ。


フィリスが少し笑う。


「港町へ着くまで続きそうですね」


「続くわね」


アリアは即答した。


港町が近い。


つまり。


人も多い。


視線も多い。


噂も広がりやすい。


だから。


白髪で仮面の少年は相変わらず隠され続けるのであった。


馬車は進む。


潮の香りはまだしない。


だが。


空気は少しずつ変わり始めていた。


港町は近い。


海も近い。


そして。


南方エルフ領への入口もまた近付いていた。


その日の夜だった。


港町へ続く街道を馬車は進んでいた。


夜とはいえ。


この辺りの街道は比較的安全だ。


行商人もいる。


旅人もいる。


夜通し移動する商隊も珍しくない。


だからグリムヴァルドも馬車を進めていた。


御者台にはグリムヴァルド。


その隣にはアリア。


幌の中ではフィリスとミーナが休んでいる。


ザインも毛布に包まっていた。


その時だった。


アリアの耳がぴくりと動く。


風向きが変わった。


猫獣人の鋭い嗅覚が何かを捉える。


「……止めて」


小さな声だった。


だが。


グリムヴァルドは即座に反応した。


手綱を引く。


馬車がゆっくり停止する。


「どうした」


アリアは前方を見る。


夜の街道。


月明かり。


森の影。


そして。


風。


「血の匂い」


短い言葉だった。


グリムヴァルドの表情が変わる。


「どれくらいだ」


「新しい」


アリアは鼻を鳴らす。


空気を確かめる。


「多分そんなに遠くない」


その会話で。


幌の中の三人も目を覚ました。


フィリスが剣へ手を伸ばす。


ミーナも眠気を振り払う。


ザインは幌を少し開けた。


「何かあったんですか?」


アリアは答えない。


前方を見ている。


耳も。


尻尾も。


完全に警戒状態だった。


そして。


数秒後。


ぽつりと呟く。


「戦ってる」


「分かるのか?」


グリムヴァルドが聞く。


「音じゃない」


アリアは首を振る。


「匂い」


風が吹く。


血の匂い。


汗。


鉄。


恐怖。


そして。


まだ新しい傷。


戦闘が終わってから時間が経っていない。


そんな気配だった。


グリムヴァルドは探知魔術を発動する。


緑の魔力が静かに広がる。


街道へ。


森へ。


夜の闇へ。


そして。


しばらくして。


目を細めた。


「なるほど」


低い声だった。


「いるな」


「何人ですか?」


フィリスが尋ねる。


グリムヴァルドは前方を見たまま答える。


「かなり多い」


そして。


少しだけ眉をひそめる。


「まだ終わっていない」


その言葉に。


空気が張り詰めた。


前方。


街道のどこかで。


今まさに戦闘が続いているらしかった。


夜風が吹く。


血の匂いが僅かに流れてくる。


そして五人は。


その先へ進むべきか。


迂回するべきか。


静かに判断を迫られていた。


アリアは御者台から飛び降りた。


音も無い。


猫獣人らしい軽やかな動きだった。


「見てくる」


短く告げる。


グリムヴァルドも止めない。


「無理はするな」


「分かってる」


そのままアリアは街道脇の木々へ消えた。


夜の森。


月明かり。


猫獣人の視力なら問題無い。


しばらくして。


アリアは街道沿いを移動していた。


血の匂いは濃くなる。


怒号も聞こえる。


剣がぶつかる音。


誰かの悲鳴。


戦闘はまだ続いていた。


やがて。


高い木へ登る。


枝へ身を伏せる。


そして前方を見る。


「……あれね」


戦場だった。


街道が塞がれている。


倒れた馬車。


散乱した荷物。


そして。


大量の人影。


アリアは素早く数を数える。


十。


二十。


三十。


いや。


それ以上いるかもしれない。


だが少なくとも三十人近い。


野盗だった。


武器も装備もバラバラ。


剣。


斧。


槍。


弓。


取り囲むように集まっている。


その中心。


五人の人影が戦っていた。


「五人……?」


アリアは目を細める。


全員が同じような武器を使っている。


片刃の長剣。


反りの入った独特な形状。


この辺りではあまり見ない。


動きも揃っていた。


明らかに訓練を受けている。


一人が剣を振る。


野盗が二人倒れる。


別の一人が踏み込み。


さらに一人を斬り飛ばす。


強い。


間違いなく強い。


だが。


アリアの表情は晴れない。


数が違い過ぎた。


野盗は三十人近い。


対して五人。


しかも。


既に何人かは負傷しているように見える。


「……駄目ね」


アリアは小さく呟く。


「強いけど」


血の匂いが流れてくる。


戦況は少しずつ悪化している。


野盗は次々に押し寄せる。


五人は背中を預けながら戦っていた。


それでも。


数の差は埋まらない。


「三十人じゃ分が悪すぎるわ」


アリアは木から飛び降りる。


一度戻る。


グリムヴァルド達へ伝える為だ。


戦闘はまだ続いている。


だが。


長くは持たない。


そんな予感がしていた。


アリアが戻ってきたのは数分後だった。


木々の間から姿を現す。


その表情はあまり良くない。


御者台のグリムヴァルドが視線を向ける。


幌の中からもフィリスとミーナが顔を出した。


そして。


ザインも仮面を付け直し。


フードを深く被ったまま幌から顔を出す。


「どうでした?」


アリアは短く息を吐いた。


「五人」


「五人?」


ザインが聞き返す。


「五人が三十人規模の野盗と戦ってる」


その場の空気が変わった。


フィリスが眉をひそめる。


「三十人……」


「多いですね」


ミーナも表情を曇らせた。


アリアは続ける。


「五人とも強いわ」


「ただの旅人じゃない」


「訓練も受けてる」


そこで少し考える。


「剣の形も独特だった」


「片刃の長剣を使ってた」


グリムヴァルドの眉が僅かに動く。


だが何も言わない。


アリアは腕を組む。


「でも数が違い過ぎる」


「今は持ちこたえてる」


「だけど三十人じゃ分が悪すぎるわ」


沈黙。


夜風が吹く。


遠くから。


まだ戦う音が聞こえてくる。


グリムヴァルドは前方を見つめていた。


苦い顔だった。


関わらない。


それが旅の基本だ。


これまでもそうしてきた。


だが。


今回は違う。


しばらく考え込む。


そして。


小さく息を吐いた。


「……仕方あるまい」


全員がグリムヴァルドを見る。


彼女は静かに言った。


「どうするか迷ったがな」


視線を戦場の方へ向ける。


「そ奴らがやられたら」


一拍。


「その後は後続の我らだ」


誰も反論しなかった。


三十人規模の野盗。


そんな連中が勝利した後。


街道をそのまま見逃すはずがない。


次の獲物を探すだけだ。


そして。


この道を通るのは自分達しかいない。


グリムヴァルドは杖を手に取る。


「助太刀に行くしか無いな」


静かな声だった。


だが。


覚悟は決まっていた。


アリアの口元が僅かに上がる。


「そう言うと思った」


フィリスは剣へ手を伸ばす。


ミーナも荷物を確認した。


そして。


ザインは仮面の奥で静かに頷く。


遠く。


夜の闇の中では。


まだ剣戟の音が響いている。


間に合うか。


それはまだ分からない。


だが。


五人は既に動き始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ